ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 もうすぐバレンタインを迎える、二月初旬の金曜日。

 勇助はここ最近元気がない初のことが気がかりで、靴箱の前で初の部活が終わるのを待っていた。

『今日、一緒に帰れませんか? 靴箱の前で待っています』

 十分ほど前に勇助が送ったメールには、返信が来ていない。
 既読機能がついていないから、読んだかどうかもわからない。

 キッズケータイをポケットにしまった拍子に、ぱさり、とマフラーの端がほどけて落ちた。

「寒い……」

 ほう、と息を吐き、マフラーを巻き直すと、

「すずちゃん?」

 部活を終えた瀬形が、勇助に手を振ってきた。

「瀬形くん……に、はじめさん……」

 その後ろには、無言の初が立っている。

「すずちゃん。もしかしてこの時間までひめじーのこと待ってたの?」
「えっ。あ、はい……」
「健気だねえ」

 瀬形は含み笑いを浮かべると、「ごめん、部室に忘れ物したから先に二人で帰ってて!」と言ってその場から走り去ってしまった。

「あっ! おい、快!!」

 去り際、瀬形は勇助に目配せをしていった。
 もしかすると、気を回して二人きりにしてくれたのかもしれない。

 初の訝しげな視線が瀬形から勇助へと移った瞬間、心臓がどくりと跳ねる。
 最近は桜慈との約束や頼まれごとが多く、初と二人で帰るのは随分と久しぶりだ。そのせいで、無意識のうちに緊張してしまったのだろうか。

「勇助……帰るか」

 初の声色が、こころなしか普段より弱々しい。
 部活がハードだったせいだと思いたいが、心配だ。
 勇助は眉を落とすと、「はい」と答えて頷いた。


「——昨日、帰りがけにカマキリの卵を見つけて。持って帰りたいと言って騒ぐ和を説得するのが大変でした」
「……そうか」

 目を合わせようともせず、ひたすら下を向いて歩く初の姿に、勇助の胸がちくりと痛む。

 やっぱり、何かあったんだ。
 この重苦しい空気をどうにかしないと。
 勇助は胸元のマフラーを握りしめると、再び初に話しかけた。

「あのっ……はじめさん! 明日の土曜日、時間ありますか?
 和がはじめさんに会いたがってて……それから、カレーを作ろうと思ってて。はじめさんのお好みでミックスベジタブルも入れるので」
「勇助」

 突然足を止めた初が、吐き捨てるように言った。

「悪い。もう、そういうの無理だわ」
「……え……」

 初は視線を落としたまま、言葉を失う勇助に追い打ちを掛ける。

「前に言ったよな。
 恋人みたいな関係を続けるのは、どっちかが『もういい』ってなるまでだって。

 ……もう十分だ。勇助に、もうオレは必要ない」
「そんなこと……!」
「察してくれよ!!」

 勇助が否定しようとした瞬間、初が声を荒らげた。

「頼む……これ以上キツい言い方したくねえ……。
 勇助。オレはただの陸上バカに戻る。
 今までこんな恋人ごっこに付き合わせて……悪かった」

 呆然と立ち尽くす勇助に初は頭を下げると、最後まで目を合わすことなく、足早に自宅方面へと消えていった。

『勇助に、もうオレは必要ない。察してくれよ!!』

 ——ああ、そういうことだったのか。

 オブラートを剥がした先にあった"答え"は、あまりにもにがくて、くるしくて。

「……はじめさんに、もう僕は必要ない」

 言葉にした瞬間、喉から嗚咽が漏れた。