ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 あと十五分ほどで最終下校時刻を迎える頃、初は桜慈によって生徒会室に招かれた。
 無論、招かれたと言っても、歓迎のオーラはゼロだ。
 青い炎と言うべきか、絶対零度と言うべきか。明らかに友好的ではない二つの鋭い目が、こちらに向けられている。

「……はっ、ご丁寧に部屋まで用意してもらって。生徒会長さまの特権ってやつか?」

 さあ、どう出るつもりだ。
 敢えて挑発するようなジャブを入れると、桜慈は不快感を露わにして顔を歪ませた。

「横槍が入ると面倒だったからな。すぐに終わる」
「そうかよ。まだ着替えてねーから手短に頼むわ」

 壁にもたれ掛かり、負けじと桜慈を睨み上げる。
 すると、窓ガラスに視線を移した桜慈が、おもむろに口を開いた。

「話を始める前に、はっきりさせておきたい事が一つある。
 ……姫嶋。いつまで君は、勇助君を巻き込んだ『恋人ごっこ』を続けるつもりだ?」
「……は?」

 反射的に声が漏れ、ぴくりと眉が動く。

「なんでわざわざそんな事言われなきゃなんねぇんだよ。てめえに関係ねーだろ?」
「関係ある。勇助君が好きだから」

 途端に、視界が歪むような錯覚に襲われる。
 桜慈の口から出た言葉は、想像以上の強さで初の脳を殴ってきた。
『好き』と言っても、それは友達としての好きだろ?
 情に厚い生徒会長が正義を振りかざして、自分のような落ちこぼれから引き剥がそうとしているだけだと、そう思いたかった。だが、

「俺は、勇助君の恋人になりたいと思っている」

 初に向き直った桜慈の一言で、一縷の望みは完全に潰えた。

「勇助君から聞いた。前々から君達が恋人の"フリ"をしていた事は、その場にいたから知っていたが……なぜインターハイがとっくに終わった今も、恋人の"フリ"を続けているのかと。
 そしたら、彼はこう答えた。平たく言えば互いの平穏な高校生活を守るためなのだと。
 ……これからは、勇助君の事は俺が責任をもって守る。
 だから、姫嶋。そろそろ勇助君を解放してやってくれないか」

 ……何言ってんだコイツ、全然理解できねえ。
 表層では虚勢を張るが、内実は激しい痛みを伴いながら、すべてを理解していた。

「きつい言い方をするならば、優しい勇助君がノーと言えないのをいい事に、いつまでも彼氏面をして付き纏い続けるのをやめてほしい」

 桜慈に言われなくても、わかっていた。
 勇助の優しさと人の良さにつけ込んで、『恋人』という枠組に縛り続けていたことも。
 勇助の恋人として、自分が全くふさわしい人間ではないことも。

 だって、勇助から見た自分の『良いところ』は、足が速いこと、髪を切るのが上手いこと、それと……口がデカいこと。
 三つだけ。しかも、あってもなくてもいいような、取るに足らないものばかり。

 ……はは、オレってマジで何もねえ。ゴミじゃん。

 学校一のモテ男と、空っぽの落ちこぼれ。
 勇助がどっちを選ぶか。そんなの、答えを聞かなくたってわかる。

 潮時だ。
 来(きた)るべき日が、少し早まっただけの話だ。

「てめえに言われなくても、いずれ終わらせるつもりでいたよ。
 ……勇助を、幸せにしてやってくれ」

 壊れきった矜持を必死に張りつめ、捨て台詞を吐くと、初は生徒会室を静かに立ち去った。


 その後どうやって家に辿り着いたのか、一切の記憶がない。
 初は何もする気が起きず、スニーカーを脱ぐなりそのままベッドに突っ伏した。

 やべえ。もう二度と大口開けて笑える気がしねえ。
 でも、いいか。
 ……こんなの、『良いところ』でもなんでもねえんだから。