北海道と東京で過ごした約二週間の冬休みは秒で終わり、三学期が始まった。
東京に戻ってきてから、初はひたすら部活と自主練に明け暮れ、走る以外の生命活動を極限まで睡眠に全振りした結果、始業式で大幅に遅刻した。二日目の今日も、走らないと遅刻は確実だ。
「じーちゃん、行ってくるわ」
リュックを背負い、机上の写真に声を掛けると、『多摩響最速の男』モードで家を飛び出していった。
なんとか今日は間に合ったが、腹立たしいことに真後ろの席の桜慈に「自己管理が出来てい
ない典型だな」と毒づかれた。
教室内に勇助がいなかったら、胸倉に掴み掛かっていただろう。初は桜慈を睨みつけ、無言で席についた。
一時間目が終わり、中休みに入ると、初は勇助の席に向かった。
「はよ、勇助」
「おはようございます、はじめさん。
今日も遅刻してくるんじゃないかとヒヤヒヤしました。目覚まし、ちゃんと使ってますか? 日付が変わる前には寝ないとダメですよ」
「使ってるけど無意識のうちに止めちまう……って、説教聞きに来たわけじゃねーんだよ。
ほらこれ、北海道土産」
そう言って、初は手に持っていた菓子の箱を勇助に差し出した。
「わあ、『真っ白い恋人』ですね!」
「そうそう、真っ白すぎてパッケージになんて書いてあんのか全然わからんやつ。家族で食べてくれ」
おそらく勇助ひとりの為に買った土産を、その本人によってばら撒かれたどこぞの王子様と同じ轍を踏まぬよう、予防線も張った。
「ありがとうございます。家族全員で頂きますね」
「べっ……別に! なんならお前一人で全部食ってもいいんだからな。
……ガリガリなんだから、少しくらい太ったほうがいい」
照れ隠しで、つい口調が乱れて余計なことまで言ってしまう。またやっちまったと思いながら両目を伏せると、勇助がくすくすと笑い出した。
「お心遣いありがとうございます、『ツンデレオニャンコポン太郎』さん」
「……は? つんでれおにゃんこ……?」
勇助はしまったと言わんばかりに口を押さえ、「なんでもないです」と答えて首をぶんぶん横に振った。
「絶対なんでもなくねえだろ、なんだよツンデレなんとかって!」
「なんでもないったら、なんでもないです!」
「白々しい嘘つくんじゃねえ! 正直に言わねえとブチ犯すぞ」
いつもなら「また『ぶちおかされる』んですか」と笑って軽くあしらわれる。初もそれを期待していた。
だが、目の前の勇助は
「あ……うぁ……ええっと……」
リンゴのように真っ赤な顔で、しどろもどろに次の言葉を探している。
「……悪い、冗談が過ぎた。困らせるつもりは」
「勇助君」
初の謝罪を遮るように、桜慈が勇助に声を掛けてきた。
「次は選択物理の時間だ。一緒に行こう。
そういえば、昨日自宅に送った『お土産』は無事に届いたかな?」
「はい。桜慈くんも、冬休みは北海道に行ったんですね。
お土産、たくさんありがとうございます。昨日は夕張メロンのゼリーを頂きました。すっごく甘くて、美味しかったです。
クール便で頂いた帆立は、今日バター醤油焼きにして食べますね」
「お口に合ったみたいで良かった。
帆立は新鮮なものだから、よかったら生で刺身としても食べてみて。……そろそろ移動しよう」
「そうですね、少し急がないと。
……はじめさん、お土産ありがとうございます。では、また」
「…………ああ」
物理の教科書とノートを胸に抱えた勇助が、ぺこりと頭を下げた。
すれ違いざまに、桜慈が一言「下品な奴」と、自分に言い捨てるのが聞こえた。
砂の上に懸命に描いた絵を、大波に攫われて一瞬で無に帰されたような、そんな心地がした。
それからというもの、
「勇助君!」
この時期の生徒会というのは相当暇なのだろうか。
初が勇助と過ごす時間を奪い取るかのように、事あるごとに桜慈は勇助に構ってくるようになった。
一月末にあった科学博物館での校外学習も、なぜか今年の班決めは強制的に出席番号順だった。同じ『鈴木』姓の桜慈と勇助は、当然ここでも一緒だ。
どうせこの不可解なルール変更も、理事長の孫である桜慈がロイヤルパワー的なのを使ったのだろう。勇助が興味深そうに聞き入ってるのをいいことに、桜慈は古代生物について、展示の前で得意げに講釈を垂れていた。
あからさまな忖度への猜疑心と嫉妬で、胸の奥がささくれ立つ。
は? なんなのあいつ。勇助はオレの恋人なんですけど……表向きは。
フラストレーションは走りにも影響して、思うようにタイムが伸びない。
「……チッ」
悶々とした気持ちで部活を終えた初がジャージ姿のまま昇降口に向かうと、
「……姫嶋、少し時間いいか」
両腕を組んだ桜慈が、待ち構えるように立っていた。
東京に戻ってきてから、初はひたすら部活と自主練に明け暮れ、走る以外の生命活動を極限まで睡眠に全振りした結果、始業式で大幅に遅刻した。二日目の今日も、走らないと遅刻は確実だ。
「じーちゃん、行ってくるわ」
リュックを背負い、机上の写真に声を掛けると、『多摩響最速の男』モードで家を飛び出していった。
なんとか今日は間に合ったが、腹立たしいことに真後ろの席の桜慈に「自己管理が出来てい
ない典型だな」と毒づかれた。
教室内に勇助がいなかったら、胸倉に掴み掛かっていただろう。初は桜慈を睨みつけ、無言で席についた。
一時間目が終わり、中休みに入ると、初は勇助の席に向かった。
「はよ、勇助」
「おはようございます、はじめさん。
今日も遅刻してくるんじゃないかとヒヤヒヤしました。目覚まし、ちゃんと使ってますか? 日付が変わる前には寝ないとダメですよ」
「使ってるけど無意識のうちに止めちまう……って、説教聞きに来たわけじゃねーんだよ。
ほらこれ、北海道土産」
そう言って、初は手に持っていた菓子の箱を勇助に差し出した。
「わあ、『真っ白い恋人』ですね!」
「そうそう、真っ白すぎてパッケージになんて書いてあんのか全然わからんやつ。家族で食べてくれ」
おそらく勇助ひとりの為に買った土産を、その本人によってばら撒かれたどこぞの王子様と同じ轍を踏まぬよう、予防線も張った。
「ありがとうございます。家族全員で頂きますね」
「べっ……別に! なんならお前一人で全部食ってもいいんだからな。
……ガリガリなんだから、少しくらい太ったほうがいい」
照れ隠しで、つい口調が乱れて余計なことまで言ってしまう。またやっちまったと思いながら両目を伏せると、勇助がくすくすと笑い出した。
「お心遣いありがとうございます、『ツンデレオニャンコポン太郎』さん」
「……は? つんでれおにゃんこ……?」
勇助はしまったと言わんばかりに口を押さえ、「なんでもないです」と答えて首をぶんぶん横に振った。
「絶対なんでもなくねえだろ、なんだよツンデレなんとかって!」
「なんでもないったら、なんでもないです!」
「白々しい嘘つくんじゃねえ! 正直に言わねえとブチ犯すぞ」
いつもなら「また『ぶちおかされる』んですか」と笑って軽くあしらわれる。初もそれを期待していた。
だが、目の前の勇助は
「あ……うぁ……ええっと……」
リンゴのように真っ赤な顔で、しどろもどろに次の言葉を探している。
「……悪い、冗談が過ぎた。困らせるつもりは」
「勇助君」
初の謝罪を遮るように、桜慈が勇助に声を掛けてきた。
「次は選択物理の時間だ。一緒に行こう。
そういえば、昨日自宅に送った『お土産』は無事に届いたかな?」
「はい。桜慈くんも、冬休みは北海道に行ったんですね。
お土産、たくさんありがとうございます。昨日は夕張メロンのゼリーを頂きました。すっごく甘くて、美味しかったです。
クール便で頂いた帆立は、今日バター醤油焼きにして食べますね」
「お口に合ったみたいで良かった。
帆立は新鮮なものだから、よかったら生で刺身としても食べてみて。……そろそろ移動しよう」
「そうですね、少し急がないと。
……はじめさん、お土産ありがとうございます。では、また」
「…………ああ」
物理の教科書とノートを胸に抱えた勇助が、ぺこりと頭を下げた。
すれ違いざまに、桜慈が一言「下品な奴」と、自分に言い捨てるのが聞こえた。
砂の上に懸命に描いた絵を、大波に攫われて一瞬で無に帰されたような、そんな心地がした。
それからというもの、
「勇助君!」
この時期の生徒会というのは相当暇なのだろうか。
初が勇助と過ごす時間を奪い取るかのように、事あるごとに桜慈は勇助に構ってくるようになった。
一月末にあった科学博物館での校外学習も、なぜか今年の班決めは強制的に出席番号順だった。同じ『鈴木』姓の桜慈と勇助は、当然ここでも一緒だ。
どうせこの不可解なルール変更も、理事長の孫である桜慈がロイヤルパワー的なのを使ったのだろう。勇助が興味深そうに聞き入ってるのをいいことに、桜慈は古代生物について、展示の前で得意げに講釈を垂れていた。
あからさまな忖度への猜疑心と嫉妬で、胸の奥がささくれ立つ。
は? なんなのあいつ。勇助はオレの恋人なんですけど……表向きは。
フラストレーションは走りにも影響して、思うようにタイムが伸びない。
「……チッ」
悶々とした気持ちで部活を終えた初がジャージ姿のまま昇降口に向かうと、
「……姫嶋、少し時間いいか」
両腕を組んだ桜慈が、待ち構えるように立っていた。

