ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 その後、日没近くまで公園で遊び倒した和は、あくびをしながらベンチに座った瞬間、すうすうと寝息を立て始めた。

「はじめさん。和のおんぶ、代わります」
「いいって。家まで大した距離ねーだろ。
 それより勇助、こいつ嘘寝してたら教えろよ。ソッコー下ろすから」

 冬は日没が早い。
 初は和を背負いながら、十七時前だというのに夜の帷が下りはじめた帰路を勇助とともに歩いていた。

「和は最近、園で一番足の速い男の子にかけっこで勝てるようになったそうです。はじめさんが走り方を教えてくださったお陰ですね」
「そういやさっき、起きてる時にドヤ顔で自慢されたわ。
 オレが直々に教えてやってんだから、当然の結果だな」

 得意げに返した初に、勇助が淡い笑みを浮かべた。

「……はじめさんって、小さな子への教え方が上手ですよね。
 小学校の体育教師とか、向いてるんじゃないかな」
「体育教師?」

 そんなの、今まで一度も言われたことがない。
 思わず足を止めると、勇助はハッとしたように「ごめんなさい、はじめさんはオリンピアンさんになるんでしたね」と言って、あたふたと両手を振った。

「いや……前にオリンピアンなんて大仰に言ったけどさ。
 そんなん、インハイで全国優勝したってなれるかどうかもわかんねーし、はなから目指してねえよ。
 将来は適当にどっかの事業団にでも入るんだろうと思ってたけど……。
 そうか……そういう道もあるんだな」
「オリンピックで活躍するはじめさんを見てみたい気もしますが、『姫嶋先生』になったはじめさんも、きっと……かっこいいと、思います。
 ……やりたいことが見つかって、お互いに、なりたい自分になれるといいですね」

 照れくさそうに顔を上げた勇助を見つめると、初は以前勇助が語った『将来の目標』を思い返した。

『母と同じ病で苦しむ人の命を、一人でも多く助ける薬を創(つく)る人になりたいんです』

 高校二年の冬。
 勇助は、その目標に向かって努力を重ねている。
 そろそろ自分も将来の目標を——進路を、決めなければ。
 漠然とした決意を胸に再び歩き出すと、勇助も初の隣に並んで歩き始めた。


 久々に訪れた勇助の家は、廊下もリビングも真っ暗だった。

「あれ、弟とおっさんは?」
「弘毅は部活の冬合宿で、父は窯元での短期修行で不在です」
「おっさんの仕事、修行とかあんのか」

 不意に、厳つい"師匠"的な人物に容赦なくしごかれる勇助父の姿が浮かぶ。和と勇助には悪いが、あの癖強父と弟がこの場にいないことに、初は心底安堵した。

 照明を点け、爆睡中の和の靴を脱がせてソファーの上に横たえると、勇助に「はじめさんも宜しければ休んでいてください」と声を掛けられた。

「いや、オレも手伝うよ」

 小さな怪獣が鳴りを潜めている、この貴重な時間を無駄にしてなるものか。
 初はモッズコートをハンガーに掛け、パーカーの袖を捲ると、勇助のいるキッチンに向かっていった。