ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 体育祭明けの月曜日。ほのかに冷たい風を頬に感じながら学校に向かう途中、

「おはよ。勇助」
「……はじめさん?」

 初と、ばったり遭遇した。
 白い襷を掛けた体操着姿から一転、大きめのフードパーカーを学ランの中に着込んだ、見慣れた服装に戻っている。それなのに、いつもより凛々しく、目線まで高く見えてしまうのは、リレーでの活躍が頭に焼き付いて離れないせいだろうか。

「きょ、今日は早いんですね」
「おう。体育祭後の興奮冷めやらぬ……というか、なんか早く目覚めちまって。
 べっ、別にあそこの角で三十分以上待ってたとか、そんなんじゃねーかんな!? ほんとたまたまだから!!」

 勇助が俯きがちに「はい」と答えると、初は安堵したように息を吐き、頭の後ろで手を組んだ。

「しっかし、あの組別対抗リレー。一年がテイクオーバーゾーンの白線踏み越えて走り出してたから失格とかシビア過ぎんだろ。五組の先公が撮ってた動画でビデオ判定しろって騒ぎ立ててなけりゃ一組が優勝してたのにな」
「そうですね……」

 一組の総合優勝かと思われた体育祭は、最後のリレーが失格となった結果、五組の総合優勝という形で幕を閉じた。
「優勝おめでとう」と哲哉に伝えに行くと、なぜだか肩を震わせてひどく怯えていた。

『おれ、月曜日までに鈴木桜慈君に消されるかもしれない……』

「哲ちゃん、今日学校に来てるかな……」
「なんで突然哲が出てきた!?」

 他愛もない話をしながら学校に到着すると、

「うわっ!」

 初が靴箱から上履きを取り出した瞬間、封筒が五通ほどバサバサと落ちてきた。


 体育祭での活躍によって一躍時の人となった初は、『疾風の姫君』という呼称で、特に後輩達から崇拝されるようになっていた。
 しかし当の本人は「ハイパーインフレーションってやつだろ」と言い切ってどこか俯瞰的だ。

「——しかしなんだよ、『疾風の姫君』って。『多摩響最速の男』のほうがまだ性別変わってねーだけマシな気すらするわ」
「今ならこのサインも高く売れますかね」

 冗談めかして初の署名入りの生徒手帳を取り出した勇助に、「薄情な奴だな」と初がわざとらしくいじけた。

「……勇助。これ、まだ持ってたのか」

 勇助の生徒手帳から『何でも言うこと一つきく券』を見つけた初が目を丸くした。

「はい。いざという時のために大切に取ってあります」
「その『いざ』っていつだよ」
「ふふふ、いつでしょうね」
「まあお前の手に渡ったもんだし、好きに使えよ。
 それよりサインだけど、マジレスするともうとっくに価値なんかねぇよ。月曜にあんだけ来てた手紙も、今は一通も来なくなったし」
「それは、はじめさんが……」

 あの日、初は靴箱に入れられたラブレターと思しき手紙の全てに目を通すと、手紙の末尾に何かを書き込み、それを差出人全員の靴箱に入れ直した。
 何を書いたかは訊かずにいたが、初が自ずから教えてくれた。

「手紙には、靴箱に貼った注意書きと同じことを書いただけだから」

 初の靴箱には、その後二週間ほど注意書きが貼られていた。

『手紙投入禁止!!
 恋人います。そいつ以外とは付き合いません』

「……仮初の、恋人なのにな」

 靴箱に残されたガムテープ跡をもの寂しい気持ちで見つめると、勇助は教室へと向かっていった。