「——ふう、」
授業内での騎馬戦の練習を一旦中断することになり、息を吐いた勇助に、初が「おう、お疲れ」と声を掛けてきた。
「勇助は騎馬戦に出るんだよな」
「はい。騎馬戦と組別対抗リレー、最低どちらかの参加が必須なので、消去法で。
体育祭は学校祭と違って道具や食材の準備もないので、あの時のようなノリで特に何もしないまま本番を迎えるものだと思っていたのですが……」
騎馬戦は組別対抗リレーにも出場する瀬形が軍師となり、ビシバシと厳しく指揮を執っている。
運動が苦手な勇助は、毎年体育祭が非常に憂鬱だった。一年の時はダンスを踊ったが、思い返したくもない黒歴史になった。今回の騎馬戦も、黒歴史確定イベントになるだろう。
しょんぼりと頭を下げた勇助の肩を、初がぽんと叩いた。
「甘かったな勇助。一組には運動部の奴が多いから、必然的に燃えちまうんだろうよ。
無論、オレもその一人だがな」
そう言って初は力こぶを作るポーズを見せたが、体操着の上にぶかぶかのジップパーカーを羽織っているせいか、その筋肉は全く見えない。
そんな姿がまた可愛らしくて、勇助は疲れを忘れて微笑んだ。
「はじめさんは、組別対抗リレーに出るんですよね」
「おう。アンカー走るぜ。絶対一位でゴールすっから、目ン玉かっぽじってよーく見とけよ」
「かっぽじるのは『耳の穴』です。目玉をかっぽじったら失明してしまいますよ」
「あーもう、細けえことはいいから、とにかく見とけっつの」
「もちろんです!
『多摩響最速の男』の勇姿、この目でしかと見届けます!!」
「いい加減その『多摩響最速の男』って呼び名、記憶から抹消してくんねえ……?」
初が盛大なため息を吐くと、少し遠くから茶色がかった黄色い声援が聞こえてきた。
声援の向こうに、颯爽とトラックを走る桜慈の姿が見えた。
「うわあ、桜慈くんも速いですね」
「あいつ本当に天に何物与えてもらったんだってくらい何でも出来るよな。
前世で何人分の地蔵の頭に笠かけたんだよ」
不思議な喩えで桜慈を褒めた初に、これは珍しいと思いながら勇助は吹き出した。
「『笠地蔵』ですね。はじめさん、お地蔵さまを数える時の単位は『人』ではなく『尊』ですよ。
……こうやって見ると、やっぱり桜慈くんって、おとぎ話の世界から飛び出てきた王子様みたいで、かっこいいですね。
皆が目を離せなくなってしまうのもわかる気がします」
初も桜慈に負けず劣らず、おとぎ話の世界から飛び出てきたお姫様のように美しく、それでいて芯を持った強さと優しさがある。けれど、そんなことを言おうものなら『ぶちおかすぞ』と怒られてしまうだろう。
ちらりと横目で見ていた視線を初から桜慈へ戻すと、隣から小さな声が吐き捨てられた。
「……まあ、あいつとオレじゃあ、月と一円玉みたいなもんだしな」
「そんな……! はじめさんは一円玉でもすっぽんでもありません!! はじめさんにははじめさんの、桜慈くんにも負けない良さがあります」
「たとえば?」
すかさず具体例を求められ、勇助は必死に思考を巡らせた。
「ええっと……足がとっても速いところと、髪を切るのが上手なところと……ええと、」
しかし、ようやく出てきたのは、たったふたつだけ。
「思いっきり詰まってんじゃん」
恨めしそうに図星を突かれ、勇助はさらに焦った。こういう時に限って、どうして何も浮かばなくなってしまうのだろう。
すると——不意に真っ白になった頭の中いっぱいに、大きな口で破顔する初の笑い声が響き渡った。
「あとは……笑った時に、口が大きくなるところ……」
あんなに口を大きく開けて、隣で楽しそうに笑ってくれる人は、勇助にとって初しかいない。
ようやくしっくりとくる答えを導き出せたと思ったのに、初の反応は今ひとつだった。
「は? 口がデカいなんてそんなんむしろ短所だろ」
「そんな事ありません! とにかく、はじめさんにも良いところはたくさんあるし、僕はそんなはじめさんが、大好きです!!」
一瞬、周囲がしん、と静まり返ると、横からクラスメイトに「ワオ! お熱いね」と茶化された。
その瞬間、勇助の顔がたちまち熱くなる。
「あっあの、大好きというのはあくまで、はじめさんの人となりを尊敬してるって意味でしてね」
初にも、居た堪れない思いをさせてしまったせいだろうか。
半ば遮るように「わかってる」と答えた初の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
運動部のクラスメイトが中心となってハードな練習が続く中、体育祭はついに本番の日を迎えた。
授業内での騎馬戦の練習を一旦中断することになり、息を吐いた勇助に、初が「おう、お疲れ」と声を掛けてきた。
「勇助は騎馬戦に出るんだよな」
「はい。騎馬戦と組別対抗リレー、最低どちらかの参加が必須なので、消去法で。
体育祭は学校祭と違って道具や食材の準備もないので、あの時のようなノリで特に何もしないまま本番を迎えるものだと思っていたのですが……」
騎馬戦は組別対抗リレーにも出場する瀬形が軍師となり、ビシバシと厳しく指揮を執っている。
運動が苦手な勇助は、毎年体育祭が非常に憂鬱だった。一年の時はダンスを踊ったが、思い返したくもない黒歴史になった。今回の騎馬戦も、黒歴史確定イベントになるだろう。
しょんぼりと頭を下げた勇助の肩を、初がぽんと叩いた。
「甘かったな勇助。一組には運動部の奴が多いから、必然的に燃えちまうんだろうよ。
無論、オレもその一人だがな」
そう言って初は力こぶを作るポーズを見せたが、体操着の上にぶかぶかのジップパーカーを羽織っているせいか、その筋肉は全く見えない。
そんな姿がまた可愛らしくて、勇助は疲れを忘れて微笑んだ。
「はじめさんは、組別対抗リレーに出るんですよね」
「おう。アンカー走るぜ。絶対一位でゴールすっから、目ン玉かっぽじってよーく見とけよ」
「かっぽじるのは『耳の穴』です。目玉をかっぽじったら失明してしまいますよ」
「あーもう、細けえことはいいから、とにかく見とけっつの」
「もちろんです!
『多摩響最速の男』の勇姿、この目でしかと見届けます!!」
「いい加減その『多摩響最速の男』って呼び名、記憶から抹消してくんねえ……?」
初が盛大なため息を吐くと、少し遠くから茶色がかった黄色い声援が聞こえてきた。
声援の向こうに、颯爽とトラックを走る桜慈の姿が見えた。
「うわあ、桜慈くんも速いですね」
「あいつ本当に天に何物与えてもらったんだってくらい何でも出来るよな。
前世で何人分の地蔵の頭に笠かけたんだよ」
不思議な喩えで桜慈を褒めた初に、これは珍しいと思いながら勇助は吹き出した。
「『笠地蔵』ですね。はじめさん、お地蔵さまを数える時の単位は『人』ではなく『尊』ですよ。
……こうやって見ると、やっぱり桜慈くんって、おとぎ話の世界から飛び出てきた王子様みたいで、かっこいいですね。
皆が目を離せなくなってしまうのもわかる気がします」
初も桜慈に負けず劣らず、おとぎ話の世界から飛び出てきたお姫様のように美しく、それでいて芯を持った強さと優しさがある。けれど、そんなことを言おうものなら『ぶちおかすぞ』と怒られてしまうだろう。
ちらりと横目で見ていた視線を初から桜慈へ戻すと、隣から小さな声が吐き捨てられた。
「……まあ、あいつとオレじゃあ、月と一円玉みたいなもんだしな」
「そんな……! はじめさんは一円玉でもすっぽんでもありません!! はじめさんにははじめさんの、桜慈くんにも負けない良さがあります」
「たとえば?」
すかさず具体例を求められ、勇助は必死に思考を巡らせた。
「ええっと……足がとっても速いところと、髪を切るのが上手なところと……ええと、」
しかし、ようやく出てきたのは、たったふたつだけ。
「思いっきり詰まってんじゃん」
恨めしそうに図星を突かれ、勇助はさらに焦った。こういう時に限って、どうして何も浮かばなくなってしまうのだろう。
すると——不意に真っ白になった頭の中いっぱいに、大きな口で破顔する初の笑い声が響き渡った。
「あとは……笑った時に、口が大きくなるところ……」
あんなに口を大きく開けて、隣で楽しそうに笑ってくれる人は、勇助にとって初しかいない。
ようやくしっくりとくる答えを導き出せたと思ったのに、初の反応は今ひとつだった。
「は? 口がデカいなんてそんなんむしろ短所だろ」
「そんな事ありません! とにかく、はじめさんにも良いところはたくさんあるし、僕はそんなはじめさんが、大好きです!!」
一瞬、周囲がしん、と静まり返ると、横からクラスメイトに「ワオ! お熱いね」と茶化された。
その瞬間、勇助の顔がたちまち熱くなる。
「あっあの、大好きというのはあくまで、はじめさんの人となりを尊敬してるって意味でしてね」
初にも、居た堪れない思いをさせてしまったせいだろうか。
半ば遮るように「わかってる」と答えた初の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
運動部のクラスメイトが中心となってハードな練習が続く中、体育祭はついに本番の日を迎えた。

