「——なるほど、それで"攻略難易度が圧倒的に低い方の鈴木"の僕にラブレターを。合点がいきました」
「だからラブレターじゃねえし、攻略難易度がどうこうなんて一言も言ってねえだろ。
……しかし本当ビビったわ。お前が来ると思ってた場所に現れたのが、スッゲーお怒り顔の"プリンス"だったんだからよ。
あいつを撒いた上でお前見つけんの、マジで大変だったんだからな」
腕を組み、こちらを睨みつける初の目線は身長百六十五センチメートルの勇助よりもわずかに低く、ムスッと尖らせた唇の右下側には小さなほくろがある。
勇助はすみません、と条件反射的に謝ったが、果たして自分が謝る必要があったのかと少しモヤッとした。
初の話を掻いつまむと、このような内容だった。
彼が所属する陸上部で、今月末に行われるインターハイの支部予選会の出場者選考が行われることになったのだが、四百メートル競走において都の指定強化選手である初は、間違いなく自分が選出されるものと思っていたらしい。
しかし出場者選考は初が風邪で欠席した日にチャンスとばかりに執り行われ、同じ種目が専門である部長の簗が出場することになったと顧問の教師に宣告された。
当然抗議をしたが、部活動に特に関心のない教師からは、『お前には来年もあるけど、部長は今年が最後なんだから出させてやれよ、それが不服なら当人同士で話し合ってくれ』と言われてしまったそうだ。
そして追いつめられた初が、部長の簗に一対一のタイムアタックでの選考のやり直しを直談判したところ、彼は笑いながらこう告げたそうだ。
『同じクラスに鈴木って奴がいるだろ?
難攻不落の"王子様"。
そいつに告白して、OK貰えたらお前に出場権譲ってやるよ』
荒唐無稽かつ悪辣な提案だが、初は咄嗟にスマートフォンの録音機能をオンにして、再度確認したそうだ。
『……確認ですけど、"オレと同じクラスの鈴木"に告白してOKを貰えたら、間違いなくインハイの支部予選に出場させてもらえるんですね?』
『はいはい、OKしてもらえたらな。
その代わりフラれたらその時点で即刻辞退しろよ? 孤高の"お姫様"』
録音した音声を流し終えた初が、スマートフォンの停止ボタンを押してポケットにしまった。
「……それにしても、酷い提案ですね。
全くと言っていいほどインターハイに詳しくない僕でも、この簗さんという方には憤りを禁じ得ません。
その酷い提案に乗ってしまった、姫嶋くんも姫嶋くんだとは思いますが」
勇助が眉を寄せると、初は力なく「そうだよな」と呟いた。
「バカな話なんだけどさ……インハイって、それだけオレにとっては特別な大会なんだよ。
お前にはこんな無茶なこと頼んで、巻き込んで、本当に悪いと思ってる。
でも、『同じクラスの鈴木』って聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは、プリンスじゃなくて、鈴木勇助……お前のほうだった。
始業式の次の日、学祭の女装コンの出場者決めがあっただろ。覚えてるか?」
「はい。覚えてます……けど」
毎年六月中旬という微妙な時期に行われる学校祭では、二年生の伝統行事として各クラスから一名ずつ選出された生徒による女装コンテストがある。例年、容姿や雰囲気が女性的、もしくは中性的な『姫ポジ』と呼ばれる人達が出場するのが常で、一組でもほぼ満場一致で初の名前が推挙された。
「『姫』なんて呼ばれてる上、なりたかった訳でもないのに女顔でチビなせいで、オレでいいじゃんって強制的にエントリーさせられそうになってた時にさ。
横からお前が『僕が出ます』って、立候補してくれただろ」
しかし、当の本人が明らかに乗り気ではなく、勇助の目には初が困っているように見えた。だから、自分が手を挙げた。そして、異議を唱える一部のクラスメイトにこう言っただけだ。
『本人が乗り気でないのなら、他薦よりも自薦が優先されるべきだと思います』
桜慈がこれに同調してくれたことで、反対の声がぴたりと止んだのを覚えている。
「でも、その場を収めてくれたのは桜慈くんで」
「違う。オレを助けてくれたのは、間違いなくお前だった。
それに……なんであの時、大して親しくもないオレを庇ってくれたのか。後で訊いたらこう言ったよな。
『困っていそうだったから、助けになれたのなら良かった』、って。
お前なら……鈴木勇助なら、きっとまたオレを助けてくれる。そう思って、あの手紙をお前の靴箱に入れた。
頼む。お前が必要なんだ。
無条件にとは言わない。大会が終わるまでの間だけ、オレの恋人になってくれ……!」
初が深く頭を下げた。
わずかに地毛の覗くつむじが、くすんだピンク色に染められた髪の隙間からはっきりと見える。
初と恋人になるなんて、何をどうすればいいのか全くわからない。
それでも、この人を助けたい。
自分が必要だと、そう言ってくれたこの人のことを、もっと、知りたい。
勇助は未だに頭を下げ続ける初に、喉を強張らせながら返事を告げた。
「姫嶋くん、頭を上げて下さい。
……僕が務めるには些か重い役回りですが。
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「だからラブレターじゃねえし、攻略難易度がどうこうなんて一言も言ってねえだろ。
……しかし本当ビビったわ。お前が来ると思ってた場所に現れたのが、スッゲーお怒り顔の"プリンス"だったんだからよ。
あいつを撒いた上でお前見つけんの、マジで大変だったんだからな」
腕を組み、こちらを睨みつける初の目線は身長百六十五センチメートルの勇助よりもわずかに低く、ムスッと尖らせた唇の右下側には小さなほくろがある。
勇助はすみません、と条件反射的に謝ったが、果たして自分が謝る必要があったのかと少しモヤッとした。
初の話を掻いつまむと、このような内容だった。
彼が所属する陸上部で、今月末に行われるインターハイの支部予選会の出場者選考が行われることになったのだが、四百メートル競走において都の指定強化選手である初は、間違いなく自分が選出されるものと思っていたらしい。
しかし出場者選考は初が風邪で欠席した日にチャンスとばかりに執り行われ、同じ種目が専門である部長の簗が出場することになったと顧問の教師に宣告された。
当然抗議をしたが、部活動に特に関心のない教師からは、『お前には来年もあるけど、部長は今年が最後なんだから出させてやれよ、それが不服なら当人同士で話し合ってくれ』と言われてしまったそうだ。
そして追いつめられた初が、部長の簗に一対一のタイムアタックでの選考のやり直しを直談判したところ、彼は笑いながらこう告げたそうだ。
『同じクラスに鈴木って奴がいるだろ?
難攻不落の"王子様"。
そいつに告白して、OK貰えたらお前に出場権譲ってやるよ』
荒唐無稽かつ悪辣な提案だが、初は咄嗟にスマートフォンの録音機能をオンにして、再度確認したそうだ。
『……確認ですけど、"オレと同じクラスの鈴木"に告白してOKを貰えたら、間違いなくインハイの支部予選に出場させてもらえるんですね?』
『はいはい、OKしてもらえたらな。
その代わりフラれたらその時点で即刻辞退しろよ? 孤高の"お姫様"』
録音した音声を流し終えた初が、スマートフォンの停止ボタンを押してポケットにしまった。
「……それにしても、酷い提案ですね。
全くと言っていいほどインターハイに詳しくない僕でも、この簗さんという方には憤りを禁じ得ません。
その酷い提案に乗ってしまった、姫嶋くんも姫嶋くんだとは思いますが」
勇助が眉を寄せると、初は力なく「そうだよな」と呟いた。
「バカな話なんだけどさ……インハイって、それだけオレにとっては特別な大会なんだよ。
お前にはこんな無茶なこと頼んで、巻き込んで、本当に悪いと思ってる。
でも、『同じクラスの鈴木』って聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは、プリンスじゃなくて、鈴木勇助……お前のほうだった。
始業式の次の日、学祭の女装コンの出場者決めがあっただろ。覚えてるか?」
「はい。覚えてます……けど」
毎年六月中旬という微妙な時期に行われる学校祭では、二年生の伝統行事として各クラスから一名ずつ選出された生徒による女装コンテストがある。例年、容姿や雰囲気が女性的、もしくは中性的な『姫ポジ』と呼ばれる人達が出場するのが常で、一組でもほぼ満場一致で初の名前が推挙された。
「『姫』なんて呼ばれてる上、なりたかった訳でもないのに女顔でチビなせいで、オレでいいじゃんって強制的にエントリーさせられそうになってた時にさ。
横からお前が『僕が出ます』って、立候補してくれただろ」
しかし、当の本人が明らかに乗り気ではなく、勇助の目には初が困っているように見えた。だから、自分が手を挙げた。そして、異議を唱える一部のクラスメイトにこう言っただけだ。
『本人が乗り気でないのなら、他薦よりも自薦が優先されるべきだと思います』
桜慈がこれに同調してくれたことで、反対の声がぴたりと止んだのを覚えている。
「でも、その場を収めてくれたのは桜慈くんで」
「違う。オレを助けてくれたのは、間違いなくお前だった。
それに……なんであの時、大して親しくもないオレを庇ってくれたのか。後で訊いたらこう言ったよな。
『困っていそうだったから、助けになれたのなら良かった』、って。
お前なら……鈴木勇助なら、きっとまたオレを助けてくれる。そう思って、あの手紙をお前の靴箱に入れた。
頼む。お前が必要なんだ。
無条件にとは言わない。大会が終わるまでの間だけ、オレの恋人になってくれ……!」
初が深く頭を下げた。
わずかに地毛の覗くつむじが、くすんだピンク色に染められた髪の隙間からはっきりと見える。
初と恋人になるなんて、何をどうすればいいのか全くわからない。
それでも、この人を助けたい。
自分が必要だと、そう言ってくれたこの人のことを、もっと、知りたい。
勇助は未だに頭を下げ続ける初に、喉を強張らせながら返事を告げた。
「姫嶋くん、頭を上げて下さい。
……僕が務めるには些か重い役回りですが。
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

