「——こちらの部屋にどうぞ」
和を土曜保育に預けると、保育士——愛は二人を面談室へと案内した。
ずっと『愛』だと思ってきたが、『愛』だったのか。異様に若く見える"母だった奴"を、初は胡乱げに見つめた。
壁一面に園児の制作物が飾られた温かみのある空間に、何とも言えぬ居心地の悪さが充満する。
「……僕は席を外しましょうか」
椅子から立ちあがろうとする勇助の腕を掴むと、初は前を向いたまま言った。
「ここに居てくれ」
勇助を掴んでいた手を離した初は、左腕のサポーターを外して愛に見せた。
「あんたは、この火傷痕に覚えはある?」
悲哀に顔を歪めた愛が、両目を伏せて答えた。
「……ええ。
これは、地震があった日にガスコンロのそばに居たあなたを、高温の揚げ油から守りきれなかった私のせいで負わせてしまった火傷だもの。忘れるはずがないわ」
愛がおもむろに五分袖のカットソーの右腕側を捲った。その下からは初の火傷痕よりも広範囲に及ぶ、痛々しく引き攣れた上腕と肩が見えた。
「火傷痕がなくても、私によく似た目元と、右下にある口元のほくろですぐにあなただと……私の息子だと判った。
本当は手放したくなかった。でも、面会交流に来た、あなたのお父さんに火傷が見つかって。再婚後に子供ができず、あなたを欲しがっていた彼に『虐待だ』と裁判を起こされて……。
無知で貧乏だった私は、向こうの思うがままに親権を奪われ、接近禁止命令まで出されてしまった。
ごめんなさい、初。
私は全てを投げ売ってでも、あなたを守るべきだったのに……」
涙を浮かべて頭を下げる愛に、初はもう一つの疑問をぶつけた。
「あのさ。どうしてあんたはオレに『初』って名前を付けた?
あのクソ男に馬鹿にされた。『姫初め』みたいだって」
「そんな……!
認知はしてもらったけど、あなたを産んだ時には既に離婚して笹本姓に戻っていたから、あなたも『笹本初』だったわけで……。
許せない、そんな風に揶揄うなんて。
でも親権を奪われるなんて思ってなかったから、その名前のせいで辛い思いをさせてしまっていたのね……本当にごめんなさい」
愛は頭を下げると、やがて初を慈しむように見つめて唇に弧を描いた。
「『初』って名前は、シンプルにあなたが一日生まれだったからなのもあるけど。
産まれたばかりのあなたを初めて見た時、胸が言い尽くせないほどの喜びと感動でいっぱいになって。
だから、あなたにも……たくさんの『初めて』に出会って……それは決して楽しいことばかりではないけれど。その出会いを丁寧に積み重ねて、困難を乗り越えていける強さと、大切な人達と喜びや痛みを分け合える優しさを持った子に育ってほしい。
そう願って、『初』と名付けたの。
初。あの頃と変わらず……ううん、あの頃よりずっと、強くて優しい子に成長したね。
今日まで伝えられなかったけど、私の願いは、あなたに届いていたんだね……」
言葉尻を震わせる愛の眦から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね」を何度も繰り返し、目元をハンカチで拭う母の火傷痕を見つめながら、初はぽつりと呟いた。
「……はは、あの日のオレに聞かせてやりてえな」
テーブルの上に、ひとつ、ふたつと水滴が落ちていく。
震える背中に、そっと勇助の手が添えられた。その温かな手は、とめどなく溢れる感情が凪ぐまでずっと、初に寄り添い続けていた。
和を土曜保育に預けると、保育士——愛は二人を面談室へと案内した。
ずっと『愛』だと思ってきたが、『愛』だったのか。異様に若く見える"母だった奴"を、初は胡乱げに見つめた。
壁一面に園児の制作物が飾られた温かみのある空間に、何とも言えぬ居心地の悪さが充満する。
「……僕は席を外しましょうか」
椅子から立ちあがろうとする勇助の腕を掴むと、初は前を向いたまま言った。
「ここに居てくれ」
勇助を掴んでいた手を離した初は、左腕のサポーターを外して愛に見せた。
「あんたは、この火傷痕に覚えはある?」
悲哀に顔を歪めた愛が、両目を伏せて答えた。
「……ええ。
これは、地震があった日にガスコンロのそばに居たあなたを、高温の揚げ油から守りきれなかった私のせいで負わせてしまった火傷だもの。忘れるはずがないわ」
愛がおもむろに五分袖のカットソーの右腕側を捲った。その下からは初の火傷痕よりも広範囲に及ぶ、痛々しく引き攣れた上腕と肩が見えた。
「火傷痕がなくても、私によく似た目元と、右下にある口元のほくろですぐにあなただと……私の息子だと判った。
本当は手放したくなかった。でも、面会交流に来た、あなたのお父さんに火傷が見つかって。再婚後に子供ができず、あなたを欲しがっていた彼に『虐待だ』と裁判を起こされて……。
無知で貧乏だった私は、向こうの思うがままに親権を奪われ、接近禁止命令まで出されてしまった。
ごめんなさい、初。
私は全てを投げ売ってでも、あなたを守るべきだったのに……」
涙を浮かべて頭を下げる愛に、初はもう一つの疑問をぶつけた。
「あのさ。どうしてあんたはオレに『初』って名前を付けた?
あのクソ男に馬鹿にされた。『姫初め』みたいだって」
「そんな……!
認知はしてもらったけど、あなたを産んだ時には既に離婚して笹本姓に戻っていたから、あなたも『笹本初』だったわけで……。
許せない、そんな風に揶揄うなんて。
でも親権を奪われるなんて思ってなかったから、その名前のせいで辛い思いをさせてしまっていたのね……本当にごめんなさい」
愛は頭を下げると、やがて初を慈しむように見つめて唇に弧を描いた。
「『初』って名前は、シンプルにあなたが一日生まれだったからなのもあるけど。
産まれたばかりのあなたを初めて見た時、胸が言い尽くせないほどの喜びと感動でいっぱいになって。
だから、あなたにも……たくさんの『初めて』に出会って……それは決して楽しいことばかりではないけれど。その出会いを丁寧に積み重ねて、困難を乗り越えていける強さと、大切な人達と喜びや痛みを分け合える優しさを持った子に育ってほしい。
そう願って、『初』と名付けたの。
初。あの頃と変わらず……ううん、あの頃よりずっと、強くて優しい子に成長したね。
今日まで伝えられなかったけど、私の願いは、あなたに届いていたんだね……」
言葉尻を震わせる愛の眦から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね」を何度も繰り返し、目元をハンカチで拭う母の火傷痕を見つめながら、初はぽつりと呟いた。
「……はは、あの日のオレに聞かせてやりてえな」
テーブルの上に、ひとつ、ふたつと水滴が落ちていく。
震える背中に、そっと勇助の手が添えられた。その温かな手は、とめどなく溢れる感情が凪ぐまでずっと、初に寄り添い続けていた。

