ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

「お邪魔します……」
「どうぞどうぞ。お茶淹れますね」
「オレ相手に構わなくていいから」

 手を洗い、狭いリビングに通されると、儚げな雰囲気を纏った高身長の美少年が、ローテーブルに問題集とノートを広げて勉強していた。髪はやはり例の父が切っているのだろうか。勇助よりも幾分ましだが、素人が切ったと一目でわかる仕上がりだ。

弘毅(こうき)、ただいま」

 勇助が声を掛けると、弘毅と呼ばれた美少年は、ノートに走らせていたペンを置いてこちらを見た。

「おかえり、勇兄(ゆうにい)……あれ、髪の毛切った?」
「うん、はじめさんに切ってもらった」
「すっきりしたね。……ところで、そちらの方は?」
「ありがとう。弘毅、この人が、髪を切ってくれたはじめ……姫嶋初さん。僕のこい」
「クラスメイトだ!!」

 サラッと『恋人』と言おうとした勇助に被せるように大声で叫ぶと、切れ長の両目を丸くした弘毅が「そうですか」と答えた。そして、

「……なんだ、桜慈先輩じゃないのか」
「ご希望に添えなくて悪かったな」

 弘毅も、まともそうに見えてだいぶ失礼な奴だった。

「ご飯の用意するから」とエプロンを着けながら言った勇助に「僕も手伝う」と弘毅が声を掛けて、二人は台所へと消えていった。
 リビングに残された初は、和から"ハイパーデカデカソードアタック"という名の丸めた新聞紙による攻撃を受けつつ、同レベルで言い争っていた。

「てつやなら『やられたー』ってたおれてくれるのに! はじめきらい!!」
「なんだとテメェこの……って、痛えな! 結局素手で攻撃してきてんじゃねえか!」

 しばらくすると、台所から勇助の声が聞こえてきた。

「ご飯できたよ。和、遊んでたもの片付けて、テーブル拭いてね」
「テーブルはオレが拭くよ。おい和、お前は新聞紙片付けろ」

 しんぶんしじゃないもん、とむくれる和を無視してローテーブルを拭き終えると、夕食が運ばれてきた。

「うまそ……」
「ふふ。お口に合うといいのですが」

 勇助が作ってくれたのは、レタスとプチトマトが添えられた"フワフワ"のオムライスと味噌汁だった。

「ごめんなさい、本当は野菜スープにしたかったんですが。味噌汁でないと和が飲んでくれないので」
「いや味噌汁オレも好き。……これ本当に、食っていいのか?」
「はい。『いただきます』を言った後ならいつでも」

 両手を合わせ「いただきます」と唱えた初は、味噌汁から箸をつけた。味の染みた大根と、つるんとした豆腐がうまい。
 そしてオムライスにスプーンを入れると、中からはミックスベジタブル入りのケチャップライスが見えた。そのまま一口食べると、優しく、どこか懐かしい味がする。
 プチッと噛んだ甘いコーンが口の中ではじけた瞬間——前触れもなく、ミックスベジタブル入りのしょっぱいハンバーグの記憶が蘇った。

『——ママ、これ、しょっぱい』
『え、ほんと? 一口ちょうだい……って、うわっ。本当にしょっぱいや。お砂糖と塩間違えたかな?
 ……ごめんね、はじめ。作り直すね』

 そう言ってミックスベジタブル入りのハンバーグの皿を下げた、目元が自分によく似た女性。
 作り直されたハンバーグの塊入りのケチャップライスも、やっぱり少ししょっぱくて。『こりゃだめだ、冷凍のパスタ食べよう』と、自分の頭を撫でながら優しく目を細める彼女に、たしか、自分は……。

「…………しょっぱい」

 口いっぱいに、あの日の塩味が広がっていく。

「え……! ごめんなさい、塩加減間違えたかな」
「違う」

 しょっぱいのは、オムライスのせいじゃない。

 なにかを察した勇助から、無言でボックスティッシュを差し出された。
 隣に座っていた和にそっと背中をさすられた瞬間、辛うじて堪えていたものが決壊した。

「違うんだ……ごめんな。めっちゃうまいよ」