ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 授業が終わり、放課後。勇助はひとり、旧理科室の掃除に勤しんでいた。
 元々はクラスメイトの洞口(ほらぐち)が学校に成人向けDVDを持ち込んだ罰として担任に課されていたものだが、彼の母親の体調が芳しくないとのことで、勇助が代わりを買って出た。
 今頃彼は、母親の看病をしているのだろうか。大事に至ってないと良いけれど……。

「——ふう、だいぶ綺麗になったかな」

 椅子を元の位置に戻し、小さな袋にゴミをまとめると、勇助は旧理科室を出た。
 集積所にゴミを捨て終え、教室に戻ろうとした瞬間、

「鈴木、勇助……!!」

 それは、春の嵐のように。

 烟るようなピンクの髪が、猛スピードでこちらに突進してきた。

「ひ、姫嶋くん!?」

 鬼気迫った表情を浮かべる初に手を取られたかと思うやいなや、あれよあれよという間に近くの空き教室へと連れ込まれた。
 勢いよくぴしゃりとドアが閉まると、勇助の両肩に初の手が乗せられた。ぜえぜえという荒い息遣いと疲労感が、肩越しに伝わってくる。

「あの、どうしましたか……?」

 心配と戸惑いまじりに顔を覗き込むと、汗ばむ額に前髪が貼り付き、頬を上気させた初と目が合った。
 琥珀色の大きな瞳が、水面のように微かに揺れる。

 ——綺麗だ。

 思わず魅入った瞬間、鉛を背負ったような負荷がのしかかる。初が勇助の両肩を、向かい合うような体勢で強く掴んでいた。

「鈴木勇助、テメェ『あいつ』にオレのこと売ったのか?」
「え……? あいつって、誰のことですか?
 それに、売るとは一体??」

 勇助が小首を傾げると、初は「じゃあやっぱりオレが間違えて……? いや、でも何度も確認したはずだぞ」と、天井を見つめて何やら呟きはじめた。

 勇助は状況を把握できないまま、しばらく困惑で固まっていた。しかし突如、意を決したように勇助に視線を戻した初が、上擦った声で叫んだ。

「頼む……鈴木勇助。
 オレの……こ、恋人に、なってくれ!!」



「………………はい?」

 状況をさらに混迷化させる初からの告白? 依頼?? を受けて、間の抜けた声を漏らした勇助に、初は「よっし、今『ハイ』って言ったな?」と勝ち誇ったように指を差した。

「えっ、あ、まって。その、さっきの"はい"は」
「言ったよな?」
「言いましたけども!!」

 語気を強めて反論する勇助に、初が大きな両目をいっそう大きく見開いた。その隙に勇助は負けじと畳み掛ける。

「姫嶋くんは、桜慈くんが好きなんですよね?
 だからって……桜慈くんに振られたからって、こんな自棄(ヤケ)を起こしてはだめです!!」

 出せうる限りの大声で初のご乱心を嗜めると、勇助をぽかんと見ていた初が口を開いた。

「桜慈くん……って、あの(・・)鈴木桜慈のことか?
 なんでオレがあいつを好きで、しかもフラれた前提になってんだよ」
「だって今朝、ラブレター……」

 勇助はそこまで言いかけたところで、ハッと口を押さえた。しかし時すでに遅く、訝しむような視線が突き刺さる。

「や、その……これは……ごめんなさい!
 見るつもりはなかったんです。だけど、姫嶋くんの記名入りの手紙が、僕の靴箱に間違って入ってたから」
「間違って……?
 ……ああ、そうか。そういうことか……どうりで」

 眉間を揉むように押さえた初が、盛大にため息を吐いた。そして、

「あの手紙……っつーか手紙なんて言うほど大したモンじゃねーんだけど。入れ間違いじゃねえ。
 あれは、あいつじゃなくて。
 鈴木勇助、お前に宛てたものだ」

 勇助の目をまっすぐ見て、そう言い切った。
 どうして。

「僕に……?」

 勇助の脳は瞬時に疑問符で埋め尽くされたが、比較的早い段階で納得のいく答えに辿り着いた。

「……ああ、罰ゲームですか」
「違う!!」

 初は即座に否定したが、ばつが悪そうに視線を下に向けている。

「罰ゲームではねえんだけど……嵌められてこうせざるを得なくなったというか、なんというか……。
 悪い……不愉快な思いをさせて。
 けど、オレの話を聞いてくれないか?」

 先程までの威勢をすっかり失った初が絞り出した声は、弱々しくも切実だった。

「頼む。……困ってるんだ」

 ラブレターの真意はわからない。
 けれど、きつく握られた拳がその言葉に嘘はないと訴えていた。

「わかりました」

 困っている人が目の前にいたら、迷わず助ける。

「姫嶋くん。……話を、聞かせてください」

 だって自分は、『勇助』なのだから。