ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 一瞬文字化けかと焦ったが、よくよく見ると『南関東大会が終わって学校の最寄駅である多摩響中央駅に到着した。十六時半頃に学校に戻ってくる』という内容に読み取れた。

「どうしてこんな漢字だらけの文面で送ってきたんだろう。
 ……もしかして」

 教室の壁掛け時計は、現在十六時二十分。
 勇助はキッズケータイをポケットにしまい、ロングワンピースの裾を捲り上げると、駅に向かって駆け出した。
 教室で待っていれば、じきに初はやって来るだろう。
 それでも、勇助は一刻も早く初に会い、その努力を(ねぎら)いたかった。

 駅の途中にあるコンビニエンスストアの近くに差し掛かると、制服姿の初が大きなスポーツリュックを背負って歩いていた。

「はじめ、さん……!」
「……勇助?」

 勇助に気付いた初が、両目を瞠って足を止めた。

「え。もしかしてお前、走ってきたの?」
「よかった……っ、会えて……。大会、お疲れさまでした……」
「あぶねーな。もうちょい長くコンビニにいたら行き違ってたじゃねーか」

 肩で息をしながら、不安げに初を見つめる。
 結果はどうでしたか? なんて、自分の口から訊けない。
 でも……。
 勇助の視線に気付いた初が、きまりが悪そうに俯いた。
 夢を、繋げられなかったのだろうか。
 掛ける言葉が見つからず、唇を引き結んだ瞬間、

「——オレ、七月末に全国行ってくる」
「…………え?」

 それって。
 視線を上げた初が、制服のポケットからお守りを取り出して、にっと笑った。

「全体五位、自己ベスト更新で南関東大会通過した。
 勇助。……ありがとな」
「はじめさん…………おめでとうございます!!」

 無意識のうちに、勇助は初に抱きついていた。

「わっ、な、何すんだ!」
「ご、ごめんなさい! つい感情が昂ってしまって……。
 本当に良かった……。曲がりなりにも『恋人』として、少しでもお役に立てたなら嬉しいです」
「勇助、そのことなんだけど……」

 初は一瞬言い淀んだが、

「前に『大会が終わるまでの間だけ恋人のフリしてほしい』って言ったけど……『全国大会』は、まだ終わってないから……。

 もう少しだけ、付き合ってくれないか」

 真剣な眼差しを、勇助に向けた。
 勇助の胸に浮かんだ答えは、一つだった。

「ここまで乗りかかった船です。
 はじめさんに『降りろ』と言われるその日まで、とことん付き合います」

 勇助が目を細めると、初も目を細める……というより、胡乱げに全身を凝視して言った。

「……つーかお前、その格好でここまで来たのか?」
「あああ!!」

 女装姿のままだった!
 自らの出で立ちを再認識した勇助は、みるみるうちに赤面した。

「き、着替えようと思ってた時にはじめさんから連絡が来て。あのっ、べ、別に好きでこんな格好で徘徊していたわけではなくてですね」
「わーってるよ。今日女装コンだったんだろ?
 マジで女子になってんじゃん」
「……それは、瀬形くんの技術がすごいから」
「まあ、あいつがすげーのは認める。確かに可愛くはなってんだろうけど、別人すぎてなんか落ち着かないというか……。

 ……オレは普段のお前のほうがいいわ」
「へ?」
「何だか今も見慣れない女と喋ってるみたいで変な感じなんだよ。ヅラだけでも取れよ」

 初はハーフウィッグを掴むと、勇助の頭から半ば強引に取り上げてしまった。

「あ……いやっ、やめて……はじめさん、返して!」
「ちょっ……なんつー声出しとんじゃブチ犯すぞ!!」

 初が声を荒らげながら、勇助の胸元にウィッグを押し付けた。
 また耳慣れない関西風のスラングが出てきたが、今回は動作付きだったので、なるほど『ぶちおかす』とは胸元を強く押す事なのかと勇助はひとつ学習した。
 初は今日、プレッシャーと自分自身を乗り越えて全国大会への道を切り拓いた。多少の狼藉も、今日くらいは甘んじて受け入れてもいいのかもしれない。

「……お手柔らかにお願いしますね」
「ハアッ!? おまっ……マジで何言ってんの!?」

 初は真っ赤な顔で口をぱくぱくさせたかと思うと、途端に険しい顔つきになり、勇助を置いてずんずんと歩き出した。

「えっ? ちょっと、はじめさん!? ま、待ってくださいい!!」

 ウィッグを被り直した勇助は、『多摩響最速の男』に何度も置いてけぼりを食らいながら、終わりを迎えつつある学校祭へと戻っていった。