ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 去年と同じく、今年も学校祭の二日目は、桜慈にとって一年の中で最も憂鬱な日になりつつあった。

「あっ、桜慈さま!」
「プリンス様ぁ〜♡」
「おうじきゅん!!」

 自分を追い回す厄介な輩共が、一年で一番湧いて出るからだ。

 桜慈はずっと悩んでいた。
 人より裕福な家庭に生まれ、人より何でも卒無く(こな)せ、人より見目が良い。
 ただそれだけで、どうして得体の知れない好意の押し売りを、何度も何度も受け続けなければならないのか。
 男子校なら恋愛と無縁の高校生活を送れるだろうと考え、共学の国立中学校から祖父が理事長を務める橿古井(かしこい)高等学校に転校した。
 しかし蓋を開けてみれば、男にも矢印を向けられる日々が待っていた。今になって思えば、女だけが自分に擦り寄ってきているわけではなかったのに。
 浅慮だったが、後悔はしていない。
 理想の友に——勇助に出会えたのだから。


「私の王子様……どこに行ったのかしら?」

 声の主は、柔道部の屈強な男だ。見つかったらひとたまりもない。
 誰もいない教室に隠れたはいいものの、どうやって逃げ(おお)せようか思案していると、聞き覚えのあるやや高めの声が耳に飛び込んできた。

「ちょっ、痛い……離して下さい!」

 視界が捉えたのは、素行不良で有名な三年生が細身のセミロングヘアの女子を引きずっていく構図だったが、小花柄のロングワンピースは、()が女装コンテストで着用しているもので間違いない。

「勇助君……!」

 しかしこのままの姿で飛び出したら、彼を助ける前に自分が捕まってしまうかもしれない。

 どうすれば——

 その時、机の上に無造作に放られた、パーティーグッズと思しき白い馬のマスクが目に入った。
 迷っている暇はなかった。
 桜慈は咄嗟にそのマスクを掴むと、頭に被って教室の外へと飛び出した。
 そして、勇助に襲いかかる男を見つけた瞬間。
 奴の後頭部を、拳でブチ抜いた。

 女子に扮した勇助は、尻餅をついたままの姿でこちらを見た()()()()()
 桜慈が着用した白い馬のマスクは、その形状から視界の殆どが不鮮明だった。勇助を救出できたのも、叫び声が決め手となって居場所のあたりを付けられたからに過ぎない。
 無事なのだろうか、顔が見たい。
 視界に合わせて(ひざまず)き、右手を差し出すと、

「……ありがとう、ございます……。
 白馬の、王子様……」

 可憐な秋桜(コスモス)のような微笑みが、狭苦しい視界を一杯に埋め尽くした。

「んン゙ッ」
「あっ! だ、大丈夫ですか?」

 正体不明の動悸に堪らず咳き込むと、すっくと立ち上がった勇助に、背中をバン! と叩かれた。

「ンごッッ!!」
「わあっ、ごめんなさい! 
 咽せたのかと思って……痛かったですか?」

 今度は優しく背中をさすられた。……これは、大丈夫だ。

 桜慈は頷き、背中をさする勇助に「もういいから」と身振り手振りで示すと、その場を離れようとした。が、

「待って下さい! なにかお礼をさせて頂かないと、僕の気が収まりません!!」

 背後からホールドするように、抱きつかれてしまった。これも大丈夫……じゃ、ない……?

 桜慈が抵抗を緩めて勇助に向き直ると、勇助の顔がぱあっと明るくなった。
 この笑顔が、悲しく歪むところを見たくない。
 観念した王子はチョークを手に取り、黒板にこう書き記した。

『それなら、このあと一緒に学校祭を回りませんか?』