ラブレターの差出人は、同じクラスの『姫』だった。

 "桜慈効果"によって瞬く間に焼き鳥が完売すると、「各自解散!」と誰かが言い出したことで、二年一組のクラスメイト達が続々と教室を後にしていった。

 誰もいなくなり、勇助がゴミ袋片手に一人で後片付けをしている教室に、この時間から店番の予定だった初が戻ってきた。

「なにこれ。お前ひとりで片付けてんの?」

 初は勇助の隣にしゃがみ、黙々とゴミを拾い始めた。
 勇助は自分一人で大丈夫だと言ったが、「だいじょばねーだろ」と突っぱねた初の手伝いもあって、後片付けは十分弱で終わった。
 初がゴミ捨てで不在の間、一人で教室の番をしていた勇助の頬に、突如、きんと冷たい感覚が走った。

「ひゃっ」

 振り向いた先には、炭酸飲料を片手に持った初がいた。

「お疲れさん。これ、やるよ。
 この前古文教えてもらったのと……前もらったお守りのお礼」
「ありがとう、ございます……」

 偶然か、それとも知ってくれていたのだろうか。初がくれたのは、勇助の一番好きな炭酸飲料だった。
 その後、初は他のクラスを回ってくるよう提案してくれたが、勇助はこれを断り、初こそ早く帰って早く寝るべきだと伝えた。

「はじめさんには明日、インターハイの本戦出場を懸けた大切な南関東大会があるんですから」
「……わかった。
 勇助、ありがとな。明日は最後まで諦めずに、最善を尽くしてくる。
 お前も明日の女装コン、無理すんなよ」
「はい。多摩響(たまゆら)市の片隅から、ご武運をお祈りしております」

 白い歯を見せて笑った初は、「じゃあな」と言って教室を出て行った。

 入口に完売と2ショットチェキ撮影不可の貼り紙をしたにもかかわらず、その後も噂を聞きつけた在校生が金だけ払うから桜慈とチェキを撮れないかと何人か訪ねてきたので、勇助は初の帰宅後も教室内に留まることにした。
 しばらくすると、哲哉と、女性KPOPアイドルを思わせる出で立ちの男子が訪ねてきた。

「おっす、ユッケ」
「ねえ。"おーじ"、いる?」
「哲ちゃん、いらっしゃい。……そちらの方は?」
「同じクラスの"あざとちゃん"。五組のお『姫』さま」

 二年五組の『姫』。四月の初めに、桜慈に振られたと泣いていた同級生だ。彼も桜慈とのチェキ目当てで来たらしく、完売を伝えると口を尖らせた。

 勇助が"あざとちゃん"に「いつも哲ちゃんがお世話になってます」と頭を下げると、彼は「あんた誰」と言ってきゅるんとした目を眇めた。背丈は初と同じくらいだろうか。髪型は黒髪のマッシュボブで、『姫』と呼ばれているだけあって、小悪魔的で可憐な顔立ちをしている。

「ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。
 一組の鈴木勇助と申します。哲ちゃんとは幼馴染です。
 本当に、お姫様みたいに可愛らしい方ですね。ご挨拶できて嬉しいです」
「なっ、は、ハァ……?!」

 あざとちゃんはしばらく赤面しながら動揺していたが、咳払いを一つしてから自己紹介をはじめた。

「……ボクは五組の安里維吹(あざといぶき)。よろしく」
「ユッケ、あざとちゃんも明日の女装コンに出るから。仲良くしたって」
「もちろん! こちらこそよろしくお願いします」

 どうやらあざとちゃん的には敵情視察のつもりだったらしいが、哲哉のおかげで楽しく十五分ほど会話をした。

「じゃあ、ユッケ君。明日のボクのステージ、絶対観てね! 投票も忘れずによろしく」
「わかりました。楽しみにしております」

 あざとちゃんは勇助にしがみつく哲哉を「もうすぐ店番の時間でしょ」と言って引き剥がし、ひらひらと手を振って去っていった。

 この後、教室に戻ってきた桜慈が担任から借りてきたという鍵で施錠をしてくれたことで、勇助は想定より早めに帰宅することができた。

 いよいよ明日は、女装コンテスト本番だ。
 そして、初の出場する南関東大会も……。

「うまく、いきますように……」

 勇助は薄い布団の中で呟くと、静かに目を閉じた。