その声は細かったが、ほんの少しだけ前へ踏み出したように感じられた。
やがてカディスの手によって湯気を立てるカップがトーマの前に置かれた。黒々とした液面からは、深みのある香りが立ちのぼり、胸の奥にじんわりと広がっていく。
トーマは両手でそっとカップを包み込んだ。温もりが掌から体へ、そして心へと染みていくようだった。口に含むと、苦みの中に柔らかな甘さが潜んでいて、不思議と息が楽になる。
「……おいしい」
思わず漏れた言葉に、自分でも驚いた。ほんの少し、胸を覆っていた霧が薄らいだ気がしたのだ。
しばし沈黙が流れた後、トーマはカップを見つめながら低く呟いた。
「僕は……どう生きていけばいいか、わからないんです。何を目指せばいいかも……。気づいたら、ただ日々をだらだらと過ごしていて……」
声は途切れ途切れフィオラは遮らず、静かに頷いて耳を傾けていた。その優しさに支えられるように、トーマは初めて自分の迷いを外へ押し出せたのだった。
カウンターに凭れかかっていたカディスが、ゆるりと口を開いた。
「目的を見失った?……君は最初から”目的”なんてもの持っていたのか?」
その声は冷たくはない。だが、逃げ場を与えない鋭さがあった。トーマは思わず息を飲んで、カップを握る指に力がこもる。
「生き方を探すと口にする者の多くは、実のところただ”立ち止まっている”だけだ」
カディスの金色の瞳が、まっすぐにトーマを射抜く。
トーマは返す言葉を失い、視線を落とした。胸の奥で何かがざわめく。そのざわめきは痛みを伴っていたが、同時に、眠っていた心を揺り起こすようでもあった。
トーマの沈黙に、フィオラが静かに口を開いた。
「カディスさんの言葉は厳しく聞こえるかもしれないけど、彼はあなたを傷つけたいわけじゃないの」
彼女はそっとトーマの前に腰を下ろし、微笑みを向けた。
「”目的がない”と感じることは、決して恥ずかしいことじゃないわ。生きていく中で、見つけるまで歩いていくことだって、立派な生き方なのよ」
その声は春風のように柔らかく、カディスの言葉の鋭さを優しく包み込んでいた。トーマは胸の奥のざわめきが、少しずつ静まっていくのを感じた。それでも、どこかに小さな火種のようなものが灯っている 、そんな感覚もあった。
トーマはカップの中をじっと見つめていた。まだ湯気の立つ液面に、揺れる自分の影が写っている。
「僕、怖いんです」
小さな声が、重い沈黙を破った。
「目的を見つけなきゃ、ちゃんと生きなきゃって……ずっと思っていました。でも、何をしても途中で自信がなくなって……。結局、何もできないまま日々が過ぎていく。それが一番怖いんです」
言葉を吐き出すたびに胸が苦しくなり、手が震えた。けれど、フィオラとカディスの前なら、不思議とごまかせなかった。
フィオラは優しく頷き、ただ「ええ」と短く相槌を打つ。その静かな肯定が、トーマの背をそっと押してくれるようだった。
「本当は……生きる意味なんてなくても、ただ笑って過ごせたら、それでいいんじゃないかって……そんなふうにも思うんです。でも、それを”逃げた”って、誰かに言われそうで……」
言い切った時、トーマは方の力が抜けるのを感じた。胸の奥に溜まっていた澱が、ようやく流れ出したようだった。
トーマの言葉が途切れた瞬間、カウンターの奥から低い声が落ちてきた。
「逃げたかどうかを決めるのは、他人じゃない。君自身だ」
やがてカディスの手によって湯気を立てるカップがトーマの前に置かれた。黒々とした液面からは、深みのある香りが立ちのぼり、胸の奥にじんわりと広がっていく。
トーマは両手でそっとカップを包み込んだ。温もりが掌から体へ、そして心へと染みていくようだった。口に含むと、苦みの中に柔らかな甘さが潜んでいて、不思議と息が楽になる。
「……おいしい」
思わず漏れた言葉に、自分でも驚いた。ほんの少し、胸を覆っていた霧が薄らいだ気がしたのだ。
しばし沈黙が流れた後、トーマはカップを見つめながら低く呟いた。
「僕は……どう生きていけばいいか、わからないんです。何を目指せばいいかも……。気づいたら、ただ日々をだらだらと過ごしていて……」
声は途切れ途切れフィオラは遮らず、静かに頷いて耳を傾けていた。その優しさに支えられるように、トーマは初めて自分の迷いを外へ押し出せたのだった。
カウンターに凭れかかっていたカディスが、ゆるりと口を開いた。
「目的を見失った?……君は最初から”目的”なんてもの持っていたのか?」
その声は冷たくはない。だが、逃げ場を与えない鋭さがあった。トーマは思わず息を飲んで、カップを握る指に力がこもる。
「生き方を探すと口にする者の多くは、実のところただ”立ち止まっている”だけだ」
カディスの金色の瞳が、まっすぐにトーマを射抜く。
トーマは返す言葉を失い、視線を落とした。胸の奥で何かがざわめく。そのざわめきは痛みを伴っていたが、同時に、眠っていた心を揺り起こすようでもあった。
トーマの沈黙に、フィオラが静かに口を開いた。
「カディスさんの言葉は厳しく聞こえるかもしれないけど、彼はあなたを傷つけたいわけじゃないの」
彼女はそっとトーマの前に腰を下ろし、微笑みを向けた。
「”目的がない”と感じることは、決して恥ずかしいことじゃないわ。生きていく中で、見つけるまで歩いていくことだって、立派な生き方なのよ」
その声は春風のように柔らかく、カディスの言葉の鋭さを優しく包み込んでいた。トーマは胸の奥のざわめきが、少しずつ静まっていくのを感じた。それでも、どこかに小さな火種のようなものが灯っている 、そんな感覚もあった。
トーマはカップの中をじっと見つめていた。まだ湯気の立つ液面に、揺れる自分の影が写っている。
「僕、怖いんです」
小さな声が、重い沈黙を破った。
「目的を見つけなきゃ、ちゃんと生きなきゃって……ずっと思っていました。でも、何をしても途中で自信がなくなって……。結局、何もできないまま日々が過ぎていく。それが一番怖いんです」
言葉を吐き出すたびに胸が苦しくなり、手が震えた。けれど、フィオラとカディスの前なら、不思議とごまかせなかった。
フィオラは優しく頷き、ただ「ええ」と短く相槌を打つ。その静かな肯定が、トーマの背をそっと押してくれるようだった。
「本当は……生きる意味なんてなくても、ただ笑って過ごせたら、それでいいんじゃないかって……そんなふうにも思うんです。でも、それを”逃げた”って、誰かに言われそうで……」
言い切った時、トーマは方の力が抜けるのを感じた。胸の奥に溜まっていた澱が、ようやく流れ出したようだった。
トーマの言葉が途切れた瞬間、カウンターの奥から低い声が落ちてきた。
「逃げたかどうかを決めるのは、他人じゃない。君自身だ」
