エナジードリンクを一息に飲み干して、瓶をゴミ箱へ捨てる。ふーっとまた息を吐いて、重たい気分を空中へ投げた。
なんとなく重たい足取りで理系棟の階段を上って生物室へ戻ると、理太郎くんは作業をしていた。
「あーっ!」
思わず声をあげる。理太郎くんの肩がびくんと派手に跳ねた。俺はこちらを見つめる理太郎くんの目を見つめかえしつつ、ずかずかと寄っていった。
「まだ十三時前だし、休憩中だよ。作業なんかしないで休もうよ」
「し、しかし。僕は仕事が遅いから、その分こうして休憩中にもやらないと間に合わない」
なんて健気でいじらしい生き物だ、理太郎くん。ちょっと切なくなるくらいだ。
だからこそ先入観で近寄りがたいなんて思っていて申し訳なかったと思うし、あの女子も見る目がないなと思う。
俺はちょっとしゃがんで、理太郎くんと目の高さを合わせた。
「例えばだけど。逆に俺が理太郎くんより不器用で、仕事が遅かったら、理太郎くんは休まず作業しろって言う?」
そう言うと、理太郎くんは目を丸くした。ね? と、改めて念を押すと、理太郎くんは「そんなこと、思いつかなかった」と茫然としている。
なんだろう。この純真さを守らなくちゃいけない気がしてきた。
「むしろ理太郎くんは、もっとでかい顔していいよ」
「でかい顔とは?」
「俺はこれまで部活をサボってきたんだから、その分ストラップ作りくらいは、理太郎くんの分まで頑張って当然だって顔」
理太郎くんの顔が、みるみるうちにしかめられていく。どんな感情だと思っていると、ちょっと顎を引いてこっちをにらんできた。
「朔くんには朔くんの事情があって、これまで部活に参加してこなかったと思っている。それを君の弱みだとは思わないし、ましてや付け入ろうなんてもってのほかだ」
その言葉に、思わず言葉に詰まった。
俺がずっと引け目だと思っていたことはきっと、理太郎くんにとっては、そうじゃないんだ。いや、俺のことを全部説明したわけじゃないし、何かしらの誤解くらいはお互いにあるとは思うんだけど。
ひょっとしたら理太郎くんは、俺……いや、人のことを――何か理由があってもなくても――軽んじるなんて発想自体、ないのかもしれない。
「あ……ありがとう」
「なぜ?」
首を傾げる理太郎くん。ちょっとだけ「そういうとこだぞ」と恨めしいくらいだ。
思わずこっちが心配になるくらい、いい人だな、と思う。そういうところが、なんというか……。
いや、これ以上考えるとよくない。気づいてはいけないことに自分から触れてしまいそうで、どきんと心臓が跳ねた。
「そういうことなら、俺は理太郎くんに甘えちゃおうかな」
誤魔化すために軽口を叩いた。理太郎くんの向かいの席に座ろうとする。途端に、理太郎くんが消えた。いや、身体がぐらりと傾いて、椅子ごと派手な音を立てて倒れた。
びっくりしてでかい声が出る。
「大丈夫!?」
「だ、だいじょうぶ。大丈夫だ、朔くん」
理太郎くんは機敏に立ち上がった。椅子を置きなおして、座りなおす。さっき椅子から崩れ落ちたのが嘘みたいに美しい姿勢だ。でも顔どころか耳まで赤い。
頭の中に「横転」の二文字が浮かびつつ、心配で駆け寄る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。ほら、なんともない」
理太郎くんは立ち上がって、何度かその場で屈伸を繰り返した。
その動きをじっと見る。たしかに、問題はなさそうだ。
でも相変わらず顔が赤い。
「体調が悪くなったら、言ってね……。あと水も飲んで、塩もとってね」
とはいえ、外はものすごい酷暑日だ。いくら冷房の効いた生物室にいるとはいえ、参ってしまっても仕方ない。
「塩タブレットいる?」
たしかリュックに、母さんから持たされたやつがあるはずだ。
だけど理太郎くんは「本当に大丈夫だ」と言って椅子に座った。
「さっきの続きだが、むしろ僕としては、朔くんはいてくれるだけでありがたいんだ。だから、あまり……負い目に思わなくてもいい」
「負い目」
言葉を選ぶセンスが、やっぱり武士すぎる。
最初はそれをただ面白がっていただけなのに、今の俺は、なんでかその言葉で胸がきゅうと苦しくなる。
「うん、分かった。これからはここにいるから、理太郎くんも俺を頼ってね」
混じりけのない本心だ。いや、ちょっと嘘。理太郎くんと仲良くなりたいって下心もこもっている。
理太郎くんは俺の邪心も知らず、「分かった」と頷いた。その表情がいつも通りには凛々しく見えなくて……むしろ、かわいい。ちょっと目元がゆるんで、表情も柔らかくて、なんだかハムスターみたいだ。
「ところで朔くん。食事がまだだろう」
理太郎くんのその言葉で、はっと我に返った。そういえば、そうだ。
リュックから弁当を取り出して、包みを開く。保冷剤でヒエヒエのご飯とおかずを箸でつついていると、視線を感じた。
理太郎くんが、じっとこちらを見ている。
すごく真剣な目つきだ。
「どうしたの」
ちょっとやりづらい。一口分のご飯を噛んでいると、理太郎くんがしみじみとした口調で言った。
「一口が小さいな」
「うん?」
確かに僕は口が小さいから、一度にたくさんのものは入れないようにしている。その観察は一体なんのためにしているんだ、理太郎くん。
結局、理太郎くんは食事の間、ずっと俺を見守っていた。
食べ終わって箸を置くと、あと少しで十三時だ。
弁当をしまう動作すらじっと見つめられている。気まずさに耐えかねて、そろりと手を挙げた。
「……ちょっと早いけど、作業再開する?」
「そうだな」
こうして、俺たちは作業を再開した。
理太郎くんは相変わらず不器用だし、仕上げは俺がやらないと売り物になるクオリティにはならない。
それでついでに、なんでかは分からないけど……無性にそわそわして、落ち着かない気分になる。いらついてるわけじゃない。何か不満があるのかと考えてみたけど、特にない。むしろ、これは悪い気分ではない気すらする。
特にお腹の底から胸にかけてが妙にくすぐったい。俺は一体、どんな感情になっているんだろう。
分からない。だから、知りたいと思う。
なんとなく重たい足取りで理系棟の階段を上って生物室へ戻ると、理太郎くんは作業をしていた。
「あーっ!」
思わず声をあげる。理太郎くんの肩がびくんと派手に跳ねた。俺はこちらを見つめる理太郎くんの目を見つめかえしつつ、ずかずかと寄っていった。
「まだ十三時前だし、休憩中だよ。作業なんかしないで休もうよ」
「し、しかし。僕は仕事が遅いから、その分こうして休憩中にもやらないと間に合わない」
なんて健気でいじらしい生き物だ、理太郎くん。ちょっと切なくなるくらいだ。
だからこそ先入観で近寄りがたいなんて思っていて申し訳なかったと思うし、あの女子も見る目がないなと思う。
俺はちょっとしゃがんで、理太郎くんと目の高さを合わせた。
「例えばだけど。逆に俺が理太郎くんより不器用で、仕事が遅かったら、理太郎くんは休まず作業しろって言う?」
そう言うと、理太郎くんは目を丸くした。ね? と、改めて念を押すと、理太郎くんは「そんなこと、思いつかなかった」と茫然としている。
なんだろう。この純真さを守らなくちゃいけない気がしてきた。
「むしろ理太郎くんは、もっとでかい顔していいよ」
「でかい顔とは?」
「俺はこれまで部活をサボってきたんだから、その分ストラップ作りくらいは、理太郎くんの分まで頑張って当然だって顔」
理太郎くんの顔が、みるみるうちにしかめられていく。どんな感情だと思っていると、ちょっと顎を引いてこっちをにらんできた。
「朔くんには朔くんの事情があって、これまで部活に参加してこなかったと思っている。それを君の弱みだとは思わないし、ましてや付け入ろうなんてもってのほかだ」
その言葉に、思わず言葉に詰まった。
俺がずっと引け目だと思っていたことはきっと、理太郎くんにとっては、そうじゃないんだ。いや、俺のことを全部説明したわけじゃないし、何かしらの誤解くらいはお互いにあるとは思うんだけど。
ひょっとしたら理太郎くんは、俺……いや、人のことを――何か理由があってもなくても――軽んじるなんて発想自体、ないのかもしれない。
「あ……ありがとう」
「なぜ?」
首を傾げる理太郎くん。ちょっとだけ「そういうとこだぞ」と恨めしいくらいだ。
思わずこっちが心配になるくらい、いい人だな、と思う。そういうところが、なんというか……。
いや、これ以上考えるとよくない。気づいてはいけないことに自分から触れてしまいそうで、どきんと心臓が跳ねた。
「そういうことなら、俺は理太郎くんに甘えちゃおうかな」
誤魔化すために軽口を叩いた。理太郎くんの向かいの席に座ろうとする。途端に、理太郎くんが消えた。いや、身体がぐらりと傾いて、椅子ごと派手な音を立てて倒れた。
びっくりしてでかい声が出る。
「大丈夫!?」
「だ、だいじょうぶ。大丈夫だ、朔くん」
理太郎くんは機敏に立ち上がった。椅子を置きなおして、座りなおす。さっき椅子から崩れ落ちたのが嘘みたいに美しい姿勢だ。でも顔どころか耳まで赤い。
頭の中に「横転」の二文字が浮かびつつ、心配で駆け寄る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。ほら、なんともない」
理太郎くんは立ち上がって、何度かその場で屈伸を繰り返した。
その動きをじっと見る。たしかに、問題はなさそうだ。
でも相変わらず顔が赤い。
「体調が悪くなったら、言ってね……。あと水も飲んで、塩もとってね」
とはいえ、外はものすごい酷暑日だ。いくら冷房の効いた生物室にいるとはいえ、参ってしまっても仕方ない。
「塩タブレットいる?」
たしかリュックに、母さんから持たされたやつがあるはずだ。
だけど理太郎くんは「本当に大丈夫だ」と言って椅子に座った。
「さっきの続きだが、むしろ僕としては、朔くんはいてくれるだけでありがたいんだ。だから、あまり……負い目に思わなくてもいい」
「負い目」
言葉を選ぶセンスが、やっぱり武士すぎる。
最初はそれをただ面白がっていただけなのに、今の俺は、なんでかその言葉で胸がきゅうと苦しくなる。
「うん、分かった。これからはここにいるから、理太郎くんも俺を頼ってね」
混じりけのない本心だ。いや、ちょっと嘘。理太郎くんと仲良くなりたいって下心もこもっている。
理太郎くんは俺の邪心も知らず、「分かった」と頷いた。その表情がいつも通りには凛々しく見えなくて……むしろ、かわいい。ちょっと目元がゆるんで、表情も柔らかくて、なんだかハムスターみたいだ。
「ところで朔くん。食事がまだだろう」
理太郎くんのその言葉で、はっと我に返った。そういえば、そうだ。
リュックから弁当を取り出して、包みを開く。保冷剤でヒエヒエのご飯とおかずを箸でつついていると、視線を感じた。
理太郎くんが、じっとこちらを見ている。
すごく真剣な目つきだ。
「どうしたの」
ちょっとやりづらい。一口分のご飯を噛んでいると、理太郎くんがしみじみとした口調で言った。
「一口が小さいな」
「うん?」
確かに僕は口が小さいから、一度にたくさんのものは入れないようにしている。その観察は一体なんのためにしているんだ、理太郎くん。
結局、理太郎くんは食事の間、ずっと俺を見守っていた。
食べ終わって箸を置くと、あと少しで十三時だ。
弁当をしまう動作すらじっと見つめられている。気まずさに耐えかねて、そろりと手を挙げた。
「……ちょっと早いけど、作業再開する?」
「そうだな」
こうして、俺たちは作業を再開した。
理太郎くんは相変わらず不器用だし、仕上げは俺がやらないと売り物になるクオリティにはならない。
それでついでに、なんでかは分からないけど……無性にそわそわして、落ち着かない気分になる。いらついてるわけじゃない。何か不満があるのかと考えてみたけど、特にない。むしろ、これは悪い気分ではない気すらする。
特にお腹の底から胸にかけてが妙にくすぐったい。俺は一体、どんな感情になっているんだろう。
分からない。だから、知りたいと思う。


