完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 太田先生は俺たちに「ほどほどにやってくれ」と声をかけて、また準備室へ引っ込んでいった。
 俺はさっと視線を落として、理太郎くんのストラップを脇に置いて作業を再開する。なんとなく恥ずかしい。

 理太郎くんもワイヤーを一本取って、新しくストラップを作り始めた。
 黙々と作業を続けた。理太郎くんは俺が二個作りおわる頃に一個分のビーズを通しおえて、仕上げの処理に入ろうとする。そこでそっと俺を見つめてきたから、頷いて「はい」と手を伸ばした。

「手伝うよ」

 そう言って、理太郎くんからストラップを受け取った。ワイヤーを巻いてペンチで切る。
 ちょっとねじってDNAとしての体裁を整えて、理太郎くんへ返した。

「ありがとう」

 ちょっと険しい表情で理太郎くんが頭を下げた。大げさな仕草に、どきんと心臓が跳ねた。
 もしかして、理太郎くんってかわいいんだろうか……。こんなに身体が大きくて、力だって強そうなのに……。
 だけど、いつも一生懸命でいじらしいよな。それじゃあ、俺がかわいいって思っても、仕方ないはず。

「そりゃあね、さっき頼ってほしいって言いましたからね」

 照れ隠しでつっけんどんに言うと、理太郎くんは「そうか」と目元へ手を当てた。

「……ありがとう」
「んー。いや、別に?」
「ふ」

 俺の照れ隠しに、理太郎くんが手の向こうでほんのり笑う。その表情を見ていると、胸がざわついてお腹の中まで落ち着かない。うつむいて、手元へ視線を戻した。
 自分の作業を再開すると、理太郎くんも新しいストラップを作り始める。また二人とも無言になって作業する。
 不意に、チャイムが鳴った。はっと顔をあげて壁の時計を確認すると、完全下校時刻が近い。
 準備室から太田先生が出てきて、「帰れよー」と俺たちに促してきた。

 理太郎くんは作りかけのストラップを完成品の箱へ置いたので、俺もそうする。
 次の登校日はいつだったっけ。そう思っている俺がいて、自分で驚いた。
 どうやら俺は、このストラップ作りが……いや。理太郎くんと過ごすこの時間が、楽しいみたいだ。

「次は一週間後だな」

 理太郎くんの呟きに、ちょっと残念な気持ちになる。完成品をいれた箱をちらりと見て、ちょろりと手を挙げた。

「……来週と言わず、明日もやらない?」

 夏休み中でも、運動部なんかはほぼ毎日練習のために登校している。だから生物部が活動しちゃいけない道理は、ないはずだ。
 俺の言葉に、理太郎くんは目を丸くしている。太田先生はなぜか前のめりになって、にやにやと笑っていた。

「おお! やる気マンマンだな、三浦」
「え、あ! 別に、そういうわけでは」

 いや普通に、どう見てもやる気はマンマンだろ。
 太田先生は「ま、なんだ」と言って身体を引く。

「明日は俺も来れるから、ここ開けておいてやるよ。来たいなら、ぜひ来なさい」

 先生の言葉に、俺は理太郎くんをちらりと見る。ばっちり視線が合って、逸らせなくなった。

 先に目をそらしたのは理太郎くんだった。先生を見て頷く。

「はい。僕は、明日も来ます」
「お、俺も。来ます」

 先生は俺たちに「そうか」と頷いた。

「じゃ、また明日な。今日はもう帰れよー」

 先生はそう言って、俺たちを追い出しにかかった。
 リュックを背負ったところでふと、理太郎くんの作った失敗作が目に入る。とっさに持ち上げて、先生に見せた。

「先生。これ、どうしますか? 売り物にならないんですよね」
「そうだな、売れはしないなぁ」

 もんにゃりとした返事。きっと捨てるしかないんだろう。それなら、と俺は口を開いた。

「これ、もらってもいいですか?」
「おお。俺としては構わないが……」

 それじゃ、もらおう。俺はポケットにストラップを突っ込んだ。理太郎くんが「えっ」と声をあげている。

「いいのか……?」
「ん、まあ。もったいないし?」

 正直言えば、自分でもよく分からない。だけどこれは、理太郎くんが頑張って作ったものだ。
 捨てるにはちょっと、かわいすぎる。

 先生が「施錠するから外へ出ろ」と急かすので、俺たちは理系棟から出た。
 途端に外の熱気に包まれる。日が傾いて真昼よりは多少マシというだけの酷暑に、理太郎くんへ「暑いね」と声をかけた。
 理太郎くんは「そうだな」と言うけど、その表情はいつも通り涼やかだ。

 不意にその切れ長の目がこちらを向いて、どきりとする。

「また明日、来てくれるのか?」

 突然の問いかけに、俺は一瞬フリーズした。

「い、嫌?」

 咄嗟に保険をかける言葉が出る。理太郎くんはすぐに首を横に振ってくれた。

「まったく嫌じゃない。むしろ……」

 むしろ、なんだろう。言葉を待っていると、理太郎くんは珍しく困った顔をしていた。というか目を細めて、唇を軽く噛んで、もの言いたげだけど……言葉が見つからないって感じだ。
 どんどん時間が過ぎて、外の暑さのせいで俺も汗ばんでいく。だけど理太郎くんも同じだ。さらには、高いところにある耳が赤くなっているのを見つけてしまった。
 思わずさっと視線をそらす。いけないものを見てしまった気分だ。
 ここになってやっと、理太郎くんが「その」と囁く。

「むしろ……嬉しい」

 理太郎くんにしては小さな声だけど、返事があった。ほっと胸をなでおろして、大げさなくらい肩の力を抜く。

「そっか。よかった」

 どストレートな答えでありがたい。いやあ、と誤魔化すみたいに手で火照る顔をあおいだ。それとなく理太郎くんを見上げる。

「ちょっとでもたくさん、文化祭で売りたいからさ」
「そうか……」

 理太郎くんも、もんにゃりとした返事だ。やっぱり、何か言いたいことでもあるんだろうか。
 じっと顔を見つめると、「いや、その」とどもりつつ、理太郎くんは俺を見つめ返した。

「ストラップ。気を遣ってくれて、ありがとう」
「え? 気を遣った? そんなつもりじゃないけど。俺が欲しかっただけ」
「なぜ」

 そんな風に真っすぐ聞かれたら、こちらも真っすぐ答えるしかない。

「捨てるにはかわいすぎた」

 かわいすぎた……? と理太郎くんが首を傾げる。俺もそこそこ意味不明なことを言っている自覚はあるし、本音を言えば恥ずかしい。
 だけど、気を遣ったと思われる方が嫌だ。

「だから気にしないで。俺がもらいたくてもらっただけ」

 これは本当だ。俺が欲しかっただけだから、恩着せがましいことは言いたくない。
 理太郎くんはしばらく俺の顔をじっと見つめて、ちいさく頷いた。

「分かった」

 その顔はほんのりと赤くなっていて、ちょっと汗ばんでいた。
 この暑さだから仕方ない。仕方ないよね。

 とはいっても、ちょっと色っぽく見えた。
 熱っぽい目つき。いつもは神経質なくらい固く閉じられた口がほんのりほどけて、なんというか……色っぽい。まさか理太郎くんを色っぽいと思う日が来るとはね。
 まったく……美形は、汗まみれでも様になって、困る。それとなく視線をそらした。

「嬉しい」

 またそんな声が聞こえたから、またそっと理太郎くんを見た。
 微笑んでいる。まさに花がほころぶようなというか、優しくて、見ているだけでほっとするような、でもどこか甘い笑み。

「えっ、いやぁ、別に!?」

 思わず突拍子もない声が出た。理太郎くんは照れたように「でも、本当だ」と囁くように言った。

「ありがとう。本当に、嬉しい」

 なんて素直なんだ、理太郎くん。
 俺はといえば素直になれず、「別に」とそっぽを向くだけだった。
 理太郎くんでエロがるな、俺。