完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 学校へ戻って、俺たちはストラップの材料を広げた。太田先生に言ってペンチも二本貸してもらって、長机に向かい合って座る。完成品を入れる小箱を用意して、準備は完了だ。
 俺が作り方の紙を広げていると、理太郎くんがワイヤーをストラップの部品へと巻き付けて、俺へ見せてきた。

「こうやって作るんだ」

 そう言って、ひとつひとつビーズを丁寧に通しながら「ここでこの色を使う」とか「赤と青がペアだ」とか、逐一解説してくれた。
 俺は全部に頷きながら、見よう見まねでビーズをワイヤーへ通す。

「……なるほど、分かった。やってみるよ」

 この前理太郎くんが送ってくれた作り方の動画を見ていたから、今のお手本でイメージがだいぶ固まった。
 思ったよりもずっと迷いなく、ビーズを通していける。

 二人で静かにワイヤーをいじりはじめる。黙々と作業する時間が始まった。
 だけど、さすがに目と頭が疲れる。慣れないながらも三個作った頃に、ふと集中力が切れた。理太郎くんの手元を見る。

 作りかけのストラップの端がくちゃくちゃになっていて、それを戻すのに四苦八苦していた。表情は険しいけど、手元は頼りなさげにおろおろしている。
 これは多分、困っているんだろう。

「理太郎くん」

 見かねて声をかける。理太郎くんはちょっとこちらへ視線を寄越してから、「どうした」と言ってまた手元へ視線を戻した。また作業を始めようとするから、「ねえ」と声をかける。

「一旦、休憩しない?」
「しかし……僕はまだ、一個しかできていない」

 珍しく、ちょっと歯切れの悪い返事。理太郎くんの横に、端の処理がちょっと甘いやつが一個転がっていた。この工程が苦手なのか、今苦戦しているやつでも困っているみたいだ。
 理太郎くんにも、苦手分野があるんだな。
 こういう時は一旦休まないと、余計泥沼になる。

「一緒に休もうよ。俺、理太郎くんと、自販機でジュースを買いに行きたいんだけど。ダメ?」

 できるだけあっけらかんと言ってみた。こういうときはちょっと下手に出て、若干ヨイショして甘えるといい。例えば兄さんがそうだ。

「え?」

 理太郎くんが顔を上げて目を丸くしたので、俺は勢いづけて「さあさあ」と立ち上がる。

「行こ、理太郎くん」

 理太郎くんはつられたのか立ち上がって、俺の後についてきた。
 こうして、俺は理太郎くんを連れ出すことに成功した。自販機は理系棟から出て、ちょっと渡り廊下を歩いた先にある。
 早速小銭を入れて、サイダーを買った。だけど、理太郎くんは何も買うつもりはないらしい。

「ごめんね、付き合ってもらっちゃって」

 取り出し口からサイダーを持って笑いかけると、理太郎くんは少し困った顔をした。ほのかに頬が赤いように見える。

「……気を遣わせてしまったようだな。すまない」

 語彙が武士かよ。
 そういうところが俺に面白がられているんだぞ、理太郎くん。

「全然気にしないでよ。俺がついてきてもらったんだし。誘い、のってくれてありがとね」

 理太郎くんはうつむいて、「いや、こちらこそ」と小さな声で言った。耳まで赤くて、ちょっと、なんだ。かわいいな。
 でかい身体でしょぼくれないでほしい、萌えるから……。

 そんな上から目線なことを思いながらサイダーを開けて、一口飲む。

「三浦くん!」

 声をかけられて、ボトルから口を離す。声の方を向けば、梶原くんだった。手を振りながら文系棟の方から歩いてくる。
 一瞬だけ理太郎くんに目を向けて、「や」と軽く手を挙げた。理太郎くんは会釈で応じる。
 俺が「梶原くん」と名前を呼ぶと、にこやかな笑みが返ってきた。

「なに、二人で連れだって。文化祭の準備?」
「うん。梶原くんも、文芸部で忙しいんだっけ」
「そうそう。締め切り間近で原稿がラストスパートだから、部室で書いてる連中も多くてさぁ。俺はもう提出してるんだけど、みんながサボらないように見張り役で部室にいる」

 ふむふむと話を聞きながら、そういえば二人とも理系だったっけと思い出した。梶原くんはさっき理太郎くんに挨拶していたし、顔見知りくらいには関係があるのかな。

 ふと梶原くんは俺と理太郎くんを見比べて、俺の肩をポンと叩いた。

「ところで三浦くん。またいつでも文芸部に顔を出してくれよ」
「え、ああ? うん」

 突然の言葉に面食らう。あやふやな返事しかできなかった。
 梶原くんはそれから理太郎くんに顔を向けて、ちゃっと手を挙げた。

「結城くん。生物部室から出てきた馬の被り物、譲ってくれてありがとう。部活紹介ムービーを作るときに重宝したよ」
「それはよかった」

 そこで、そう、繋がるのか。俺がびっくりしている間に、梶原くんはさっさと歩いていってしまった。
 ずんずん歩いていく背中を見送って、サイダーのキャップを締める。嵐みたいだった。

「俺たちも戻ろうか」
「ああ……」

 理太郎くんに声をかけるけど、声の張りがさっきよりちょっとだけ弱い。

「理太郎くん?」

 名前を呼んで見上げると、はっとした顔をして首を横に振る。こちらを見るときには、いつもの凛々しい無表情だった。

「なんでもない。行こう」

 そう言って大股で歩き出すから、俺は慌ててついていった。
 二人で生物室へ戻って、作業を再開する。

 理太郎くんはまた、ストラップの端の処理に悪戦苦闘しはじめた。
 どんどんぐちゃぐちゃになっていくワイヤー。
 かわいそうだ。見かねて「理太郎くん」と呼んで、手を伸ばす。

「ちょっと貸してもらってもいいかな」

 理太郎くんはほんの少し黙り込んだ後、「頼む」とちょっとしょぼくれた様子で渡してくれた。
 しょぼくれると、大きな身体とギャップがあって、やっぱりかわいいな。うっかりときめきかねないからやめてほしい。

「任せて」

 俺は邪念をひねりつぶしながら、そう請け合う。
 端のワイヤーをペンチで伸ばした。何回も曲げられてちょっとおかしなことになっているけど、なんとか形にしていく。

「できた、かな?」

 とはいえ、やっぱり歪かもしれない。
 目の前に掲げて見ていると、準備室のドアがガチャッと音を立てて開いた。

「おお。やってるな」

 太田先生が、ぺたんぺたんとスリッパの足音を立ててやってきた。
 先生は俺の持っているストラップを見て、「がんばってるねぇ」と声をかけてくれた。ふと理太郎くんが作ったものを見て、ああ、と肩をすくめる。

「だけど、惜しいな。端がちょっと飛び出てる。尖ってて危ないから、売り物にするのは厳しい」

 忖度のない指摘に、理太郎くんががっくりと肩を落とす。先生は理太郎くんを見て、ん……とちょっと申し訳なさそうに手を合わせた。

「結城。がんばったんだな」
「はい」

 悔しがることもせず、悲しげな理太郎くん。手先を使う作業が本当に苦手なんだろう。思わず、そのストラップを胸元へ引き寄せる。

「理太郎くん、適材適所だよ」

 そう言って俺は胸の前で、理太郎くんの作ったストラップを揺らした。

「俺は理太郎くんみたいに生物を研究するのはできないけど、ストラップを作るのは得意だ。だから俺のこと、頼ってほしい……かも」

 言い切れなかった。かっこ悪い。
 えへ……と照れ隠しに笑った。途端に、しんと辺りが静まり返る。
 果たして、これでフォローになっていたんだろうか。はらはらしていると、理太郎くんはほんの少しだけ微笑んだように見えた。

「ああ。……それでは、端の処理だけ助けてもらってもいいか?」

 思ったよりも柔らかい笑顔だったから、俺はちょっと言葉に詰まった。
 だけどすぐに、首を縦にぶんぶんと振る。

「もちろんだよ、理太郎くん」

 頼ってもらえた。そのことが俺の胸をまた、じんと熱くした。
 熱くなるだけじゃなくて、鼓動が早くなった気すらした。