完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 八月に入った。午前中に夏休み補講のある日が、またやってくる。
 だけど、それが終われば午後から部活。俺は教室でさっさと弁当をかっ食らうと、生物室へ向かった。

 引き戸を開けると、ほんのり効いている冷房が気持ちいい。
 理太郎くんはいなかった。だけど、部屋の奥の方に理太郎くんのリュックが置きっぱなしだ。机にはノートが広げられている。遠目に見ても、びっしりと文字が書かれているのが分かった。
 研究内容を書きつけたノートか何かかもしれない。

 正直、気になる。見てみたい。いや、普通にダメだろ。
 よこしまな気持ちを抑えつつ、入口近くの机へリュックを置く。
 ちょうどその時、廊下を走る慌ただしい足音が聞こえた。驚いて振り向くと、引き戸から勢いよく飛び込んできたのは理太郎くんだ。
 目の前で大きな身体が急停止する。汗ひとつかかない、息も乱れていない無表情で、俺を見下ろした。思わず一歩引く。理太郎くんは、低い声で言った。

「ノート、見たか?」

 ちょっと怖い口調だ。思わず勢いよく首を横に振った。

「み、見てないよ」
「そうか。……なんでもない」

 理太郎くんはそう言って、速足に自分の荷物へ歩いていって、ノートを勢いよく閉じた。何が書かれているのか、余計に気になる……。ピラニアの飼い方とかだろうか。
 おずおずと近寄っていくと、理太郎くんはうなだれながら俺を見た。ちょっと表情は暗い。

「……さっきは驚かせてしまった。申し訳ない」
「う、ううん。大丈夫」

 沈んだ声で謝られて、首を横に振る。だけどここで「申し訳ない」って言葉が出てくるなんて、理太郎くんはやっぱり武士みたいだ。
 俺の間抜けな感想も知らずに、理太郎くんは改めて綺麗なお辞儀を披露した。
 別に大して気にしていないので、「ところで」と話題を変える。

「これからまた、部室の掃除だよね」
「ああ。でも今日はほどほどで切り上げて、買い出しへ行こうと思っている」
「何を買いに行くの?」
「ビーズとワイヤー、ストラップの紐だ」
「なるほど。DNAストラップの材料だね?」

 俺が確認すると、「そうだ」と理太郎くんは真面目な表情で頷く。

「だから掃除が一段落したら、買い出しとストラップ作りへあてようと思う」
「おっけー、分かった」

 僕たちは掃除へ取り掛かった。標本のうち残すものを選別したところで、理太郎くんが宣言した。

「買い出しへ行こう」

 僕としても異論はない。はーいと返事をすると、理太郎くんはきびきびと生物室へ戻っていった。

「近くに手芸店がある。そこへ行く」

 そういうわけで、俺たちは学校を出て買い出しへ向かった。
 手芸店は、高校の近所にある大きなスーパーの、すぐ隣にあった。そういえばこんなお店もあったな。
 お店の自動ドアをくぐると、色とりどりでちょっとファンシーな空間が広がっていた。慣れない雰囲気に怯えを覚える。心なしか冷房も効きすぎている気がした。
 だけど理太郎くんは堂々としていた。迷いのない足取りでビーズコーナーへ行って「これを買う」と迷いなくいろんな色合いのビーズを小さなカゴへ放り込んでいった。

「あとはワイヤーとストラップだな」

 やっぱりまた迷いのない足取りで歩いて、材料を買いそろえていく。俺はもう、理太郎くんの背中についていくしかできなかった。広い背中がなんだか眩しい。

 それにしたって、アウェイにいても理太郎くんの凛々しさ、たくましさ、生命力は変わらないんだ。安心する。
 お会計へ向かう足取りも力強い。

「領収証をください」

 たぶん決まりきったやり取りの後、俺たちは材料を手に入れた。理太郎くんが自分のリュックへ荷物を詰める。これ俺いらなかったな。
 そう思いつつも、理太郎くんの後についていった。ふと理太郎くんが振り向いて、話しかけてくる。

「必要な材料は分かったか?」
「まあ、一通りは」

 材料を全部暗唱しろと言われたら自信はないけど、たぶん大丈夫だろう。分からなかったら理太郎くんや先生に聞いて、また確認すればいい。
 理太郎くんは「よかった」と呟くように言った。

「これから足りないものがあったら、買ってきてくれ。部費で落とすから、領収証だけ忘れないよう気をつけてほしい」

 一瞬、あっけにとられてしまった。
 この言葉を俺なりに解釈すると、理太郎くんは、俺なんかを文化祭準備の戦力として数えてくれているらしい。じわじわと胸の中が温かくなる。

「あ、ありがとう」
「ん?」

 咄嗟に出たお礼に、理太郎くんがきょとんとした顔でこちらを見てくる。とんちんかんな受け答えをしてしまったことに気づいて、慌てて手を振った。

「いや、その、分かった。これからは俺も、頼りになれるようがんばるから」

 また変なことを言ってしまったかもしれない。穴が合ったら入りたい。
 俺がひっそり自己嫌悪していると、理太郎くんは目元を手で押さえた。心なしか顔が赤い。

「ああ……頼む」

 理太郎くんなりに、俺の失言を気遣ってくれたんだろうか。優しさが染みる。胸が温かくなって、どきどきしていた。
 ありがとう、理太郎くん……。