完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 なんと、理太郎くんと付き合うことになった。
 本当に……?

 夢見心地のまま自転車を漕いで、今日は夜も遅いから塾へも行かずにそのまま帰った。
 久しぶりに家で夕食を食べて、風呂に入る。自分の部屋へ戻ると、スマホに通知が来ていた。
 理太郎くんからの個チャだ。

『よろしく』

 たったそれだけ。
 だけどこれが、俺といわゆる「お付き合い」をするためのあいさつだと、俺にはばっちり分かった。

 黙ってベッドに上がって、枕を抱きしめた。脚をばたばたさせて、にやけるから頬の内側を噛んでこらえて、暴れる。

 見てるか、世界。俺の恋人は理太郎くんなんだ。どうだ、すごいだろう。しかも相思相愛なんだぞ。

 意味もなくどこに向けるともないシャドーボクシングをして、俺は『こちらこそよろしく』と返信した。
 理太郎くんからまた返信が来る。

 明日の文化祭に向けての事務連絡だ。だけど俺には、この文面を打ちながら、内心照れているだろう理太郎くんの姿が見えた。

 はー……とため息をついて、大の字になる。
 冷静になれば、俺たちの関係は誰かに打ち明けるのはリスクだ。男同士が世間的にどういう目で見られやすくて、なんて言われやすいかくらい、俺だって知っている。
 それに理太郎くんは、男の人が好きな自分を、上手く認められていない様子だ。

 まあ、いい。俺と一緒にいてくれさえすれば、俺はそれでいい。

 ベッドにもぐりこんだまま、理太郎くんの送ってくれた『よろしく』をじっと見つめる。

 この文字を送るのに、理太郎くんはどれだけ勇気が必要だっただろう。
 嬉しい。

 そんな気持ちでチャットを見ている間に、いつの間にか寝落ちしてしまっていたらしい。
 アラームの音で起こされて、朝の支度をする。

 食卓に行くと、兄さんはもうご飯を食べ始めていた。

「はよ」
「おはよう」

 お互いにあいさつをして、俺は自分の分のご飯をよそう。父さんと母さんも起きてきて、一緒にご飯を食べた。
 兄さんは俺を見て、「朔、機嫌いいな」と呟く。

「え? そう? 文化祭だからじゃない?」
「ふーん」

 兄さんは首を捻って、「そういうことにしておくか」と呟いた。父さんと母さんも「楽しんでね」と口々に言う。

「明日の一般公開は、私たちも行くから」

 母さんの言葉に頷くと、兄さんが「そうそう」と味噌汁をすすりながら言った。

「生物部だけど、俺も手伝いに行けたら行くよ」
「え、いいの」
「うん。理太郎くんにも連絡したから」

 珍しく親切なことだ。
 食べ終わるのは俺の方が早い。食器を片づけて、さっさとリュックを背負った。

「行ってきます!」

 自転車を漕いで、学校へ向かう。まっすぐ生物室へ向かうと、もう理太郎くんがいた。

「お、おはよう」

 付き合い始めてはじめての「おはよう」だ。やけに照れる。

 俺のあいさつに、理太郎くんはくすりと笑った。

「おはよう。朔くん」

 あいさつをするだけでもうかっこいい。
 俺が理太郎くんへメロメロになっていると、理太郎くんがリュックを開けた。中に入っていたのは、白衣だ。
 胸元にうちの高校の校章と、「結城」という苗字が入っている。

「かっこいい……」

 思わず漏れた声に、理太郎くんが「ありがとう」と笑って顔を赤くした。

「三浦先輩が手伝いに来てくれるらしいから、一緒に回れるかもしれないな」

 またそんな、俺を調子に乗らせることを。
 だけど俺は「うん」と頷くだけで精一杯だ。

 やがて、スピーカーからアナウンスが聞こえる。文化祭開始だ。

 俺は理太郎くんの隣に並んで、来客を待った。
 すぐに女子の一団がやってきて、理太郎くんを取り囲んだ。その空間だけぱっと華やかになる。

「このちょうちょ、綺麗だね~」
「このチョウは外来種のアカボシゴマダラだ」
「え、外来種? じゃあよくないんだ」
「単純に、よくないというわけではない。このチョウはすでにこの近辺へ生息しているわけで……」

 理太郎くんの小難しい説明に、女子たちはうっとりした顔で聞き入っている。分かるよ、理太郎くんはたくましくてかっこいい上に賢くていいよな。
 でもその人、俺の恋人なんですよ……。とにかく今日は、「理太郎くんは俺の恋人」をマジックワードにやり切るしかない。

 だってちょっと、理太郎くんはモテすぎだ。
 いくら理太郎くんにその気はないにしたって、俺としてはやきもきする。

 案の定、女子は理太郎くんの解説だけで満足したみたいだ。すぐに移動して、俺の前を「ちょうちょ綺麗だね」と言い合いながら素通りする。

「これ何? かわいいストラップ」

 ビーズでできたDNAストラップだ。さっと入り込んで「一個四百円です」と微笑みかける。
 女子たちは「四百円かあ」と言い合って、そのうちの一人が買ってくれた。
 五百円玉に百円玉を返して、「ありがとうございます」と手を振る。二度と来るなよ……。

 ひとり殺意を送っていると、ふと肩に何かが触れる。理太郎くんだ。
 肩が触れているだけだ。それだけ。手を繋いでいるわけでもない。
 だけどそれが、無性に嬉しかった。