完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 作業が始まって、俺たちは黙々と手を動かした。

 呆れるくらい大量のがらくただ。俺たちが四苦八苦しながら物を運び出していると、階段の方からまたぺたんぺたんと足音が聞こえた。
 ひょっこり顔を出したのは、生物部顧問の太田先生だ。まだ若い男の先生で、ずり落ちそうな分厚いレンズのメガネをかけている。

「お? おお……!? なんだ、きみたち本当に掃除してるのか!」

 階段を上がり切って、大股に近寄ってくる。俺はそっと理太郎くんを見上げた。
 理太郎くんは「本当にとは?」と、きょとんとしている。

「部室の掃除は、ピラニアを飼う交換条件だったと記憶しているのですが」
「ああ……いやごめんな、先生が悪かった。生物部室の片づけは結城ひとりじゃ無理だと思ったから、諦めさせるために言ったんだ」

 頭を抱える太田先生。俺が一歩退くと、理太郎くんは胸を張った。

「だから朔くんを呼びました」
「そうだな、三浦、来てくれてありがとな」

 太田先生がしょぼくれた顔で言う。だんだん話が読めてきた。
 どうやら、この生物部室の掃除は、理太郎くんの独断専行らしい。先生の断り方も曖昧だったとはいえ、生物室はもうあの有様だ。
 だんだんかわいそうになってきた。俺はすっかり同情してしまって、そっと先生を見上げる。

「はい」

 縮こまりながら返事をした。横目でまだまだたくさんの荷物で散らかった生物部室をちらりと見る。
 あの惨状だ。並大抵の意志であれば、掃除のこころざしなんて簡単に折れてしまうだろう。
 その並々ならぬ意志を持つ理太郎くんはといえば、淡々と生物室を指さしていた。

「水槽の準備もできています」
「も、もお~!」

 太田先生は膝を曲げて、太ももに手を置く。どうやら、先生はピラニアの飼育に合意していたわけではないらしい。

「結城、ピラニアをうちで飼うのは経済的に厳しい。今はよくても、継続的な餌代が賄えないと思う」

 俺は理太郎くんにこっそり寄っていって「ピラニアって何食べるの」と聞いた。
 理太郎くんが身体をかがめて小声で教えてくれる。

「乾燥餌も食べるが、基本的には生き餌だ」
「お、おー……」

 いかつい。それを学校で飼うのはちょっと野望すぎる。
 俺が絶句している間に、先生はふらふらと姿勢を直した。生物室を覗き込んで、そっと振りむく。

「……あのでかい水槽、新しく買ったんだな?」
「はい」
「分かった。いくらだ?」
「二万円です」

 高すぎる。
 理太郎くんが言った金額に、先生は「も~」とまた溜息をついた。
 俺は俺で目を剥いて、理太郎くんをまじまじと眺める。そんな大金、どこから出した。
 理太郎くんはすぐにしゅんと肩を落として、自分より背の低い先生を器用に上目遣いで見つめている。

「部費で落ちると思って……」
「まあ、確かに。それくらいなら部費で落としても構わない。もとは結城が研究発表会で稼いできた賞金だしな。金魚でも飼うかぁ……?」

 どうやら、先生はだいぶ理太郎くんに振り回されているみたいだ。とはいえ、部費で落ちるみたいでよかった。案外リッチな部活なんだな……。
 俺がおののいている間に、先生は部室をのぞきこむ。

「とりあえず、部室の掃除はしてもしなくてもいい。もし掃除するなら、粗大ごみ以外は、分別が分からなくてもどんどんゴミ捨て場へ持っていって大丈夫。リヤカーがあっちにあるから、使っていいぞ。粗大ごみは許可申請が必要だから、俺へ報告」

 太田先生はてきぱきと指示を出した後、「ま、こんなもんだろ」とずれたメガネを直した。

「結城には悪いが、ピラニアは不許可だ」
「ぐ……」

 野望がついえた理太郎くんから、ぐうの音が出た。うつむいて悔しそうにするけど、それ以上の抵抗はしない。ただ落ち込んではいるみたいで、表情は暗かった。
 先生は僕たちを交互に見た後、わざとらしいくらいに明るい声を出す。

「でも、三浦がいるなら、文化祭の話をしておいてもいいかもしれないな」

 文化祭。そうだ、夏休みが明けたら、すぐに文化祭がやってくる。
 先生は理太郎くんをちらりと見て、俺を見た。表情はちょっと心配そうに見える。
 だけど瞬きの後にはへらりと笑って、ぱんと手を叩いて理太郎くんを見た。

「あとは結城に任せていいか?」

 理太郎くんが顔を上げて、力強く頷く。先生は俺に視線を向けなおして、「まあ、なんだ」と笑いかけた。

「俺としては、三浦が部活に参加してくれたら、もちろん嬉しいけどさ。あとは三浦の意志に任せる」

 その言葉に、俺はもにゃ……と唇をゆがめた。今更、俺が力になれることなんて、あるんだろうか。

「朔くん。一旦、生物室へ戻ろうか」

 理太郎くんに促されて、俺たちは生物室へと戻る。理太郎くんは迷いのない足取りで奥へ歩いていくと、すっと席を手で示した。

「どうぞ」

 席をすすめられたので、「どうも……」と恐縮しながら席に座る。面談か?
 僕が椅子に座ってから、理太郎くんも向かいの長机に回った。椅子を引っ張ってきて、机越しに向かい合って座る。

「文化祭についてなんだが、生物部でも出し物をする」

 ここで言葉を切って、理太郎くんが俺を見つめる。その瞳を、なんとはなしに見つめ返す。瞳が黒々としていて、堂々とした、生気のみなぎった眼差しだ。

「よければ、来てくれないだろうか」

 え、と声が出る。理太郎くんが少し目を丸くする。
 俺は思わず、わたわたと手を振った。

「いやその、嫌というわけではなくて。ただ俺は文系で、何の知識もないし」
「ああ、その心配をしているのか。大丈夫だ。専門知識がなくても大丈夫だし、単純に人手が必要な仕事がある」

 なんのことだろう。首を傾げると、理太郎くんはさっと立ち上がって準備室へと歩いていった。ノックすると太田先生が出る。

「DNAストラップの作り方の紙をいただけませんか」
「ああ、あれな。ちょっと待ってろ」

 先生は一度引っ込んで、また戻ってくる。手元には一枚の紙があった。
 理太郎くんがそれを受け取って、俺に見せてくる。

「これを作って売るんだ」

 差し出されたのは、ビーズとワイヤーでつくるストラップの図だ。二重らせんのそれは、たしかに形がDNAっぽい。