完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 心の中で自分にビンタを入れながら、俺は理太郎くんへ寄っていく。

「解説の練習?」
「ああ」

 だけどちょっとだけ、理太郎くんの肩が揺れて、心なしか距離を置かれる。
 どうしてだ。やっぱり昨日の発言がよくなかったのか……?

 ひそかにショックを受けていると、理太郎くんは咳払いをする。

「昨日は、ありがとう」
「え? 何が?」
「いろいろ、話してくれただろう」

 照れているのか、若干目つきが甘くて濡れている。唇は拗ねたようにもにゃりとしていた。

「……それで、僕も、見てもらおうと思って」

 何をだ。
 理太郎くんはここで、リュックを開けた。俺もリュックを机に置く。

 差し出されたのは、一冊のノートだ。

「見てもいい?」
「もちろん」

 何のノートだろう。開くと、理太郎くんの緊張した声が降ってきた。

「ピラニアのポエムだ」

 字、でかくて汚い。
 真っ先に浮かんだ感想はそれだ。よくよく解読していくと、ピラニアについて書かれていることは分かる。
 これは一体。はっと理太郎くんを見上げると、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「実は……ピラニアがずっと、好きで」

 そうか。ピラニアが好きなのか。
 でもそれだけだったら、ピラニアでわざわざポエムなんか書かないだろう。
 何か理由があるんだろうか。

 それを、教えてほしい。

「どうして好きなの?」

 理太郎くんは「笑わないでくれるか」と前置きして、顎を手でさすった。

「ピラニアは狂暴で獰猛なイメージがあるが、実は繊細で臆病なんだ」
「そうなんだ」

 びっくりした。アマゾン川に生息している、狂暴な肉食魚というイメージしかなかった。
 理太郎くんは「それで」と、まだ緊張している顔で続けた。

「僕も、うぬぼれでなければ……僕自身が思っているより、強く見積もられがち、というか」

 情けない話……と、本当に理太郎くんには珍しく、歯切れが悪い。それだけ理太郎くんの心の、やわらかいところを、俺へ見せてくれている。
 それがたまらなく愛しくて、俺は頷くだけで精一杯だった。

「ほら。僕は体格がいいから、強そう、怖い、という印象を持たれがちなんだ」

 ぎくりとする。僕も実際にそう思っていたから。ちょっと顎を引くと、理太郎くんは穏やかに微笑んだ。

「だから下の名前で呼んでもらうだとか対策を考えたんだが、空回りしている気がした。でも朔くんは……」

 ふっと言葉を切って、理太郎くんは俺を見つめた。顔が真っ赤だ。

「ちゃんと、僕という人間に、付き合ってくれただろう」

 胸が熱くなると一緒に、腹の底がひやりと冷えた。
 俺はたしかに理太郎くんのことが好きだ。でもたしかに、理太郎くんのことを誤解していた。

 そう考えてみると、どうだろう。俺は理太郎くんが好きだけど、それってありのままの理太郎くんが好きなんだろうか。
 俺が勝手にギャップ萌えを見出して、勝手に好きになっただけじゃないだろうか。

 ぐるぐるしている間に、理太郎くんは「だから」と続ける。

「ありがとう」

 はにかむ理太郎くんの声に、俺は思わずノートを閉じた。

「そ、そんな……俺はそんなに大したこと、してないよ」

 よくない、こんなの絶対よくない。
 なのに俺の口は、天邪鬼なことを言う。

「だってもともと、俺、幽霊部員だったし」

 よくない。よくないのに、俺の口からぽとりと本音が落ちる。

「それこそ俺のこと、買いかぶりすぎだ」

 しん、と生物室が静まり返った。
 理太郎くんをそっと見上げると、無表情だった。
 だけど今の俺には分かる。

 理太郎くんは、傷ついている。
 そして傷つけたのは、俺だ。

「……ノート、返す」

 声を絞り出して、ノートを差し出す。理太郎くんは、ノートを受け取ってくれた。
 リュックへしまうと、「それでは」と固い声で切り替える。

「練習をしようか」

 うん、と頷く。
 頭がずんと重たい。俺は一体、なんてことをしでかしてくれたんだろう。