うどん屋を出て理太郎くんと別れたとき、お互いに言葉はなかった。
ただ「また明日」と手を振った僕に理太郎くんが頷いて、微笑んで手を振り返してくれただけだ。
絶対、あれは社交辞令だった。明日からよそよそしくされたらどうしよう。悲しくて泣いてしまうかもしれない……。
頭の中で「理太郎くんに嫌われたら」というもしもを真剣にシミュレートしている間に、俺は塾に着いた。
今日はうどんを食べたから、パンはいらない。そのまま自習室へ向かおうとすうと、ラウンジで缶ジュースを飲む梶原くんがいたから、足が自然とそちらへ向かった。
「梶原くん」
声をかけると、梶原くんは「や」と軽く手を挙げてきた。や、じゃない。
梶原くんの向かいの席に座って、身体を乗り出す。
「理太郎くんから聞いた。俺の原稿持っていったんだって?」
「だって朔くんをスカウトするには、それしか手段がなかったから」
ふてぶてしい態度で、梶原くんは缶を煽る。俺は「もー」と言って、首を横に振った。
「俺の知らないところで、俺の原稿を人に見せないで」
「部室へ置いた時点で、不特定多数に見られることは覚悟しておいてくれよ」
しれっとそう言われてしまうと、こちらはお手上げだ。
それに梶原くんの言うことにも一理あるなぁ、と思ってしまった。作品を外に出してしまえば、それから先はもう自分にはコントロールできない。だって他人の目に触れるってことだから。
「だからって生物部に行くとかびっくりした。理太郎くんも相当驚いたんじゃない?」
「あー、結城くんね。驚いてたみたいだったけど、『そうか』としか言わなかったから。何考えてるかいまいち分からないんだよなぁ」
俺は思わず口をつぐんだ。
梶原くんの言わんとすることは分かる。理太郎くんは初見だと、何を考えているのか分かりにくい。無表情だし、言葉遣いも固いし、感情を読み取りにくい。
だけど実際に話してみると結構……かなり、面白いのに。なんでもできるけど全然気取ってなくて、優しくて親切で、魅力的なのに。
「分かってないなぁ」
呆れて脚を組む。梶原くんは驚いた顔をしてこちらを向いた。
「理太郎くんは分かりやすいよ」
この原稿を持ち込まれたときの理太郎くんの気持ちを想像してみる。
きっと驚いただろう。幽霊部員を譲れ、と言われて、困っただろう。幽霊部員の張本人としては、理太郎くんにも梶原くんにも申し訳なかったと素直に思う。
だからこそこれからは、筋を通したいと思うんだけど。
「実際に話すと、理太郎くんは全然イメージと違うからね」
だってピラニアを飼いたいんだもんな。誰も想像しないだろ、こんな理太郎くん。
俺はそう言い切って、脚をほどいた。梶原くんは目をしばたかせて、「はぁ」と気の抜けた声を出す。
「朔くんって、理太郎くんのことが相当好きなんだな」
「え!?」
図星だ。どきっとする。
梶原くんはそれ以上追及はせず、「そうなんだなぁ」と呟いた。
「これは俺も、決めつけてよくなかったかも」
うんうんと頷いて、梶原くんは「さっきのは撤回だ」と言ってくれた。
「まあ、うちはいつでも三浦くんを歓迎するから」
ちゃっかり勧誘も忘れない。俺は「もー」と憤慨するふりをして立ち上がった。
「じゃあね。また」
「ん。また」
俺は自習室に入って、課題を進めた。塾から出てる追加の課題をやりながら、ふと倫理・政経のことを思いだす。
それとなくリュックを漁ると、そのテキストはあった。
ソクラテスやらカントやら、難しいことがたくさん書かれた紙をぺらぺらめくる。でもきっと、こんなんじゃ「分かったつもり」でしかないんだろう。
深々とため息をついて、テキストをリュックへしまいなおした。
知ったかぶりもいいところだ……。
内心落ち込みながらも課題を終わらせて、家に帰る。
さっさと風呂に入ってベッドに入った。布団をかぶったはいいけど、悶々と考え込んでしまう。
ぜったい、ぜったい、今日の俺は調子に乗りすぎた。
好きを自覚したからって、あれはちょっと……ないだろ。
うわ~! と叫びだしたい気持ちを我慢して、目をつむる。
結局目はギンギンに冴えて、寝落ちするまで時間がたっぷりかかってしまった。
もちろん、目覚めたら頭はぼーっとしているし、身体は怠い。完全に寝不足だ……。
回らない頭で準備をして、学校へ行って、居眠りしつつ授業を受ける。違う、これは催眠波を発する数学の先生の声が悪い。
いやいや、他責するな。居眠りで若干しゃっきりした頭を恨めしく思いながら、俺は放課後、生物室へ向かっていた。
「お疲れー……」
引き戸を開けると、理太郎くんはもうそこにいた。
展示する予定の標本を並べて、プリントとにらめっこしていた。
俺に気づくと、「お疲れ」と微笑む。その笑みがなんというか……色っぽい。
優しいのはいつも通りだ。だけど目つきがちょっと熱っぽい気がする。いやそんなのは絶対、俺の幻覚だろ。都合のいい解釈をするな!
ただ「また明日」と手を振った僕に理太郎くんが頷いて、微笑んで手を振り返してくれただけだ。
絶対、あれは社交辞令だった。明日からよそよそしくされたらどうしよう。悲しくて泣いてしまうかもしれない……。
頭の中で「理太郎くんに嫌われたら」というもしもを真剣にシミュレートしている間に、俺は塾に着いた。
今日はうどんを食べたから、パンはいらない。そのまま自習室へ向かおうとすうと、ラウンジで缶ジュースを飲む梶原くんがいたから、足が自然とそちらへ向かった。
「梶原くん」
声をかけると、梶原くんは「や」と軽く手を挙げてきた。や、じゃない。
梶原くんの向かいの席に座って、身体を乗り出す。
「理太郎くんから聞いた。俺の原稿持っていったんだって?」
「だって朔くんをスカウトするには、それしか手段がなかったから」
ふてぶてしい態度で、梶原くんは缶を煽る。俺は「もー」と言って、首を横に振った。
「俺の知らないところで、俺の原稿を人に見せないで」
「部室へ置いた時点で、不特定多数に見られることは覚悟しておいてくれよ」
しれっとそう言われてしまうと、こちらはお手上げだ。
それに梶原くんの言うことにも一理あるなぁ、と思ってしまった。作品を外に出してしまえば、それから先はもう自分にはコントロールできない。だって他人の目に触れるってことだから。
「だからって生物部に行くとかびっくりした。理太郎くんも相当驚いたんじゃない?」
「あー、結城くんね。驚いてたみたいだったけど、『そうか』としか言わなかったから。何考えてるかいまいち分からないんだよなぁ」
俺は思わず口をつぐんだ。
梶原くんの言わんとすることは分かる。理太郎くんは初見だと、何を考えているのか分かりにくい。無表情だし、言葉遣いも固いし、感情を読み取りにくい。
だけど実際に話してみると結構……かなり、面白いのに。なんでもできるけど全然気取ってなくて、優しくて親切で、魅力的なのに。
「分かってないなぁ」
呆れて脚を組む。梶原くんは驚いた顔をしてこちらを向いた。
「理太郎くんは分かりやすいよ」
この原稿を持ち込まれたときの理太郎くんの気持ちを想像してみる。
きっと驚いただろう。幽霊部員を譲れ、と言われて、困っただろう。幽霊部員の張本人としては、理太郎くんにも梶原くんにも申し訳なかったと素直に思う。
だからこそこれからは、筋を通したいと思うんだけど。
「実際に話すと、理太郎くんは全然イメージと違うからね」
だってピラニアを飼いたいんだもんな。誰も想像しないだろ、こんな理太郎くん。
俺はそう言い切って、脚をほどいた。梶原くんは目をしばたかせて、「はぁ」と気の抜けた声を出す。
「朔くんって、理太郎くんのことが相当好きなんだな」
「え!?」
図星だ。どきっとする。
梶原くんはそれ以上追及はせず、「そうなんだなぁ」と呟いた。
「これは俺も、決めつけてよくなかったかも」
うんうんと頷いて、梶原くんは「さっきのは撤回だ」と言ってくれた。
「まあ、うちはいつでも三浦くんを歓迎するから」
ちゃっかり勧誘も忘れない。俺は「もー」と憤慨するふりをして立ち上がった。
「じゃあね。また」
「ん。また」
俺は自習室に入って、課題を進めた。塾から出てる追加の課題をやりながら、ふと倫理・政経のことを思いだす。
それとなくリュックを漁ると、そのテキストはあった。
ソクラテスやらカントやら、難しいことがたくさん書かれた紙をぺらぺらめくる。でもきっと、こんなんじゃ「分かったつもり」でしかないんだろう。
深々とため息をついて、テキストをリュックへしまいなおした。
知ったかぶりもいいところだ……。
内心落ち込みながらも課題を終わらせて、家に帰る。
さっさと風呂に入ってベッドに入った。布団をかぶったはいいけど、悶々と考え込んでしまう。
ぜったい、ぜったい、今日の俺は調子に乗りすぎた。
好きを自覚したからって、あれはちょっと……ないだろ。
うわ~! と叫びだしたい気持ちを我慢して、目をつむる。
結局目はギンギンに冴えて、寝落ちするまで時間がたっぷりかかってしまった。
もちろん、目覚めたら頭はぼーっとしているし、身体は怠い。完全に寝不足だ……。
回らない頭で準備をして、学校へ行って、居眠りしつつ授業を受ける。違う、これは催眠波を発する数学の先生の声が悪い。
いやいや、他責するな。居眠りで若干しゃっきりした頭を恨めしく思いながら、俺は放課後、生物室へ向かっていた。
「お疲れー……」
引き戸を開けると、理太郎くんはもうそこにいた。
展示する予定の標本を並べて、プリントとにらめっこしていた。
俺に気づくと、「お疲れ」と微笑む。その笑みがなんというか……色っぽい。
優しいのはいつも通りだ。だけど目つきがちょっと熱っぽい気がする。いやそんなのは絶対、俺の幻覚だろ。都合のいい解釈をするな!


