完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 俺は胸の中で理太郎くんに白旗を振りつつ、「これ……」と原稿を指さした。

「どこから来たの?」
「梶原くんがくれた」

 そういえば、部室から出土した馬の被り物を文芸部に譲ったって言ってたな。
 ひとりで納得していると、理太郎くんがふっと微笑んだ。どこか寂しそうだ。

「……実は梶原くんが、直談判へ来たことがあるんだ。朔くんが素晴らしい小説を書くから、文芸部へ譲ってくれと」
「か、梶原くん」

 俺は嬉しいやら呆れるやらで、ため息をついた。
 ああ見えて熱血で行動力がすごいことは分かっていたけど、ここまでとは……。
 ひとしきり悶えた後、理太郎くんの目を、できるだけ真っすぐ見つめる。

「少なくともしばらくは、生物部にいるつもりだから」

 変に勘違いされたくないから、はっきりと言っておく。
 理太郎くんは驚いた顔で「いいのか?」と尋ねた。
 俺は深く頷いて、だけど床へ視線を落とす。

「だって……俺がいなかったら、理太郎くん、ひとりだから」

 それから、頭を少し沈めた。顎を引いて呟く。

「これまでひとりにして、ごめんね」

 俺は研究の手伝いができない。そもそも生物だって、文系のやる内容ですら苦手だ。
 だけどそれでも、俺が役に立てる場面は、きっとあっただろう。それこそ、今回の文化祭準備みたいなところで。

「俺は、ここにいるよ」

 顔をあげて、理太郎くんを見つめる。
 理太郎くんは顔を手で覆っていた。隙間から見える頬や耳は、真っ赤だ。

「それは……なんというか……ありがとう」

 今、何か、照れるような要因はあっただろうか。こっちまで恥ずかしくなって、また頬が熱くなる。

「いや、別に? お、俺のためだし」

 我ながらツンなのかデレなのかよく分からない台詞だ。
 しばらく二人で廊下の隅にしゃがんで、見つめ合う。ふとぺたんぺたんと階段を上がってくる足音が聞こえて、はっと我に返った。

 慌てた様子で理太郎くんが立ち上がる。俺もよろよろと立ち上がったところで、太田先生がひょっこり顔を出した。

「おう。お疲れー」

 先生は特に何も聞かずに、準備室へ入っていった。
 俺は理太郎くんと顔を合わせた。なんだか笑えてきて、くすくす笑いが漏れる。
 理太郎くんも「どうしたんだ」と言いながら、つられたように笑ってくれた。

「んー。別に?」

 俺はそう言いながら立ち上がって、生物室へと入っていった。
 さっきはちょっと怖いと思った空間だけど、理太郎くんがいるだけで、ほっとする部屋になる。

「そういえば、兄さんから資料をもらったんだよね」

 リュックを開けて、もらった資料を取り出す。理太郎くんも頷いて、自分のリュックからファイルを取り出した。

「ああ。僕も、発表資料を作ってきた」

 仕事が早い。早速机の上に資料を広げて、二人でのぞきこんだ。

「このページからここまでを僕の担当にする。残りを朔くんに頼んでもいいだろうか」

 ページが分けられる。俺に何枚かプリントが渡されて、ぺらぺらとめくった。
 モンシロチョウとかアゲハチョウとか、身近な蝶が中心だ。
 これなら新しく覚えなきゃいけないことばかりじゃないし、なんとかいけそう。ほっと息をついた。

「ありがとう、理太郎くん」

 お礼を言うと、理太郎くんは「いや、大したことでは」と珍しく煮え切らない返事をする。
 どうしたんだろう。顔を覗き込むと、さっと視線が逸らされた。顔が赤い。

「顔赤いけど、熱中症?」
「いや、大丈夫。大丈夫だ」

 慌てたように首を横に振る。でも、と俺は続けた。

「まだ暑いからさ。ちょっと待って、塩タブレット持ってるから」

 リュックから塩タブレットの袋を出して、「食べて」と一個渡す。理太郎くんはますます赤くなって「すまない」と言った。
 この武士みたいな物言いを、俺はもう面白いと思えなかった。
 かっこいいなと、思ってしまう。