完璧理系男子のギャップに勝てるわけがない

 九月に入った。夏休みが終わって、学校が始まった。

 つまり――文化祭準備も、ラストスパートってことだ。

 放課後にあるクラスの準備時間が終わったら、生物室へ飛んでいく。
 引き戸を開けると、もう理太郎くんが作業を始めていた。

「お疲れ様」

 理太郎くんはだいたい、俺より早く生物室にいることが多い。声をかけると、理太郎くんはぱっと顔をあげて「お疲れ様」とぴしりと手を挙げる。

「早速なんだが、ここの仕上げを手伝ってほしい……」

 近づいていくとものすごく申し訳なさそうな顔をして、理太郎くんが未完成のストラップを差し出してくる。
 思わず笑顔になるのを抑えなければいけなかった。だって理太郎くんは本当に困っているんだ、笑ったら失礼すぎる。
 でも正直、こうやって頼ってもらえるのは、すごく嬉しい。

「いいよー」

 あえて軽く言って、ストラップを受け取る。
 このストラップ作りにもすっかり慣れた。我ながら迷いのない手つきでワイヤーをねじって、切る。

「はい。完成」

 軽くねじって、完成品を入れる箱へ投入した。理太郎くんはほのかに微笑んで、俺を見る。

「ありがとう」
「いや、これくらい、別に……」

 俺は俺で「別に」が口癖みたいになっていて、なんだ。ツンデレか?
 そんなくだらないことを考えながら作業していると、準備室のドアが開いた。

「おーう。お疲れ様」

 太田先生がやってきた。こちらへ寄ってくると、箱を覗き込む。その拍子にずれたメガネを直した。

「だいぶできてきたな。これくらいの量なら、文化祭で売るには十分なんじゃないか?」

 いい調子、と太田先生が俺たちを褒める。照れくさくて「えへへ」と笑うと、理太郎くんが挙手した。

「ストラップ販売以外ですが、部室の掃除で出てきた蝶の標本の展示をやろうと思います」

 蝶の標本。そういえば、そんなものもあった。
 のんきに思い出していると、理太郎くんの目がこちらを向く。

「僕が標本解説で、朔くんがストラップ販売。これが一番効率的で、お互いに負担がないと思うんだが、どうだろうか」

 いいと思う。役割分担ができていて、俺は理太郎くんみたいに知識があるわけじゃないから適材適所だ。

「んー。なるほど……」

 だけど俺は一旦うなって、腕組みをする。そのまま口に出すのは、ちょっとだけ抵抗があった。
 それは、なんでだろう。
 自分の中の疑問を触って確かめるみたいに、理太郎くんへ質問をする。

「理太郎くん一人で、標本を解説するってこと?」
「ああ。展示するものを厳選すれば、一人でさばけると思う」

 俺を頭数に入れれば、もうちょっと展示できるというわけか。
 理太郎くんの瞳は、まっすぐに俺を見つめている。
 その黒い瞳が綺麗で、もっと力になれたらいいのにと思った。

「……その解説、俺にも手伝えることはない?」

 とっさにそう提案していた。理太郎くんの頑張りは、俺のよく知るところだ。
 それなら、俺だって、もうちょっとだけ頑張りたい。

「朔くん、手伝ってくれるのか?」

 目を丸くする理太郎くんに「そりゃ、ねえ」と俺は胸を張った。ちょっとだけ虚勢だ。

「俺がどっちもできるようにしておいた方が、休憩時間に穴がなくなってよくない?」

 太田先生も俺を見ている。二人分の視線にはさすがに勝てなくて、ちょっと猫背になった。

「あ、でも、俺は素人だし。もし専門知識がいるとかだったら」

 遠慮する、と言いかけたところで、理太郎くんが無表情のまま拍手を始めた。
 なんだなんだと身体を引くと、「ありがとう」と重々しく言う。

「それほど難しい専門知識は必要ないと思うが……朔くん。暗記に苦手意識はあるか?」
「いやぁ、どうだろ。微妙かも」

 歴史とか文学とか、興味のある分野だったらそこそこいける。だけど生物は……はっきり言って、苦手意識が強い。
 理太郎くんは俺と目をしっかり合わせて、また頷いた。

「でも、やる気はあるように見える」
「やる気、あるように見える?」

 我ながら自信のなさそうな声が出た。理太郎くんは「そう見える」と力強く言い切ってくれた。
 それが、すごく心強くて、俺は気づけば呟いていた。

「やる気があるっていうか、やりたい」
「そうであれば、俺は教えたい。朔くんがやる気になってくれたことを、俺は応援したいから」

 なんだこの人。熱血か?
 じわじわと顔が熱くなる。胸の中が賑やかにざわついて、落ち着かない。
 理太郎くんは俺を見て、ほんのり微笑んだ。

「大変かもしれないが、付き合ってくれるか?」

 きゅん、と心臓が跳ねた。

 理太郎くんがかっこよくて、かわいい。

「それは、もちろん。喜んで」

 理太郎くんに頼ってもらえた。
 この面白い人の力になれて嬉しい。

 俺はもしかして……理太郎くんのことが、相当に好きなのかもしれない。