「月里。」
「はい。」
「俺は。」
「はい。」
「……。」
「?」
「坂城に対して、他の社員と違うか。」
月里は少し驚いた。
初めて。
翔本人が聞いた。
「気付きました?」
「……。」
「違いますよ。」
「……。」
「全然違います。」
「社長、改めて言いますけど」
「なんだ。」
「坂城さんにだけ、甘いですよ。」
「……。」
一瞬。
翔の手が止まる。
「何を言っている。」
「そのままの意味です。」
「別に、他の社員と変わらない。」
「そうですか?」
月里は首を傾げる。
「じゃあ聞きますけど。」
「なんだ。」
「坂城さんが少し無理していた時、すぐ気付いたのはなぜですか?」
「……。」
「他の社員にも同じことをしていますか?」
「……。」
「坂城さんが困っていた時、誰よりも早く助けに行ったのは?」
「……。」
「新しい仕事を任せる時、あんなに慎重に相手を見ていたのは?」
「……。」
翔は何も答えない。
「社長。」
「……。」
「自覚ないんですね。」
「何の。」
「坂城さんが特別だってこと。」
ここで翔が否定する。
「違う。」
って言うと思う。
でも、いつもの「違う」と少し違う。
いつもなら自信満々に否定するのに、今回は少し間が空く。
「……違う。」
「じゃあ。」
「……。」
「なんですか?」
「……。」
答えられない。
月里は小さく笑う。
「珍しいですね。」
「何が。」
「社長が言葉に詰まるところ。」
「……。」
「坂城さんってすごいですよね。」
「?」
「社長を困らせられる人、初めて見ました。」
月里の言葉は、その日一日、翔の頭から離れなかった。
『坂城さんにだけ、甘いですよ。』
『坂城さんが特別だってこと。』
そんなはずはない。そう思う。
坂城は仕事ができる。
責任感がある。
だから目を掛けている。
ただ、それだけだ。……そのはずだった。
だが、気付けば視線は坂城を追っている。
仕事中も。
会議中も。
廊下ですれ違う時でさえ。
ふと目で探してしまう自分がいた。
(……何をしている。)
小さく息を吐く。
分からない。
自分でも、なぜこんなに気になるのか。
考えれば考えるほど答えは出ない。
けれど、一つだけ確かなことがあった。
坂城のことを考える時間が、以前よりずっと増えている。
そんなある日だった。
昼休みの時間、南さんに声をかけられた。
「坂城くん。」
「はい?」
「明日休みだよね?」
「そうですね。」
「何するの?」
「特に決めてないですけど……駅前のカフェ行こうかなって。」
「へぇ。」
「新しいお店できたじゃないですか。」
「あぁ、あそこ。」
「気になってたので。」
「楽しんできてね。」
「はい!」
その会話を少し離れた場所で翔が聞いていた。
夕方。
「月里。」
「はい。」
「……。」
「?」
「駅前に新しい店ができたらしい。」
「そうですね。」
「……。」
「……。」
「……。」
月里は全部察する。
「へぇ。」
「何だ。」
「いえ。」
「……。」
「社長も行くんですか?」
「気になるだけだ。」
「そうですね、気になりますね〜」
坂城は珍しく仕事のない休日に胸が踊っていた。
由城はと言うと、朝から落ち着かなかった。
家にいても資料を開く気になれず、コーヒーだけが少しずつ冷めていく。
(……気分転換でもするか。)
そう呟いて家を出た。
……
その数十分後。
「あれ。」
「……。」
「社長?」
「……坂城。」
「珍しいですね。休日に。」
「あぁ。」
「お一人ですか?」
「……。」
「?」
「そうだ。」
「社長もここ来るんですね。」
「……たまに。」
「へぇ。」
「……。」
「?」
「一緒に食べるか。」
「え?」
「嫌ならいい。」
「いや、嫌じゃないですけど。」
「なら。」
なら。と一緒に昼食をとった。
由城は内心。
(やっと二人で話せた)
って思ってる。
でも帰り道。
「今日はありがとうございました。」
「何が。」
「仕事以外で話すの初めてだったので。」
「……。」
「社長って意外と普通なんですね。」
「……。」
「普通?」
「はい。」
「俺は普通か。」
「良い意味で、ですよ。」
「……。」
坂城と別れ書斎に戻ると月里がいた。
「社長。」
「何だ。」
「休日に偶然会う作戦。」
「……。」
「成功しました?」
「……。」
「社長。」
「だから何だ。」
「念の為言っときますけど、それ、坂城さんには絶対バレてませんよ。」
「……。」
「でも。」
「?」
「社長が楽しそうだったので良かったです。」
「……。」
翔は何も答えなかった。
ただ、小さく息を吐く。
そして今日一日を思い返す。
仕事の話ではなく、他愛もない話をしたこと。
坂城が笑ったこと。
“また来られたらいいですね”
そう言って笑った顔が、頭から離れなかった。
「……。」
自然と口元が緩む。
その様子を見た月里は、小さく笑った。
(もう答えは出てるじゃないですか。)
そんな言葉は、胸の中だけにしまっておいた。
その頃坂城はと言うと…
「ただいま。」
誰もいない部屋にそう呟く。
荷物をソファへ置いて、今日のことを思い返した。
「社長……。」
仕事以外で話すと、思っていたより話しやすい人だった。
少し無愛想で。
少し不器用で。
でも、優しい。
「また、機会があれば話したいな。」
そう呟いて、コーヒーを一口飲む。
この時の俺はまだ知らない。
その”また”を、一番望んでいたのが由城翔だったことを。
