ある日の夕方。
仕事も一段落し、それぞれが帰り支度を始めていた。
「望琴。」
「はい。」
「少し時間あるか。」
「ありますよ。」
「そうか。」
それだけ言って翔は歩き出す。
「社長?」
「コーヒー。」
「え?」
「飲みに行く。」
「あ、はい。」
望琴は特に気にする様子もなく後ろをついて行った。
会社近くのベンチに缶コーヒーを片手に並んで座る。
「……。」
「……。」
静かだった。
でも不思議と気まずくはない。
「社長。」
「何だ。」
「最近こういう時間増えましたね。」
「あぁ。」
「仕事の話しない社長って新鮮です。」
「そうか。」
風が吹くと少しだけ髪が揺れた。
翔は横を見る。すると望琴が笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、思わず口が動く。
「……お前。」
「はい?」
「お前が笑うと安心する。」
「……。」
「あ。」
言った。言ってしまった。
(違う。)
(違う違う。)
(そういうつもりじゃ……。)
望琴はきょとんとした顔をしている。
「ありがとうございます?」
「……。」
違う。褒めたかったわけじゃない。
いや、褒めたかったのか?
違う。
そうじゃない。
(何を言ってるんだ俺は。)
翔は人生で初めて、本気で自分の発言を後悔した。
「……忘れろ。」
「え?」
「今のは。」
「えっと……。」
「忘れてくれ。」
「は、はい?」
望琴は首を傾げたまま笑う。
「でも嬉しかったですよ。」
「……。」
「ありがとうございます。」
翔はそれ以上何も言えなかった。
自分でも耳だけが少し赤くなるのがわかった。。
翌日。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「社長、おはようございます。」
月里は翔の顔を見るなり、何かを察した。
「社長。」
「何だ。」
「昨日。」
「……。」
「何かありました?」
「別に。」
「へぇ。」
「……。」
「坂城さん。」
「はい?」
「昨日社長と寄り道したんですよね?」
「しました。」
「どうでした?」
「コーヒー飲みました。」
「うんうん。」
「それで。」
「それで?」
「社長に…」
「うん。」
「『お前が笑うと安心する』って言われました。」
「……。」
月里、固まる。
一秒。
二秒。
三秒。
「…………ぶっ!」
思わず吹き出す月里。
「ちょ、月里さん!?」
「す、すみません……っ!」
お腹を押さえて笑っている。
「ふふっ……ははは……!」
翔は無言。
ものすごく嫌な予感がしていた。
「社長。」
「……。」
「自爆しましたね。」
「……。」
「それ。」
「……。」
「ほぼ告白ですよ。」
「違う。」
「違いません。」
「違う。」
「坂城さん。」
「はい?」
「どう思いました?」
望琴は少し考える。
「優しい社長だなぁって。」
「……。」
月里は天井を仰いだ。
「ほら。」
「……。」
「やっぱり、この人ですよ。」
「……。」
「ねぇ坂城さん。」
「はい?」
「社長が他の社員にもそんなこと言ってると思います?」
「え?」
「はい。」
「え?」
「言ってるんじゃないですか?」
「…………。」
月里はゆっくり翔を見る。
翔は静かに机へ突っ伏した。
「社長。」
「……。」
「ご愁傷様です。」
「……。」
「相手が坂城さんじゃ。」
「……。」
「あと十回くらい告白しないと伝わりませんね。10回言っても伝わらないかも」
翔は小さくため息をついた。
「……そうか。」
その声は、どこか諦めたようで。
でも、少しだけ嬉しそうに笑っていたように見えた。
[newpage]
19時をまわった社長室。
月里が帰り支度をしている。
「月里。」
「はい。」
「……。」
「?」
「俺は。」
「はい。」
「そんなに分かりにくいか。」
「はっきり言えば、まぁ言わなくても分かりにくいですね。」
「俺は、伝えているつもりだった。」
「何をですか?」
「……。」
「社長。ちゃんと好きって言いました?」
「……。」
「言ってないですよね。」
「……。」
「じゃあ伝わってないです。」
「……。」
翔は黙る。
「でも。」
月里は少し笑う。
「坂城さんも悪いですよ。」
「あの人、本当に気付いてないので。」
「……。」
「普通なら気付くところ、全部通り過ぎてます。」
「そうだな。」
「でも。」
「…?」
「だからこそ。」
月里は優しく言う。
「ちゃんと言葉にしたら、きっと届きますよ。」
「……月里。」
「はい。」
「俺は。」
「?」
「伝える。」
「……。」
「曖昧なままにしたくない。」
「はい。」
「応援しています。」
「社長。」
「なんだ。」
「一つだけ。」
「?」
「坂城さんを幸せにしてください。」
少し驚いた顔の翔。
でも答えは決まっているようですぐに答える。
「……あぁ。」
「そのつもりだ。」
