「誰に渡すん、これ」
入浴後、再び小窓から侵入してきた圭吾の鼻先に小箱を突きつけると、圭吾は驚いて危うく窓から落ちそうになった。
「おいー! お前、勝手に見たんか!」
「お前が鞄間違えるから、開けるしかなかったんじゃろうが!」
「にしてもその箱、明らかに隠し持ってた感じなの分かるじゃろ!」
階段横スペースになんとか圭吾を引っ張り込んで、俺たちはしばらくはぁはぁと荒い息を整えていた。
「……で、誰に渡すん?」
「いや、だから——」
「俺たちの間に隠し事なんかなしで」
俺の言葉に、圭吾はごくりと唾を飲み込んだ。
「……何でそんなマジな感じ?」
「え?」
言われて初めて気づいた。俺、ちょっと怖いくらい真剣な顔してたかも。
「だって、指輪って……めっちゃ好きじゃん。普通そういう話ってさ——」
親友なら、真っ先に話したくなるもんじゃないか?
でも、俺の口から “親友”って言うのは癪だったから、俺はぶすっとした表情で口をつぐんだ。
圭吾もしばらく黙って指輪の箱を見ていたけど、急に「はぁ〜」と大きなため息をついて手を額に当てた。
「お前な……そっちこそ、俺に隠し事とかないん?」
「ない」
「即答すぎて引くわ」
「だってマジでないもん」
そりゃあ、細かい出来事を全部挙げたらキリがない。
小二の時、圭吾の分までおやつのプリンを食べてしまい、そもそも存在をなかったことにしたとか。中二の時、クラスのマドンナの話でみんな盛り上がっててつい乗っかったけど、本当は全然興味なかったとか。
でも、今はそういう話をしとるわけじゃない。
「俺、好きな人とかおらんし。できたらすぐお前に報告すると思うし」
「はぁ〜」
圭吾はもう一度ため息をつくと、いきなり立ち上がって俺の手から小箱をもぎ取った。
「分かったわ。お前の部屋行こ」
圭吾の雰囲気が急に変わって、俺も思わずごくりと喉を鳴らした。
「お、おう……」
俺の部屋に向かってるはずなのに、背筋を伸ばした圭吾の背中に先導されている。
無意識に、ついていく足の速度が鈍る。
圭吾が好きな人って、一体誰なんだろう。
俺の知っとる子なんじゃろうか。こんなに近くにいたのに、ちっとも気がつかんかった。
指輪を用意するぐらいだから、マジで本気なんだろう。
もし付き合ったら——今までみたいに、俺とはもう遊べんくなるんじゃろうな。
そう考えると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような寂しさを覚えた。
(……いやいや! 俺がこんなふうに寂しがると思ったけえ、きっと圭吾も言い出せんかったんじゃろ)
子供のままなの、むしろ俺の方じゃん。
急に恥ずかしくなってきて、部屋の扉をパタンと閉めた俺は、振り返ってわざと明るい声を出した。
「ま〜でも、お前黙ってたら普通にイケメンだし、上手くいくんじゃね?」
「……ほんまにそう思う?」
「マジマジ! 太鼓判押しといちゃるけぇ、勇気出して告ってこいよ」
圭吾はじっと俺の顔を見つめた後、おもむろにフローリングの床に正座した。
「え……何で正座?」
「いいから、お前も正座しろ」
「え〜、やだよ。足痺れるじゃん」
「すぐ終わらすから、早く正座して!」
珍しく切羽詰まった圭吾の声に、俺は仕方なく彼の正面に両膝を折って座った。
「……手ぇ出して」
「え?」
反射的に右手を出したら、苛立った様子の圭吾にぺちっと弾かれた。
「何でじゃ! 左手出せや」
「何でって、俺右利きなんですけど」
てか、最初に左手出せって指示しなかった圭吾が悪くね? いや、全くもってそうじゃん!
カチンときて言い返そうとした時だった。
左手の薬指に冷たいものがするっと入って、俺は思わず視線を下ろした。
好きな相手にプレゼントするはずの指輪が、なぜか俺の指で鈍く光っている。
「……え、何やっとん?」
「お前が足が痺れるとか騒ぐけぇじゃろ」
「いや、そうじゃなくて……」
その銀色の指輪は、まるで俺のために作られたかのようにぴったりとはまっていた。
細身とはいえ、女子と比べたら断然太い指だ。
「……何、指輪のサイズ間違えたん?」
「お前さっきから何なん!? この状況でなんも分からんの?」
「何でお前がキレてんの?」
そう言いながら目線を上げた瞬間、圭吾の顔が目に入って、俺は思わず息を止めた。
小学生の頃からずっと一緒にいるけど、こんな表情をする圭吾は初めて見た。
首から耳の先まで真っ赤になって、俺のことをまっすぐ見ようとしない。
運動会の行進で、手と足が同時に出ているのに気づいた時も、ここまで赤くはなっていなかった。
不意に状況が掴めた気がして、俺の顔にもかっと血が上ってきた。
「え……ちょ、マジで? これもしかして、俺に渡すつもりで買ったん?」
「この状況で、それ以外あり得んじゃろ」
「ふ〜ん? そ、そっか……」
——俺に渡すために……?
「か、固い友情の証ってこと?」
「んなわけあるかぁ! 普通にキモいわ!」
「キモいって……」
「じゃーけーえー!」
やけくそになったみたいに、圭吾はようやく本心を吐き出した。
「好き、なの!」
「何が?」
「あなたが!」
「あなた!?」
不意打ちを食らって、思わず俺はぶっと吹き出した。
「笑うなや!」
「いや、だって……ぶふっ! あなたって……普通使わんくない?」
「俺は真剣なんよ!」
その真っ赤な顔を見たら、さすがにこれ以上笑うのは悪い気がして、俺は両手で口元を押さえた。
「……とりあえず、正座崩そうや。足痺れてきた」
「ダメ。返事が先」
「え〜!? じゃあ、付き合ってみる?」
「はぁ!?」
圭吾が素っ頓狂な声を上げて、至近距離にいた俺の耳がキーンと鳴った。
「おまっ、お前——マジでちゃんと考えたんか?」
「お前が正座縛りするからじゃろうが!」
「あーもーいいわ! 正座崩していいから、ちゃんと考えて!」
ようやくお許しが出たので、俺は遠慮なく正座を崩して足を伸ばした。
少し感覚がなくなりかけていた足に血が巡って、ビリビリと痺れてくる。
「痛たた……正座って正常な思考力を奪うよな」
「……それは——」
「無理ならソッコーでそう返事したし」
俺の言葉を聞いて、圭吾の落ちていた視線がゆっくりと上がる。
「……え?」
「もっと気の利いた返事したかったのに。“付き合ってみる?”しか思いつかんかった」
部屋の蛍光灯にかざして見ると、銀色の指輪が俺の指の上でチカッと光った。
「……そ、それを言うなら、俺だって……俺だって、本当はもっとちゃんとしたかったのに! なのにお前が勝手にそれ見つけるから!」
「でも、鞄に入れとったってことは、ほんまは今日渡すつもりだったんじゃないん?」
俺の質問に、圭吾はふいっと視線を逸らした。
「……圭吾?」
「いいタイミングがいつ来るか分からんけぇ、ずっと持ち歩いとった」
「え? ずっとって、いつから?」
「……高一」
高一! つまり一年以上、こいつは告白の機会を窺っていたというわけだ。
「怖っ!」
「……やっぱり?」
「や、まぁ、でも……本気なんは伝わってきた」
圭吾に左手を握られて、俺の肩がピクンと跳ねる。
「なぁ、ほんまに? お前、マジで俺と付き合ってもいいって思っとる?」
圭吾の問いに、俺はすぐにこくんと頷いた。
「付き合うって——正直よく分からんけど」
「おい!」
「でも、今まで通り圭吾と遊べんくなるのは嫌だ」
圭吾に、男でも女でも他の特別な相手ができたら——そしたらきっと、メッセージが送られてくる回数も減るだろうし、小窓から侵入してくることも無くなるんじゃないだろうか。
そんな時間があったら、きっと一番大切な相手のために使うに違いない。
それは、すごく寂しいと思った。
「あ、でも、さすがに指輪はまだ重すぎるけぇ、返しといていい?」
「あ、うん」
圭吾は俺の手から指輪を受け取ると、大事そうに元の小箱にしまった。
「てか、サイズピッタリじゃったね」
「……」
「おい、何で黙った?」
「測った」
「えっ、どうやって?」
「サイズ違う指輪何本か用意しといて、達巳がうちで昼寝しとる間にこっそりはめてみた」
「怖い!」
予想以上の計画性にドン引きしていると、圭吾は自分の鞄を担いでそそくさと立ち上がった。
「じゃあ……鞄も取り返したことだし、俺そろそろ帰るわ」
「お前が間違えたんじゃろ」
「じゃあ……さようなら」
さようなら!?
笑いを堪えて変な顔になっている俺に構わず、圭吾はいつも通り階段横の小窓から自分の部屋に戻って行った。
俺が家にいる時は、ここの小窓の鍵はいつも開けてある。
明日もきっと、あいつは窮屈そうに体を折り曲げて、ここから入ってくるに違いない。
この時の俺は、そう信じて疑わなかった。
まさかこの日を最後に、圭吾がこの小窓を使わなくなるだなんて——
入浴後、再び小窓から侵入してきた圭吾の鼻先に小箱を突きつけると、圭吾は驚いて危うく窓から落ちそうになった。
「おいー! お前、勝手に見たんか!」
「お前が鞄間違えるから、開けるしかなかったんじゃろうが!」
「にしてもその箱、明らかに隠し持ってた感じなの分かるじゃろ!」
階段横スペースになんとか圭吾を引っ張り込んで、俺たちはしばらくはぁはぁと荒い息を整えていた。
「……で、誰に渡すん?」
「いや、だから——」
「俺たちの間に隠し事なんかなしで」
俺の言葉に、圭吾はごくりと唾を飲み込んだ。
「……何でそんなマジな感じ?」
「え?」
言われて初めて気づいた。俺、ちょっと怖いくらい真剣な顔してたかも。
「だって、指輪って……めっちゃ好きじゃん。普通そういう話ってさ——」
親友なら、真っ先に話したくなるもんじゃないか?
でも、俺の口から “親友”って言うのは癪だったから、俺はぶすっとした表情で口をつぐんだ。
圭吾もしばらく黙って指輪の箱を見ていたけど、急に「はぁ〜」と大きなため息をついて手を額に当てた。
「お前な……そっちこそ、俺に隠し事とかないん?」
「ない」
「即答すぎて引くわ」
「だってマジでないもん」
そりゃあ、細かい出来事を全部挙げたらキリがない。
小二の時、圭吾の分までおやつのプリンを食べてしまい、そもそも存在をなかったことにしたとか。中二の時、クラスのマドンナの話でみんな盛り上がっててつい乗っかったけど、本当は全然興味なかったとか。
でも、今はそういう話をしとるわけじゃない。
「俺、好きな人とかおらんし。できたらすぐお前に報告すると思うし」
「はぁ〜」
圭吾はもう一度ため息をつくと、いきなり立ち上がって俺の手から小箱をもぎ取った。
「分かったわ。お前の部屋行こ」
圭吾の雰囲気が急に変わって、俺も思わずごくりと喉を鳴らした。
「お、おう……」
俺の部屋に向かってるはずなのに、背筋を伸ばした圭吾の背中に先導されている。
無意識に、ついていく足の速度が鈍る。
圭吾が好きな人って、一体誰なんだろう。
俺の知っとる子なんじゃろうか。こんなに近くにいたのに、ちっとも気がつかんかった。
指輪を用意するぐらいだから、マジで本気なんだろう。
もし付き合ったら——今までみたいに、俺とはもう遊べんくなるんじゃろうな。
そう考えると、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような寂しさを覚えた。
(……いやいや! 俺がこんなふうに寂しがると思ったけえ、きっと圭吾も言い出せんかったんじゃろ)
子供のままなの、むしろ俺の方じゃん。
急に恥ずかしくなってきて、部屋の扉をパタンと閉めた俺は、振り返ってわざと明るい声を出した。
「ま〜でも、お前黙ってたら普通にイケメンだし、上手くいくんじゃね?」
「……ほんまにそう思う?」
「マジマジ! 太鼓判押しといちゃるけぇ、勇気出して告ってこいよ」
圭吾はじっと俺の顔を見つめた後、おもむろにフローリングの床に正座した。
「え……何で正座?」
「いいから、お前も正座しろ」
「え〜、やだよ。足痺れるじゃん」
「すぐ終わらすから、早く正座して!」
珍しく切羽詰まった圭吾の声に、俺は仕方なく彼の正面に両膝を折って座った。
「……手ぇ出して」
「え?」
反射的に右手を出したら、苛立った様子の圭吾にぺちっと弾かれた。
「何でじゃ! 左手出せや」
「何でって、俺右利きなんですけど」
てか、最初に左手出せって指示しなかった圭吾が悪くね? いや、全くもってそうじゃん!
カチンときて言い返そうとした時だった。
左手の薬指に冷たいものがするっと入って、俺は思わず視線を下ろした。
好きな相手にプレゼントするはずの指輪が、なぜか俺の指で鈍く光っている。
「……え、何やっとん?」
「お前が足が痺れるとか騒ぐけぇじゃろ」
「いや、そうじゃなくて……」
その銀色の指輪は、まるで俺のために作られたかのようにぴったりとはまっていた。
細身とはいえ、女子と比べたら断然太い指だ。
「……何、指輪のサイズ間違えたん?」
「お前さっきから何なん!? この状況でなんも分からんの?」
「何でお前がキレてんの?」
そう言いながら目線を上げた瞬間、圭吾の顔が目に入って、俺は思わず息を止めた。
小学生の頃からずっと一緒にいるけど、こんな表情をする圭吾は初めて見た。
首から耳の先まで真っ赤になって、俺のことをまっすぐ見ようとしない。
運動会の行進で、手と足が同時に出ているのに気づいた時も、ここまで赤くはなっていなかった。
不意に状況が掴めた気がして、俺の顔にもかっと血が上ってきた。
「え……ちょ、マジで? これもしかして、俺に渡すつもりで買ったん?」
「この状況で、それ以外あり得んじゃろ」
「ふ〜ん? そ、そっか……」
——俺に渡すために……?
「か、固い友情の証ってこと?」
「んなわけあるかぁ! 普通にキモいわ!」
「キモいって……」
「じゃーけーえー!」
やけくそになったみたいに、圭吾はようやく本心を吐き出した。
「好き、なの!」
「何が?」
「あなたが!」
「あなた!?」
不意打ちを食らって、思わず俺はぶっと吹き出した。
「笑うなや!」
「いや、だって……ぶふっ! あなたって……普通使わんくない?」
「俺は真剣なんよ!」
その真っ赤な顔を見たら、さすがにこれ以上笑うのは悪い気がして、俺は両手で口元を押さえた。
「……とりあえず、正座崩そうや。足痺れてきた」
「ダメ。返事が先」
「え〜!? じゃあ、付き合ってみる?」
「はぁ!?」
圭吾が素っ頓狂な声を上げて、至近距離にいた俺の耳がキーンと鳴った。
「おまっ、お前——マジでちゃんと考えたんか?」
「お前が正座縛りするからじゃろうが!」
「あーもーいいわ! 正座崩していいから、ちゃんと考えて!」
ようやくお許しが出たので、俺は遠慮なく正座を崩して足を伸ばした。
少し感覚がなくなりかけていた足に血が巡って、ビリビリと痺れてくる。
「痛たた……正座って正常な思考力を奪うよな」
「……それは——」
「無理ならソッコーでそう返事したし」
俺の言葉を聞いて、圭吾の落ちていた視線がゆっくりと上がる。
「……え?」
「もっと気の利いた返事したかったのに。“付き合ってみる?”しか思いつかんかった」
部屋の蛍光灯にかざして見ると、銀色の指輪が俺の指の上でチカッと光った。
「……そ、それを言うなら、俺だって……俺だって、本当はもっとちゃんとしたかったのに! なのにお前が勝手にそれ見つけるから!」
「でも、鞄に入れとったってことは、ほんまは今日渡すつもりだったんじゃないん?」
俺の質問に、圭吾はふいっと視線を逸らした。
「……圭吾?」
「いいタイミングがいつ来るか分からんけぇ、ずっと持ち歩いとった」
「え? ずっとって、いつから?」
「……高一」
高一! つまり一年以上、こいつは告白の機会を窺っていたというわけだ。
「怖っ!」
「……やっぱり?」
「や、まぁ、でも……本気なんは伝わってきた」
圭吾に左手を握られて、俺の肩がピクンと跳ねる。
「なぁ、ほんまに? お前、マジで俺と付き合ってもいいって思っとる?」
圭吾の問いに、俺はすぐにこくんと頷いた。
「付き合うって——正直よく分からんけど」
「おい!」
「でも、今まで通り圭吾と遊べんくなるのは嫌だ」
圭吾に、男でも女でも他の特別な相手ができたら——そしたらきっと、メッセージが送られてくる回数も減るだろうし、小窓から侵入してくることも無くなるんじゃないだろうか。
そんな時間があったら、きっと一番大切な相手のために使うに違いない。
それは、すごく寂しいと思った。
「あ、でも、さすがに指輪はまだ重すぎるけぇ、返しといていい?」
「あ、うん」
圭吾は俺の手から指輪を受け取ると、大事そうに元の小箱にしまった。
「てか、サイズピッタリじゃったね」
「……」
「おい、何で黙った?」
「測った」
「えっ、どうやって?」
「サイズ違う指輪何本か用意しといて、達巳がうちで昼寝しとる間にこっそりはめてみた」
「怖い!」
予想以上の計画性にドン引きしていると、圭吾は自分の鞄を担いでそそくさと立ち上がった。
「じゃあ……鞄も取り返したことだし、俺そろそろ帰るわ」
「お前が間違えたんじゃろ」
「じゃあ……さようなら」
さようなら!?
笑いを堪えて変な顔になっている俺に構わず、圭吾はいつも通り階段横の小窓から自分の部屋に戻って行った。
俺が家にいる時は、ここの小窓の鍵はいつも開けてある。
明日もきっと、あいつは窮屈そうに体を折り曲げて、ここから入ってくるに違いない。
この時の俺は、そう信じて疑わなかった。
まさかこの日を最後に、圭吾がこの小窓を使わなくなるだなんて——



