「学祭に?」
俺より先に、圭吾が姉ちゃんの言葉に反応した。
「景子、まさか元カレへの当てつけのつもりで——」
「別に彼氏のフリして欲しいわけじゃないんよ。元カレめっちゃモテるから、フリーってバレたら絶対女子がわらわら寄ってくると思う。それ一人で見てるの辛いんよ! 別れたばっかで傷も癒えとらん時期じゃし……」
景子姉ちゃんは笑いながら、冗談みたいな口調でそう言ったけど、俺にはちゃんと分かってた。
失恋の痛みとか、女子としてのプライドとか、色んな感情がごっちゃになって、今マジで結構しんどいんだと思う。
「いいよ、俺でよければ」
圭吾の指先が一瞬ピクッと動いた。口を開きかけたけど、姉ちゃんの歓声に完全に遮られた。
「やった! やっぱり持つべきものは——」
「でもさ、どっちかっていうと圭吾と一緒の方がいいんじゃない? 俺、姉ちゃんよりちょっと背ぇ高いくらいじゃし、どうせなら長身イケメン連れて歩いとった方が……」
「弟連れとる方が惨めすぎるじゃろ! それに圭吾、私には全然優しくないし。達巳なら一緒におって気ぃ楽じゃし」
俺は隣の圭吾を横目でチラッと盗み見た。
圭吾は唇を固く結んで、真っ直ぐ前を見つめている。
姉ちゃんの後ろの壁にかかっている、何がモチーフかよく分からない抽象画を見ているみたいだ。
圭吾、一緒に来るって言わんのかな?
さっきなんか言いかけて姉ちゃんに遮られとったけど。
景子姉ちゃんは俺のことを幼馴染か弟みたいに思っとって、昔からたまに遊びに連れて行ってくれた。
でもその時は、必ず圭吾も漏れなく付いて来とった。
景子姉ちゃんと俺はホラー映画が好きだけど、圭吾は苦手だ。姉ちゃんが映画に連れて行ってくれた時も、圭吾は無理矢理ついてきて、上映中ずっと耳を塞いでた。
当時はなんてバカなんだろうとしか思わなかったけれど、今思えば、俺と姉ちゃんを二人きりにしたくなかったのかもしれない。
約束どおり、姉ちゃんは俺と圭吾にケーキを奢ってくれて、自分は急にドラマが見たくなったとか言って先に帰ってしまった。
気まずい沈黙を誤魔化すように、俺は目の前のケーキになんとか集中しようとした。
テーブル席に横並びって気まずい。でも、正面の方がもっと気まずい気もする。どっちがよりマシなんじゃろうか? マジでくだらない究極の選択だ。
「……圭吾、さっきなんか言いかけた?」
思い切ってそう聞いたら、圭吾のフォークがピタリと止まった。
「いえ……もういいです」
ケーキのスポンジが、ぐっと胸に詰まったような心地がした。
もういいって……ほんまにもういいん?
お前、俺の彼氏じゃろ? なんか言いたいことあったんじゃないん?
学祭なんか行くな! とか、俺も一緒に行く! とか。
付き合う前だったら、絶対そのどっちかは口にしていたはずだ。
もう姉ちゃんと約束してしまったから、行くなって言われるのは困るけど……でも、なんも言われんのも妙に納得いかんっていうか、なんとなく腹立つっていうか。
……俺、何を求めとるんじゃろ。
「あ、てかさ、カフェに入る前にもなんか言いかけとらんかった?」
「いえ、それももういいです」
圭吾はそう言うと、黙々とケーキを食べるのに集中し始めた。
もういいのか。さっきの圭吾は、一体何を言いかけとったんじゃろう?
気になったけど、なんとなく今の圭吾には聞きづらくて、俺も黙ってケーキに集中することにした。
クリームたっぷりのケーキは絶対甘いはずなのに、なぜだかあまり味を感じられなかった。
◇
学祭当日、家の前の待ち合わせ場所には、いつもみたいにスマホをいじって待っている圭吾の姿はなかった。
代わりに俺よりちょっと背の低い景子姉ちゃんが、満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている。
「おはよー! マジで来てくれてありがとう!」
「約束したのに破ったりせんて」
俺がチラッとドアの方を見たのに気がついて、景子姉ちゃんが呆れたように肩をすくめた。
「圭吾のやつ、結局来ないってさ。何の意地張っとるんか知らんけど。いつもなら達巳誘ったら絶対付いて来とったのにね」
「あ、うん……」
水族館デートから今日までの数日間、俺たちは何事もなかったみたいに過ごしていた。
相変わらず圭吾は俺に敬語で話しかけてきて、せっかくアザラシの赤ちゃんキーホルダーを付けた通学鞄も毎朝圭吾に取り上げられてしまっていた。
圭吾の鞄にぶら下がったタッちゃんが、そのたびに恨みがましい目でこっちを見ていた気がする。
俺だって、本当はアザラシ赤ちゃんと一緒に通学したい。
でも、こんなことで今は圭吾と言い合いたくなかった。
圭吾は学祭の件、絶対我慢してる。俺に行って欲しくないくせにそうは言わんくて、そんでなぜか自分も頑なについて来んとか言っとる。何で?
別に姉ちゃんとは何もないけど、学祭って出会いの場だったりするんじゃないん? 全幅の信頼を置いてくれてるって言うなら、それはそれでいいことなんかもしれんけどさ。
ちょっとは心配とか、ないんかな?
大学に着くと、さっそく姉ちゃんの友達っぽい人たちにわらわらと囲まれてしまった。
「うそ! 景子もう新しい彼氏作ったん?」
「違う違う! 弟の友達の達巳。今日の屋台手伝ってもらおうと思って」
姉ちゃんは友達に向かってそう言いながら、俺に向かって小さく手を合わせた。
姉ちゃんらしいごまかし方だ。仕方ない、合わせてやるか。
「またそんな冗談! 景子の好きそうなイケメンじゃん!」
「ほんまだって!」
どうしよう。とりあえず余計なことは言わんようにして、愛想笑いでもしとこうか。
引き攣った笑みを浮かべながら周りを見渡していると、同じように女子に囲まれているイケメンとバチリと目が合った。
(あっ……)
俺と目が合ったことに気づいて、その男の人はふいっと視線を逸らしたけど、明らかにこっちを気にしている雰囲気だ。
友達と楽しそうに喋っている景子姉ちゃんも、たまにチラッとそっちの方向を見ている。
あれが姉ちゃんの元カレか。確かにすごいモテそうだ。実際女子にめっちゃ群がられとるし。
「それじゃあ男子たち、力仕事は任せていいかな?」
姉ちゃんが俺に向かって頷いたので、俺は「了解」と小さく敬礼してから、荷物運びの列に加わった。
指示通りに倉庫に回って、大きめの段ボール箱を抱えようとしたら、さっきのイケメンが俺の前に回り込んできてしゃがんだ。
「これ、重たいから一緒に持とう」
「あ、ありがとうございます」
髪も明るい色に染めてて、お洒落な大学生って雰囲気だけど、そんなに調子乗ってる感じはしない。
声も優しくて、どっちかっていうといい人っぽかった。
一緒に段ボールを運んでいると、その人は少し遠慮がちに俺に話しかけて来た。
「景子……平岡さんと付き合っとるん?」
「いいえ?」
俺がバッサリ即答したのに驚いたのか、彼はうっかり階段を踏み外しかけた。
「大丈夫ですか?」
「いたた。ごめんごめん。いや、平岡さんってあんまり男友達とかおらんイメージだったから、てっきり新しい彼氏なんかと思って」
俺は段ボール越しに、姉ちゃんの元カレの顔をじっと見つめた。
「景子姉ちゃんと付き合っとったんですよね?」
「景子姉ちゃん?」
「あっ、俺、姉ちゃんの弟と同い年の幼馴染で。景子姉ちゃんのこともずっと姉ちゃんって呼んどったんです」
「そっか。付き合い長いんじゃね」
「あ、でも俺ちゃんと付き合っとる人おるんで。姉ちゃんとはマジで一切そういうのないんで」
「いいよいいよ、俺に気ぃ遣わんでも。もうとっくに振られとるし」
姉ちゃんの元カレは、段ボールを運びながら恥ずかしそうにそう言って笑った。
確かに円満破局って言葉がしっくりくる人だな。
でも——段ボールに落としている視線が寂しそうで、なんだかやりきれない気持ちになった。
景子姉ちゃんだって、どう考えても未練タラタラだったし。
「……姉ちゃん、別に高いもん買ってほしいとか、そういうこと言っとらんかったですよ」
「え?」
「デート中ずっとゲームしとるのが嫌だったって」
「……ああ」
「たぶん、もっと一緒に遊びたかったんじゃないですかね」
姉ちゃんの元カレは、何かを考えているみたいに少しの間黙っていた。
「……そっか。俺、景子が隣におるの、当たり前になっとったんかも」
俺より先に、圭吾が姉ちゃんの言葉に反応した。
「景子、まさか元カレへの当てつけのつもりで——」
「別に彼氏のフリして欲しいわけじゃないんよ。元カレめっちゃモテるから、フリーってバレたら絶対女子がわらわら寄ってくると思う。それ一人で見てるの辛いんよ! 別れたばっかで傷も癒えとらん時期じゃし……」
景子姉ちゃんは笑いながら、冗談みたいな口調でそう言ったけど、俺にはちゃんと分かってた。
失恋の痛みとか、女子としてのプライドとか、色んな感情がごっちゃになって、今マジで結構しんどいんだと思う。
「いいよ、俺でよければ」
圭吾の指先が一瞬ピクッと動いた。口を開きかけたけど、姉ちゃんの歓声に完全に遮られた。
「やった! やっぱり持つべきものは——」
「でもさ、どっちかっていうと圭吾と一緒の方がいいんじゃない? 俺、姉ちゃんよりちょっと背ぇ高いくらいじゃし、どうせなら長身イケメン連れて歩いとった方が……」
「弟連れとる方が惨めすぎるじゃろ! それに圭吾、私には全然優しくないし。達巳なら一緒におって気ぃ楽じゃし」
俺は隣の圭吾を横目でチラッと盗み見た。
圭吾は唇を固く結んで、真っ直ぐ前を見つめている。
姉ちゃんの後ろの壁にかかっている、何がモチーフかよく分からない抽象画を見ているみたいだ。
圭吾、一緒に来るって言わんのかな?
さっきなんか言いかけて姉ちゃんに遮られとったけど。
景子姉ちゃんは俺のことを幼馴染か弟みたいに思っとって、昔からたまに遊びに連れて行ってくれた。
でもその時は、必ず圭吾も漏れなく付いて来とった。
景子姉ちゃんと俺はホラー映画が好きだけど、圭吾は苦手だ。姉ちゃんが映画に連れて行ってくれた時も、圭吾は無理矢理ついてきて、上映中ずっと耳を塞いでた。
当時はなんてバカなんだろうとしか思わなかったけれど、今思えば、俺と姉ちゃんを二人きりにしたくなかったのかもしれない。
約束どおり、姉ちゃんは俺と圭吾にケーキを奢ってくれて、自分は急にドラマが見たくなったとか言って先に帰ってしまった。
気まずい沈黙を誤魔化すように、俺は目の前のケーキになんとか集中しようとした。
テーブル席に横並びって気まずい。でも、正面の方がもっと気まずい気もする。どっちがよりマシなんじゃろうか? マジでくだらない究極の選択だ。
「……圭吾、さっきなんか言いかけた?」
思い切ってそう聞いたら、圭吾のフォークがピタリと止まった。
「いえ……もういいです」
ケーキのスポンジが、ぐっと胸に詰まったような心地がした。
もういいって……ほんまにもういいん?
お前、俺の彼氏じゃろ? なんか言いたいことあったんじゃないん?
学祭なんか行くな! とか、俺も一緒に行く! とか。
付き合う前だったら、絶対そのどっちかは口にしていたはずだ。
もう姉ちゃんと約束してしまったから、行くなって言われるのは困るけど……でも、なんも言われんのも妙に納得いかんっていうか、なんとなく腹立つっていうか。
……俺、何を求めとるんじゃろ。
「あ、てかさ、カフェに入る前にもなんか言いかけとらんかった?」
「いえ、それももういいです」
圭吾はそう言うと、黙々とケーキを食べるのに集中し始めた。
もういいのか。さっきの圭吾は、一体何を言いかけとったんじゃろう?
気になったけど、なんとなく今の圭吾には聞きづらくて、俺も黙ってケーキに集中することにした。
クリームたっぷりのケーキは絶対甘いはずなのに、なぜだかあまり味を感じられなかった。
◇
学祭当日、家の前の待ち合わせ場所には、いつもみたいにスマホをいじって待っている圭吾の姿はなかった。
代わりに俺よりちょっと背の低い景子姉ちゃんが、満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている。
「おはよー! マジで来てくれてありがとう!」
「約束したのに破ったりせんて」
俺がチラッとドアの方を見たのに気がついて、景子姉ちゃんが呆れたように肩をすくめた。
「圭吾のやつ、結局来ないってさ。何の意地張っとるんか知らんけど。いつもなら達巳誘ったら絶対付いて来とったのにね」
「あ、うん……」
水族館デートから今日までの数日間、俺たちは何事もなかったみたいに過ごしていた。
相変わらず圭吾は俺に敬語で話しかけてきて、せっかくアザラシの赤ちゃんキーホルダーを付けた通学鞄も毎朝圭吾に取り上げられてしまっていた。
圭吾の鞄にぶら下がったタッちゃんが、そのたびに恨みがましい目でこっちを見ていた気がする。
俺だって、本当はアザラシ赤ちゃんと一緒に通学したい。
でも、こんなことで今は圭吾と言い合いたくなかった。
圭吾は学祭の件、絶対我慢してる。俺に行って欲しくないくせにそうは言わんくて、そんでなぜか自分も頑なについて来んとか言っとる。何で?
別に姉ちゃんとは何もないけど、学祭って出会いの場だったりするんじゃないん? 全幅の信頼を置いてくれてるって言うなら、それはそれでいいことなんかもしれんけどさ。
ちょっとは心配とか、ないんかな?
大学に着くと、さっそく姉ちゃんの友達っぽい人たちにわらわらと囲まれてしまった。
「うそ! 景子もう新しい彼氏作ったん?」
「違う違う! 弟の友達の達巳。今日の屋台手伝ってもらおうと思って」
姉ちゃんは友達に向かってそう言いながら、俺に向かって小さく手を合わせた。
姉ちゃんらしいごまかし方だ。仕方ない、合わせてやるか。
「またそんな冗談! 景子の好きそうなイケメンじゃん!」
「ほんまだって!」
どうしよう。とりあえず余計なことは言わんようにして、愛想笑いでもしとこうか。
引き攣った笑みを浮かべながら周りを見渡していると、同じように女子に囲まれているイケメンとバチリと目が合った。
(あっ……)
俺と目が合ったことに気づいて、その男の人はふいっと視線を逸らしたけど、明らかにこっちを気にしている雰囲気だ。
友達と楽しそうに喋っている景子姉ちゃんも、たまにチラッとそっちの方向を見ている。
あれが姉ちゃんの元カレか。確かにすごいモテそうだ。実際女子にめっちゃ群がられとるし。
「それじゃあ男子たち、力仕事は任せていいかな?」
姉ちゃんが俺に向かって頷いたので、俺は「了解」と小さく敬礼してから、荷物運びの列に加わった。
指示通りに倉庫に回って、大きめの段ボール箱を抱えようとしたら、さっきのイケメンが俺の前に回り込んできてしゃがんだ。
「これ、重たいから一緒に持とう」
「あ、ありがとうございます」
髪も明るい色に染めてて、お洒落な大学生って雰囲気だけど、そんなに調子乗ってる感じはしない。
声も優しくて、どっちかっていうといい人っぽかった。
一緒に段ボールを運んでいると、その人は少し遠慮がちに俺に話しかけて来た。
「景子……平岡さんと付き合っとるん?」
「いいえ?」
俺がバッサリ即答したのに驚いたのか、彼はうっかり階段を踏み外しかけた。
「大丈夫ですか?」
「いたた。ごめんごめん。いや、平岡さんってあんまり男友達とかおらんイメージだったから、てっきり新しい彼氏なんかと思って」
俺は段ボール越しに、姉ちゃんの元カレの顔をじっと見つめた。
「景子姉ちゃんと付き合っとったんですよね?」
「景子姉ちゃん?」
「あっ、俺、姉ちゃんの弟と同い年の幼馴染で。景子姉ちゃんのこともずっと姉ちゃんって呼んどったんです」
「そっか。付き合い長いんじゃね」
「あ、でも俺ちゃんと付き合っとる人おるんで。姉ちゃんとはマジで一切そういうのないんで」
「いいよいいよ、俺に気ぃ遣わんでも。もうとっくに振られとるし」
姉ちゃんの元カレは、段ボールを運びながら恥ずかしそうにそう言って笑った。
確かに円満破局って言葉がしっくりくる人だな。
でも——段ボールに落としている視線が寂しそうで、なんだかやりきれない気持ちになった。
景子姉ちゃんだって、どう考えても未練タラタラだったし。
「……姉ちゃん、別に高いもん買ってほしいとか、そういうこと言っとらんかったですよ」
「え?」
「デート中ずっとゲームしとるのが嫌だったって」
「……ああ」
「たぶん、もっと一緒に遊びたかったんじゃないですかね」
姉ちゃんの元カレは、何かを考えているみたいに少しの間黙っていた。
「……そっか。俺、景子が隣におるの、当たり前になっとったんかも」



