ポン、ポン、ポン! とスマホが枕元で大騒ぎしている。
もちろんアラーム機能じゃない。部屋の中はまだ真っ暗だ。
「ふぁ……今何時……えっ、まだ四時半!?」
半分寝ぼけながらスマホを持ち上げると、見慣れたアイコンが通知の列を作っていた。
「またかよ! あいつ、マジでいい加減にしろよ!」
下手くそな手書きの似顔絵アイコンに向かって、思わず恨み言を吐く。
無視しようとスマホをひっくり返したものの、通知音の攻撃は続いている。
「……ったく、しょうがねえな」
仕方なくもう一度スマホを取り上げて、重なった通知をタップしてみる。
『起きた』
『寝れん』
『怖い夢見た』
『生きとる?』
(え、まじどうでもいい)
それでも一応『勝手に殺すな』と送ってやったら、通知攻撃はピタリと止んだ。
俺のメッセージは既読にすらなってない。返信があったことに満足して、そのままスマホを放ったらかしてるんだろう。
俺はというと、変な時間に起こされたせいで、結局そのまま寝られずに明け方まで過ごす羽目になってしまった。で、気絶したと思ったら、本物の目覚まし時計にすぐに叩き起こされる。最悪だ。
重い体を引きずって登校し、机に突っ伏してなんとか仮眠を取ろうと足掻いていたら、大きな手に頭をガシガシと撫でられた。
「おーっす。朝会の前からすでに昼寝か?」
誰のせいだ。
ぶすっとしながら顔を上げると、背の高い短髪のイケメンが満面の笑みでこちらを見下ろしていた。
平岡圭吾。俺の睡眠不足の元凶にして、家が隣同士の幼馴染だ。
「なんでお前そんな元気なん? 寝れんって言っとったじゃん」
「返信あったけぇ、安心して寝た」
「俺寝れんかったんじゃけど」
「え、マジで? 瞬時に爆睡できんと大きくなれんよ」
「黙れ」
デカいやつに言われると余計腹が立つ。
「てかどんな夢見たん?」
「達巳がゾンビになる夢」
「ふざけんな! 何で俺?」
「知らん。歩くゾンビってドラマ寝る前に見たせいじゃと思う」
そう言いながら、圭吾は勝手に俺の水筒に口を付けた。
「おい! 勝手に飲むなって!」
「え、何で? 俺、超清潔よ」
そう言いながら、圭吾はわざとらしくゴホンと咳をした。
「風邪菌!」
「超元気!」
そこで予鈴が鳴ったため、圭吾は笑いながら手を振って自分の教室に戻って行った。
俺は気怠いため息をついてから、水筒のお茶を飲もうとしてふと手を止めた。
(安心したって……ゾンビからの返信だったらどうするつもりだったんじゃろ)
「ねぇ、越智君。このドラマ昨日から始まったの、知っとる?」
隣の女子に声をかけられて、俺は水筒を机に戻しながら振り返った。
「何、ゾンビの話?」
「違うよ! 普通の学生青春もの! この男子たちの絡みがめっちゃ良くて〜」
スマホのサムネイル画像を見て、俺は小さく肩をすくめた。
「ないない。普通男同士ってこんなベタベタするもんじゃない」
「え〜?」
隣の女子は、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「でも越智君、隣のクラスの平岡君といっつもベタベタしてるじゃん」
「え〜? ん〜……あいつは特別」
ベタベタしてる実感なんてない。圭吾との距離感は、昔からこれが普通だ。
普通の友達に早朝メッセージ攻撃なんかしたら、それこそ友達終了じゃろ。
勝手に人のお茶を飲んだりしても、たぶん嫌われる。
それが許されるのは——気の置けない幼馴染の特権なんじゃないかな。
◇
家に帰って宿題をしていたら、階段の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと! 達巳助けて!」
「またか!」
慌てて廊下に飛び出すと、階段横の小窓にはまっている図体のデカい美形がいた。
「何で! お前! わざわざこっから入ろうとするん!」
ガッチリと筋肉質な腕を掴んで引っ張ってやると、窓に引っかかっていた通学鞄ごと、圭吾がうちの廊下に転がり落ちた。
「いってぇ」
「いつまで小学生のつもりなん?」
うちの二階の階段横の小窓は、圭吾の部屋の窓の真正面にある。うちと平岡家はかなり近くに建っていて、窓同士は子供でも簡単に跨げてしまうほどしか離れていない。子供の頃は、俺もこの窓を使って圭吾の部屋に遊びに行っていた。細身の俺ですらしなくなったのに、俺よりデカいこいつが未だに小窓をくぐろうとするのは異常である。
「何でって、子供でいたいから」
「無理」
「だって玄関から入ったら、達巳ん家の親に俺が来た時間バレるじゃん! 何でこいつこんな長いことおるん? って思われたくないもん」
「思わんって」
「俺は気い遣いたくないの! 好きな時に来て、好きなだけここでぐだぐだしたいの!」
(だったら俺にも少しは気い遣えっての)
そう内心呟きながらも、俺はくすっと笑いながら部屋に戻って机についた。
お互い遠慮のない、この距離感は正直心地いい。
もし圭吾が俺に遠慮するようなタイプなら、幼馴染とはいえ、きっとこんなふうに打ち解けることはなかっただろう。
「てか何で学校の鞄持ってきたん?」
「家帰ったら宿題する時間ないから」
「何時までおるつもりなん? いっそ泊まってけば?」
「いや、ご飯とか出してもらうの申し訳ないし。洗い物も増えるし」
何でそんなに俺の親には気い遣うん?
「てか、俺歯軋り酷いって親に言われたから。俺と一緒だと達巳、たぶん寝られんと思う」
「はぁ〜!?」
俺は思わず、足元にあった自分の通学鞄を持ち上げて、圭吾めがけて投げつけた。
「そこ! 心配すんなら! 変な時間にメッセージ送ってくんなや!」
ぼすっと鞄を受け止めながら、圭吾はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「思いついた瞬間! どうしても! 聞きたいことってあるじゃん」
「そんな切羽詰まった内容だった?」
「達巳と意思疎通できんくなったらどうしようって思った」
「ならんて。てか、何でそんな怖いドラマ観たん?」
「話題になっとったから恐々見てみたら、止まらんくなってん。あ、続き気になってきた。達巳も一緒に見ようや。サブスク入っとるじゃろ?」
「え〜? 俺、ホラーの方が見たいんじゃけど。圭吾が見れるってことは、言うてそんなに怖くないんじゃろ?」
「あ、コントローラー発見」
「勝手につけんなっつの。人の話聞けや」
歩くゾンビは、思いのほか面白かった。
結局、圭吾は宿題に手をつけることなく、小窓から自分の部屋へと帰って行った。馬鹿である。
「ったくあいつ、何のために鞄持って来て——って、あーっ!」
しかも、間違えて俺の鞄持って帰りやがった! マジで最悪だ。
学校の指定鞄、見た目全部一緒じゃもんな。なんかキーホルダーでもつけるべきか。
(今から持ってくの面倒くせえなぁ。あいつに持って来さそう——って、スマホ鞄の中じゃん!)
その時、ブーッ! とバイブ音が鞄の中から聞こえてきて、俺は慌てて圭吾の鞄のジッパーを開いた。
圭吾のスマホの画面に、俺の名前が浮かび上がっている。ちょっと変な気分だ。
「もしもし。お前どうやって俺のスマホのロック解除したん?」
『達巳の誕生日で解除できた』
「最悪だわ。頼むから国際電話かけたり、ガチャに課金したりすんなよ」
『そんなケチなイタズラせんって』
電話口の向こうで、圭吾がハハハッと笑っている。
「笑ってる場合か。早く鞄返して」
『ごめんごめん。でもさっき母さんに早く風呂入れって言われたから、風呂終わってからでいい? 一刻も早く洗濯機回したいんじゃって』
「そんなこと言われて、今すぐ持ってこいとか言えるかよ」
『うん、俺もそう思った』
「腹立つな。さっさと風呂入れよ」
『はいはい』
プツン、と通話が切れて、俺ははぁ〜っと大きくため息をついた。
別に彼女もいないし、圭吾に見られたくないメッセージや写真なんかない。
スマホを戻そうと、圭吾の鞄の口を開けた時だった。
(……ん? 何だこれ)
鞄の底の方に、手のひらサイズの四角い箱が押し込まれている。
ごちゃっとした鞄の中で、その小箱は異様な存在感を放っていた。
(……え、あれ? このサイズ感って、もしかして——)
俺と圭吾の間に隠し事なんかない——はずである。
恐る恐る箱を開いた俺の目に飛び込んできたのは、銀色に光る、華奢とは言えない男物っぽい指輪だった。
高そうには見えないけど、ふざけて買った感じでもなかった。
……誰に渡すん、これ。
もちろんアラーム機能じゃない。部屋の中はまだ真っ暗だ。
「ふぁ……今何時……えっ、まだ四時半!?」
半分寝ぼけながらスマホを持ち上げると、見慣れたアイコンが通知の列を作っていた。
「またかよ! あいつ、マジでいい加減にしろよ!」
下手くそな手書きの似顔絵アイコンに向かって、思わず恨み言を吐く。
無視しようとスマホをひっくり返したものの、通知音の攻撃は続いている。
「……ったく、しょうがねえな」
仕方なくもう一度スマホを取り上げて、重なった通知をタップしてみる。
『起きた』
『寝れん』
『怖い夢見た』
『生きとる?』
(え、まじどうでもいい)
それでも一応『勝手に殺すな』と送ってやったら、通知攻撃はピタリと止んだ。
俺のメッセージは既読にすらなってない。返信があったことに満足して、そのままスマホを放ったらかしてるんだろう。
俺はというと、変な時間に起こされたせいで、結局そのまま寝られずに明け方まで過ごす羽目になってしまった。で、気絶したと思ったら、本物の目覚まし時計にすぐに叩き起こされる。最悪だ。
重い体を引きずって登校し、机に突っ伏してなんとか仮眠を取ろうと足掻いていたら、大きな手に頭をガシガシと撫でられた。
「おーっす。朝会の前からすでに昼寝か?」
誰のせいだ。
ぶすっとしながら顔を上げると、背の高い短髪のイケメンが満面の笑みでこちらを見下ろしていた。
平岡圭吾。俺の睡眠不足の元凶にして、家が隣同士の幼馴染だ。
「なんでお前そんな元気なん? 寝れんって言っとったじゃん」
「返信あったけぇ、安心して寝た」
「俺寝れんかったんじゃけど」
「え、マジで? 瞬時に爆睡できんと大きくなれんよ」
「黙れ」
デカいやつに言われると余計腹が立つ。
「てかどんな夢見たん?」
「達巳がゾンビになる夢」
「ふざけんな! 何で俺?」
「知らん。歩くゾンビってドラマ寝る前に見たせいじゃと思う」
そう言いながら、圭吾は勝手に俺の水筒に口を付けた。
「おい! 勝手に飲むなって!」
「え、何で? 俺、超清潔よ」
そう言いながら、圭吾はわざとらしくゴホンと咳をした。
「風邪菌!」
「超元気!」
そこで予鈴が鳴ったため、圭吾は笑いながら手を振って自分の教室に戻って行った。
俺は気怠いため息をついてから、水筒のお茶を飲もうとしてふと手を止めた。
(安心したって……ゾンビからの返信だったらどうするつもりだったんじゃろ)
「ねぇ、越智君。このドラマ昨日から始まったの、知っとる?」
隣の女子に声をかけられて、俺は水筒を机に戻しながら振り返った。
「何、ゾンビの話?」
「違うよ! 普通の学生青春もの! この男子たちの絡みがめっちゃ良くて〜」
スマホのサムネイル画像を見て、俺は小さく肩をすくめた。
「ないない。普通男同士ってこんなベタベタするもんじゃない」
「え〜?」
隣の女子は、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「でも越智君、隣のクラスの平岡君といっつもベタベタしてるじゃん」
「え〜? ん〜……あいつは特別」
ベタベタしてる実感なんてない。圭吾との距離感は、昔からこれが普通だ。
普通の友達に早朝メッセージ攻撃なんかしたら、それこそ友達終了じゃろ。
勝手に人のお茶を飲んだりしても、たぶん嫌われる。
それが許されるのは——気の置けない幼馴染の特権なんじゃないかな。
◇
家に帰って宿題をしていたら、階段の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと! 達巳助けて!」
「またか!」
慌てて廊下に飛び出すと、階段横の小窓にはまっている図体のデカい美形がいた。
「何で! お前! わざわざこっから入ろうとするん!」
ガッチリと筋肉質な腕を掴んで引っ張ってやると、窓に引っかかっていた通学鞄ごと、圭吾がうちの廊下に転がり落ちた。
「いってぇ」
「いつまで小学生のつもりなん?」
うちの二階の階段横の小窓は、圭吾の部屋の窓の真正面にある。うちと平岡家はかなり近くに建っていて、窓同士は子供でも簡単に跨げてしまうほどしか離れていない。子供の頃は、俺もこの窓を使って圭吾の部屋に遊びに行っていた。細身の俺ですらしなくなったのに、俺よりデカいこいつが未だに小窓をくぐろうとするのは異常である。
「何でって、子供でいたいから」
「無理」
「だって玄関から入ったら、達巳ん家の親に俺が来た時間バレるじゃん! 何でこいつこんな長いことおるん? って思われたくないもん」
「思わんって」
「俺は気い遣いたくないの! 好きな時に来て、好きなだけここでぐだぐだしたいの!」
(だったら俺にも少しは気い遣えっての)
そう内心呟きながらも、俺はくすっと笑いながら部屋に戻って机についた。
お互い遠慮のない、この距離感は正直心地いい。
もし圭吾が俺に遠慮するようなタイプなら、幼馴染とはいえ、きっとこんなふうに打ち解けることはなかっただろう。
「てか何で学校の鞄持ってきたん?」
「家帰ったら宿題する時間ないから」
「何時までおるつもりなん? いっそ泊まってけば?」
「いや、ご飯とか出してもらうの申し訳ないし。洗い物も増えるし」
何でそんなに俺の親には気い遣うん?
「てか、俺歯軋り酷いって親に言われたから。俺と一緒だと達巳、たぶん寝られんと思う」
「はぁ〜!?」
俺は思わず、足元にあった自分の通学鞄を持ち上げて、圭吾めがけて投げつけた。
「そこ! 心配すんなら! 変な時間にメッセージ送ってくんなや!」
ぼすっと鞄を受け止めながら、圭吾はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「思いついた瞬間! どうしても! 聞きたいことってあるじゃん」
「そんな切羽詰まった内容だった?」
「達巳と意思疎通できんくなったらどうしようって思った」
「ならんて。てか、何でそんな怖いドラマ観たん?」
「話題になっとったから恐々見てみたら、止まらんくなってん。あ、続き気になってきた。達巳も一緒に見ようや。サブスク入っとるじゃろ?」
「え〜? 俺、ホラーの方が見たいんじゃけど。圭吾が見れるってことは、言うてそんなに怖くないんじゃろ?」
「あ、コントローラー発見」
「勝手につけんなっつの。人の話聞けや」
歩くゾンビは、思いのほか面白かった。
結局、圭吾は宿題に手をつけることなく、小窓から自分の部屋へと帰って行った。馬鹿である。
「ったくあいつ、何のために鞄持って来て——って、あーっ!」
しかも、間違えて俺の鞄持って帰りやがった! マジで最悪だ。
学校の指定鞄、見た目全部一緒じゃもんな。なんかキーホルダーでもつけるべきか。
(今から持ってくの面倒くせえなぁ。あいつに持って来さそう——って、スマホ鞄の中じゃん!)
その時、ブーッ! とバイブ音が鞄の中から聞こえてきて、俺は慌てて圭吾の鞄のジッパーを開いた。
圭吾のスマホの画面に、俺の名前が浮かび上がっている。ちょっと変な気分だ。
「もしもし。お前どうやって俺のスマホのロック解除したん?」
『達巳の誕生日で解除できた』
「最悪だわ。頼むから国際電話かけたり、ガチャに課金したりすんなよ」
『そんなケチなイタズラせんって』
電話口の向こうで、圭吾がハハハッと笑っている。
「笑ってる場合か。早く鞄返して」
『ごめんごめん。でもさっき母さんに早く風呂入れって言われたから、風呂終わってからでいい? 一刻も早く洗濯機回したいんじゃって』
「そんなこと言われて、今すぐ持ってこいとか言えるかよ」
『うん、俺もそう思った』
「腹立つな。さっさと風呂入れよ」
『はいはい』
プツン、と通話が切れて、俺ははぁ〜っと大きくため息をついた。
別に彼女もいないし、圭吾に見られたくないメッセージや写真なんかない。
スマホを戻そうと、圭吾の鞄の口を開けた時だった。
(……ん? 何だこれ)
鞄の底の方に、手のひらサイズの四角い箱が押し込まれている。
ごちゃっとした鞄の中で、その小箱は異様な存在感を放っていた。
(……え、あれ? このサイズ感って、もしかして——)
俺と圭吾の間に隠し事なんかない——はずである。
恐る恐る箱を開いた俺の目に飛び込んできたのは、銀色に光る、華奢とは言えない男物っぽい指輪だった。
高そうには見えないけど、ふざけて買った感じでもなかった。
……誰に渡すん、これ。



