Soft-drink

 しばらく教室で涼んでいるとだいぶここも冷えてきた。エアコンから放たれた風が心地よい。だがここにずっといるのも暇なので、誰か生きている人がいないか、人探しも兼ねて学校の中を探検することにした。
 まずは二階から捜索を開始する。二階には先程話した3年生の教室に加え、職員室、図書室、体育館、進路指導室、生徒指導室など、学校の中でも特に重要な教室が揃っている。だが当たり前に人間らしき生き物はどこにもいなかった。
 続いて階段を下りて一階を捜索していく。一階は音楽室、書道室、美術室、家庭科室、調理室、更衣室など、副教科用の教室が揃っている。だがやっぱりここにも人間はいなかった。
 このままの勢いで三階、四階も捜索を行っていく。三階は先ほど話した二年生の教室に加え、コンピューター室、化学室、物理室、生物室などの理系教科の教室が配置されている。おそらくその理由としては、二年生から文系理系に分かれるからであろう。
 四階は本当に何もない。一年生の教室しかなく、他の階に比べて圧倒的に面白みに欠ける。強いて言えば教室からの景色が、三年生の教室よりも見晴らしが良い、ということぐらいだろうか。
 結局すべての階を周ってきたが、残念ながら人はどこにもいなかった。(本当は屋上や男が入ることを禁止されているようなところにも行きたかったが、寸でのところで理性が勝った)どうやら本当に自分以外の人間がいなくなってしまったようだ。覚悟はできていたつもりだったが、実際にはなかなか受け止め切れていないような感覚だ。なんとも歯がゆい状態である。
 こんな異常事態であるにも関わらず、僕はせっかく誰もいないということで普段できないことを色々やってみることにした。
 そういうわけでまずは音楽室へ向かうことにした。普段できないけどやってみたいことの一つ、それは音楽室の楽器を弾いてみることだ。僕は音楽の授業はとっていないため、ピアノやギターなど、そういった楽器に触れる機会がなかなかなかったのだ。家も貧乏なので楽器なんてものを買ってもらえる余裕などなかった。
 音楽室に入ると、先ほどの教室と同じような蒸した熱気が扉の外へと流れだしてくる。急いでエアコンを起動し、ギターが置いてある棚へと向かう。
 教室にはおそらく、吹奏楽部が使用していたのであろう楽器ケースがそこら中に散乱している。どうやら部員たちは夏休み中であるにも関わらず、文化祭か何かの発表会に備えての練習をしていたらしい。正直関わりがあまりない部活だったのでかなり驚いている。それにかなりの楽器の数だ。部員もそれなりに多いらしい。そういえば、入口のあたりにも大量の賞が飾られていたことを思い出す。ほとんどが銀賞や銅賞などだったが、金賞もちらほらと置かれていた気がする。どうやらここの吹奏楽部は、かなりの強豪なのかもしれない。
 棚に置いてあるなかから一本のアコースティックギターを取り出す。明るめの木目が入っており、弦がかなり錆びている。ここの音楽の教師はかなりずさんな人だと聞いているので、もしかしたら何年間も弦交換をさぼっていたのかもしれない。
 近くにあった椅子に座り込んで、何もわからないけどとりあえず指で弦を弾いてみる。すると思ったよりも大きな音が出てきて少し驚く。ギターの振動がお腹にまで響いてくる。柔らかくも力強い音が音楽室中を満たす。
 もともと興味を持っていた楽器ではあったが、更に興味が湧いてくる。スマホでいろいろ調べながら練習してみる。だが五分と経たないうちに左指の腹がズキンズキンと、脈を打って腫れ始める。ものすごく痛い。
 何とか痛みを我慢しながら練習していたが、三十分ほどで指が限界を迎えてしまった。軽音部でギターを弾いている奴らはこの痛みに耐えながら、多くの曲を披露するあのライブをこなしていたのか。恐ろしいものだ。
 そう考えるとKing Gnuの常田やMrs. GREEN APPLEの若井、もう脱退してしまったがRADWIMPSの桑原など、多くのギタリストはとんでもない化け物なのではないのだろうか。そもそも指が開かないのでコードも弾けないし、「一途」や「ライラック」「おしゃかしゃま」みたいな高速フレーズを弾こうものなら、死にかけている蚊の羽音みたいなゴミみたいな音しか出すことができない。やはりあのようなギタリストは、血の滲むような努力をしているのは前提で、とんでもない化け物なのだなと改めて気づかせられた。
 感謝の意を込めて、少しだけ掃除してからギターを片付ける。未だに指がジンジンと痛むが、すごく面白い楽器なのだなと気づかせられた。今度バイトして自分でお金を貯めて、中古で安いギターを買いに行こうと思う。
 ふと壁に掛けられている時計を眺めてみると、時刻はすでに昼過ぎとなっていた。ギターの練習に集中しすぎるあまり、かなりの時間が経っていることにさえ気づかなかったのである。自分の集中力への高さに思わず感嘆する。これが勉強に発揮されてくれればよいのだが、残念ながら子供のころから興味のあることしか集中できない人間なのである。
 「昼を過ぎている」ということを意識し始めた瞬間、一気にお腹が空き始めた。腹の虫が収まらない。一応家からお弁当を持ってきていたのでそれを食べようと思ったが、教室にナップサックを忘れてきてしまった。お昼ご飯もその中に入っているので、教室まで戻る羽目となってしまった。