夏休みに入っても、俺と庄崎先輩の水曜日は変わらない。むしろ授業がないぶん、少し遠い店にも足を延ばせるようになった。
今までは授業の帰りに待ち合わせていたけれど、休みの日は違う。先輩とラーメンを食べるために出かけて、先輩と待ち合わせる。それだけのことが、妙に嬉しかった。
* *
「か、から……っ!! 辛いです!」
「だから無理すんなって言っただろ」
「せ、先輩が辛さ五倍とか頼むから……っ、でも、大丈夫です、まだいけます」
鼻を押さえる俺に、先輩が呆れたような表情で、卓上の調味料を指した。
「酢、少し入れろ。多少は食いやすくなる」
「ほ、ほんとですか?」
素直に卓上の酢に手を伸ばす。と、同じタイミングで、先輩も瓶を取ろうと身を乗り出した。
ごつ。
「いった」
「す、すみません!」
顔を上げると、先輩の額がすぐ目の前にあった。ぶつかったおでこを押さえている。
「……おい、お前顔真っ赤だけど」
「ラーメンが辛いからです!」
「いや、さっきから食ってるだろ」
「時間差で来たんです!」
「汗もやばくないか?」
「これは、うまさによる発汗です!!」
=====
15軒目 8月XX日 晴れ
先輩:味噌(辛さ5倍)・メンマ
俺:味噌(辛さ増し)・味玉
夏休み!!
先輩、普段は塩派だけど味噌のときは絶対辛さ増しにする。
無理してマネするのはよくない。
=====
* *
「今日の店のスープ、絶対先輩好みの濃さだと思います!」
「なんでお前がドヤ顔なんだよ」
「もうわかりますもん、それくらい」
「そういや、塩谷も前に塩のほうが――……塩、塩谷……」
「はい?」
「……ややこしいな」
何がですか、と聞き返す前に、先輩が言った。
「昴晴」
「――!」
心臓が大きく跳ねて、俺はとっさに返事をすることができなかった。
親にも友達にも、もう何億回も呼ばれてる名前なのに。
「……な、何ですか」
そんな短い言葉を返すだけなのに、信じられないくらい顔が熱くなっている。
不自然な沈黙のあと、先輩はふっと視線を逸らした。
そして、店の前の行列に気づいた途端、見慣れた眉間の皺が戻ってきた。
「――おい、店、結構並んでるけど」
「あっ、帰らないでください!」
俺は慌てて先輩のシャツの袖を掴む。先輩は顔を逸らしたままだったけれど、結局、列の最後尾に並んだ。それが照れ隠しみたいに見えたのは、俺の都合のいい勘違いだろうか。
(『……昴晴』)
まだドキドキと音が聞こえてしまいそうな胸をそっと押さえる。
その余韻は、行列に並ぶあいだもずっと消えなかった。
=====
18軒目 8月XX日 くもり
先輩:塩・メンマ
俺:塩・味玉
塩好きの先輩に一押しの店! 先輩の評価「悪くなかった」 =つまり高評価!
待ち15分(※先輩的にはこれが限界)
=====
* *
「先輩、今日なんですけど、ここどうですか?」
「そこ、行ったことあるな」
「どうでした? 全部乗せがすごいんですよね!」
「あー……俺は全部乗せにしたかったんだけど、そんとき一緒だったやつが、重いとかカロリーがどうとか言うから、結局あっさりしたやつにした」
「……もしかして女の子、ですか」
「まあ、昔の」
「……確かに、このボリュームはきついですよね。見てください、この写真、すっごいどんぶりでかい!」
そう言いながらも、胸の奥がぎゅっと痛くなる。
学食で、先輩が女の子と一緒にいるのを何度か見かけた。同じ女の子と何度も一緒にいた時期もある。
知ってたのに。
「お前、全部乗せ食えんの?」
「もちろんです!」
「先週普通盛りで腹いっぱいっつってたじゃん」
「今日はコンディションが違います!」
「……無理はすんなよ」
=====
21軒目 9月XX日 くもり
先輩:味噌(辛さ増し)・全部乗せ
俺:醤油・全部乗せ
全部乗せにしたけど食べきれなかった、不覚……
=====
* *
「先週は北海道の味噌ラーメン、今週は熊本の豚骨、ご当地ラーメンってなんかいいですよね」
「いい?」
「先輩と日本全国一緒に旅行してるみたいで!」
「……ふーん」
「そうだ、ノートに日本地図も書こうかな。食べた場所、色塗っていったら楽しそうじゃないですか?」
「スタンプラリーかよ」
「そうですそうです! 北海道と熊本はもう塗れますよ!」
「店は東京だけどな」
=====
25軒目 10月XX日 ちょっと雨
先輩:豚骨、チャーシュー
俺:豚骨、メンマ
熊本!
来週の店は先輩が決めてくれた。和歌山! 豚骨醤油!
日本地図、本当に書こうかな。
=====
* *
今までは授業の帰りに待ち合わせていたけれど、休みの日は違う。先輩とラーメンを食べるために出かけて、先輩と待ち合わせる。それだけのことが、妙に嬉しかった。
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「か、から……っ!! 辛いです!」
「だから無理すんなって言っただろ」
「せ、先輩が辛さ五倍とか頼むから……っ、でも、大丈夫です、まだいけます」
鼻を押さえる俺に、先輩が呆れたような表情で、卓上の調味料を指した。
「酢、少し入れろ。多少は食いやすくなる」
「ほ、ほんとですか?」
素直に卓上の酢に手を伸ばす。と、同じタイミングで、先輩も瓶を取ろうと身を乗り出した。
ごつ。
「いった」
「す、すみません!」
顔を上げると、先輩の額がすぐ目の前にあった。ぶつかったおでこを押さえている。
「……おい、お前顔真っ赤だけど」
「ラーメンが辛いからです!」
「いや、さっきから食ってるだろ」
「時間差で来たんです!」
「汗もやばくないか?」
「これは、うまさによる発汗です!!」
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15軒目 8月XX日 晴れ
先輩:味噌(辛さ5倍)・メンマ
俺:味噌(辛さ増し)・味玉
夏休み!!
先輩、普段は塩派だけど味噌のときは絶対辛さ増しにする。
無理してマネするのはよくない。
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「今日の店のスープ、絶対先輩好みの濃さだと思います!」
「なんでお前がドヤ顔なんだよ」
「もうわかりますもん、それくらい」
「そういや、塩谷も前に塩のほうが――……塩、塩谷……」
「はい?」
「……ややこしいな」
何がですか、と聞き返す前に、先輩が言った。
「昴晴」
「――!」
心臓が大きく跳ねて、俺はとっさに返事をすることができなかった。
親にも友達にも、もう何億回も呼ばれてる名前なのに。
「……な、何ですか」
そんな短い言葉を返すだけなのに、信じられないくらい顔が熱くなっている。
不自然な沈黙のあと、先輩はふっと視線を逸らした。
そして、店の前の行列に気づいた途端、見慣れた眉間の皺が戻ってきた。
「――おい、店、結構並んでるけど」
「あっ、帰らないでください!」
俺は慌てて先輩のシャツの袖を掴む。先輩は顔を逸らしたままだったけれど、結局、列の最後尾に並んだ。それが照れ隠しみたいに見えたのは、俺の都合のいい勘違いだろうか。
(『……昴晴』)
まだドキドキと音が聞こえてしまいそうな胸をそっと押さえる。
その余韻は、行列に並ぶあいだもずっと消えなかった。
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18軒目 8月XX日 くもり
先輩:塩・メンマ
俺:塩・味玉
塩好きの先輩に一押しの店! 先輩の評価「悪くなかった」 =つまり高評価!
待ち15分(※先輩的にはこれが限界)
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「先輩、今日なんですけど、ここどうですか?」
「そこ、行ったことあるな」
「どうでした? 全部乗せがすごいんですよね!」
「あー……俺は全部乗せにしたかったんだけど、そんとき一緒だったやつが、重いとかカロリーがどうとか言うから、結局あっさりしたやつにした」
「……もしかして女の子、ですか」
「まあ、昔の」
「……確かに、このボリュームはきついですよね。見てください、この写真、すっごいどんぶりでかい!」
そう言いながらも、胸の奥がぎゅっと痛くなる。
学食で、先輩が女の子と一緒にいるのを何度か見かけた。同じ女の子と何度も一緒にいた時期もある。
知ってたのに。
「お前、全部乗せ食えんの?」
「もちろんです!」
「先週普通盛りで腹いっぱいっつってたじゃん」
「今日はコンディションが違います!」
「……無理はすんなよ」
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21軒目 9月XX日 くもり
先輩:味噌(辛さ増し)・全部乗せ
俺:醤油・全部乗せ
全部乗せにしたけど食べきれなかった、不覚……
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「先週は北海道の味噌ラーメン、今週は熊本の豚骨、ご当地ラーメンってなんかいいですよね」
「いい?」
「先輩と日本全国一緒に旅行してるみたいで!」
「……ふーん」
「そうだ、ノートに日本地図も書こうかな。食べた場所、色塗っていったら楽しそうじゃないですか?」
「スタンプラリーかよ」
「そうですそうです! 北海道と熊本はもう塗れますよ!」
「店は東京だけどな」
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25軒目 10月XX日 ちょっと雨
先輩:豚骨、チャーシュー
俺:豚骨、メンマ
熊本!
来週の店は先輩が決めてくれた。和歌山! 豚骨醤油!
日本地図、本当に書こうかな。
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