先輩、卒業までに俺とラーメン屋50軒制覇してください!

「うおーっ、なんだこのチャーシュー! 分厚っ! うっま!」
 こんもりと盛られたもやしの横から分厚いチャーシューを引っ張り出して、瞳を輝かせているのは庄崎先輩――ではなくて。
「声がでかい。黙って食えよ、ハマ」
 いつもと変わらず、姿勢よく静かに麺をすする先輩と、その横で、一口ごとに大騒ぎしている男。
 
 ……なんで、こんなことになった。
 
 * *
 
 水曜日。
 四限が終わって正門へ向かうと、珍しく門の前にはもう先輩がいた。先輩が俺を待っている、なんてレアな姿に、足が勝手に速くなる。
「先輩! お待たせしま――」
 と、右手を上げたところで、先輩の隣に一人の男子学生がいることに気がついた。先輩より少しだけ背が高い。モノトーンが多い先輩とは対照的に、明るい色の髪と服装からして賑やかそうな――学食で、先輩と同じテーブルにいるのをよく見かける人だ、と気づいたところで、その人がぱっとこちらを向いた。
「あ、噂の後輩君だ!」
「え? う、噂!?」
「あー、ごめんごめん、最近こいつが水曜だけ片付けが妙に早いから、何かあんの、って聞いたら、後輩とラーメンだって言うじゃん」
「えっ」
 先輩が、誰かに俺の話をしてる?
 ……いや、聞かれたから正直に答えただけだろう。でも、胸のあたりが少しだけそわそわする。
「……ハマ」
 たしなめるように先輩が低い声で言う。けれど、ハマ、と呼ばれた彼はまったくお構いなしの様子で、
「な、今日、俺も行っていい?」と、先輩の肩に腕を乗せた。
「基が後輩とメシなんて意外でさー。どんな楽しい会なんだ? って」
「変な言い方すんな。好みが合っただけだって」
「今めちゃくちゃ腹減ってんだよー、混ぜてよー。お邪魔?」
 明るい瞳が急にこっちを向いて、俺は「えっ」と変な声を出してしまった。
「嫌なら断っていいぞ」
 庄崎先輩が低くつぶやく。
「いやいやいや! 大丈夫です!」
 そりゃもちろん、本音を言えば二人がいい。
 でも、先輩の友達の誘いを断るなんて選択肢は、俺の中にない。
 それに――先輩と同じ研究室、ってことは、俺よりもずっと長い時間先輩と一緒に過ごしているわけで。俺の知らない先輩の話が聞けるかもしれない。
 ……なんて、下心がありすぎだろうか。
「ラーメンの喜びは共有してしかるべきですから!」
「なんだそれ」
 その人が噴き出す。
「俺、濱本(はまもと)。ハマでいーよ」
「塩谷です。ちなみに今日の店、二郎系なんですけど、大丈夫ですか?」
「あー、野菜とか肉がドカーンって乗ってるやつ? いけるいける。むしろ行ってみたい!」
 渋い顔をした庄崎先輩の横で、濱本先輩はピースサインを作って見せる。
 
 ――そうして今日は、いつもの水曜日に予定外の一人が加わった。
 
 * *

「このチャーシュー、炙ってあるのに脂が重くないですね。タレも甘すぎなくて、肉のうまみがしっかり感じられます」
「シオの食レポ、予想以上にガチだなー」
 山盛りの野菜を崩しながら、濱本先輩が感心したように言う。それから俺の丼を指さして、
「ていうかシオは挑まないの? 野菜増し」
「……俺は己の胃袋を正確に把握してるんです」
「え~、男子たるもの挑戦だろ」
「こいつラーメン好きのくせに胃弱いから」
「先輩、余計な情報を!」
 いつもなら、俺が一人で喋って、庄崎先輩は黙々と食べていることが多い。けれど、今日は濱本先輩がいるから、いつもの水曜日よりずっとにぎやかだ。
 ボックス席で向き合うのも新鮮だった。ふだん隣から見ていると気づかなかったけど、庄崎先輩はラーメンを食べるとき、やたらと真剣な顔になる。まるで難しい課題に向き合ってるときみたいだ。あと、前髪を少し切った。
 あとでノートにメモしよう、と思っていたら、向かいから濱本先輩が身を乗り出してきた。
「ねー、シオの味玉、一口くれない? めっちゃうまそう」
「あ、いいですよ」
「サンキュー」
 そう言って、俺の丼へ伸ばされた濱本先輩の箸先を、横から伸びてきた庄崎先輩の箸が、かち、と止めた。
「やらねえよ」
 俺と濱本先輩が、同時に庄崎先輩を見る。
 庄崎先輩も、一瞬だけ固まったように見えた。
「いや、基のじゃないけど」
「わかってる」
 先輩はぐっと眉根を寄せて、俺の丼を顎で示した。
「こいつ、味玉好きなんだから取るなよ」
「一口だよ?」
「一口でも減るだろうが」
「……」
 濱本先輩が、俺と庄崎先輩の顔を見比べるみたいに視線を行き来させる。
「ふーん……?」
「何だよ」
「別にー」
 よくわからないやり取りのあと、濱本先輩はひょいと箸をひっこめて、自分の野菜の山の切り崩しに戻った。
 俺は、自分の丼の中の味玉を見る。
 庄崎先輩が、俺の好きなものを覚えていて、それを当然みたいに守ってくれた。
 なんだこれ。ちょっと泣きそう。
 ――……いや、守られたのは、ただの味玉なんだけど。150円の。
「先輩、ありがとうございます!」
「何が」
「味玉守ってくれて」
 何大袈裟なこと言ってんだ、とでも言いたげなしかめっ面をして、先輩はレンゲを持ち上げる。上を向いた喉が、ごくんと大きく動いた。

* *

「あー食った食った! 軽く三食分はカロリー摂ったわー」
 濱本先輩の声に、庄崎先輩が「うるせえ」と呆れた顔をする。そんな二人の後ろを歩きながら、俺はこっそり笑った。
 結局、研究室での先輩の話はそれほど聞けなかった。
 でも、濱本先輩に「基」と呼ばれて、呆れた顔をして、いつもよりくだけた声で返す。そんな俺の知らない先輩を見れた。今日はそれで十分だった。
 
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 11軒目 7月XX日 晴れ
 先輩:醤油・野菜増し・メンマ
 俺:醤油・味玉
 濱本先輩:醤油・野菜増し
 
 ハマモト先輩乱入。にぎやかな人だった。
 庄崎先輩、ラーメン食べるとき顔が真剣すぎる
 俺の味玉を守ってくれた!
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