八軒目を迎えるころには、公園の紫陽花が青く色づきはじめていた。
昼すぎまで雨が降っていたせいか、店内は空いていて、カウンターではなく奥の小さな座敷席に通された。
今日の一杯は、鶏と貝のだしを合わせたあっさり系。俺は塩、先輩はめずらしく醤油だった。
「俺、基本は醤油派なんですけど、今日の塩はかなりよかったな……」
さっきのスープの味を思い返しながら、テーブルの向かいを見る。
先輩は、追加で頼んだ杏仁豆腐を黙々と食べていた。
俺は忘れないうちにノートを開いた。
8軒目
俺、塩。先輩、醤油。
トッピング、それからデザートは――
ちら、と目線を上げると、目が合った。
「それ、いつも何書いてんの」
「これですか? ラーメンの記録です」
「へえ。見せて」
「いいですよ」
そう言ってノートを差し出しかけて、手が止まる。
「あっ、待ってください!」
「何」
「今のページは駄目です!」
「なんでだよ」
「恥ずかしいからです!」
「ラーメンの記録なんだろ」
「ラーメン以外の情報も若干入ってるので!」
「はあ?」
意味わかんねえ、という顔で言うと、先輩は俺の手からノートを取り上げ、開いた。抵抗もむなしく、今書いたばかりのページが先輩の目にさらされる。
『デザート:杏仁豆腐。
ラーメンのあと白米じゃなくて甘味、かわいい』
「なにが、『かわいい』だよ!」
「駄目って言ったのに読んで怒んないでください! 事実だし!」
「ラーメンの感想を書け、ラーメンの」
そう言って、眉を寄せたままノートを雑に返してくる。そして、「かわいい」を全力で否定するかのような仏頂面で、杏仁豆腐の残りをすくって一気に口に入れた。
グラスが空になると、「ごちそーさま」と小さく言って、伝票を持って立ち上がる。
「待ってください!」
ノートをリュックに突っ込んで、俺も慌てて靴を履く。
さっさと会計を済ませて、店を出ていく先輩は振り返らない。
……もしかして、照れてる? いや、そんなわけないか。
そんなことを思いながらも、先輩の初めて見る表情に胸の奥がくすぐったくなる。
これは俺の大事な記録だから、怒られても、やめないけど。
【続く】
昼すぎまで雨が降っていたせいか、店内は空いていて、カウンターではなく奥の小さな座敷席に通された。
今日の一杯は、鶏と貝のだしを合わせたあっさり系。俺は塩、先輩はめずらしく醤油だった。
「俺、基本は醤油派なんですけど、今日の塩はかなりよかったな……」
さっきのスープの味を思い返しながら、テーブルの向かいを見る。
先輩は、追加で頼んだ杏仁豆腐を黙々と食べていた。
俺は忘れないうちにノートを開いた。
8軒目
俺、塩。先輩、醤油。
トッピング、それからデザートは――
ちら、と目線を上げると、目が合った。
「それ、いつも何書いてんの」
「これですか? ラーメンの記録です」
「へえ。見せて」
「いいですよ」
そう言ってノートを差し出しかけて、手が止まる。
「あっ、待ってください!」
「何」
「今のページは駄目です!」
「なんでだよ」
「恥ずかしいからです!」
「ラーメンの記録なんだろ」
「ラーメン以外の情報も若干入ってるので!」
「はあ?」
意味わかんねえ、という顔で言うと、先輩は俺の手からノートを取り上げ、開いた。抵抗もむなしく、今書いたばかりのページが先輩の目にさらされる。
『デザート:杏仁豆腐。
ラーメンのあと白米じゃなくて甘味、かわいい』
「なにが、『かわいい』だよ!」
「駄目って言ったのに読んで怒んないでください! 事実だし!」
「ラーメンの感想を書け、ラーメンの」
そう言って、眉を寄せたままノートを雑に返してくる。そして、「かわいい」を全力で否定するかのような仏頂面で、杏仁豆腐の残りをすくって一気に口に入れた。
グラスが空になると、「ごちそーさま」と小さく言って、伝票を持って立ち上がる。
「待ってください!」
ノートをリュックに突っ込んで、俺も慌てて靴を履く。
さっさと会計を済ませて、店を出ていく先輩は振り返らない。
……もしかして、照れてる? いや、そんなわけないか。
そんなことを思いながらも、先輩の初めて見る表情に胸の奥がくすぐったくなる。
これは俺の大事な記録だから、怒られても、やめないけど。
【続く】

