店を出てリュックを背負い直したところで、大きなあくびが出た。
「眠そうだな」
「昨日レポートやってたら四時になっちゃって」
「はあ? なんでそんなに」
「今日提出だったんですよ!」
「計画的にやれよ。ラーメンの予定はあんなにきっちり組むくせに」
「う……正論は眠い頭に刺さります……」
そのまま肩を並べて駅に向かう。ちょうど到着した電車の二つ空いた席に、隣り合って座った。
車内は暖房がよく効いていて、外の冷気で強張っていた頬が、座った途端にゆるむ。ラーメンで腹はいっぱいだし、ここ数日の寝不足もある。
……まずい。眠い。
何度か瞬きをしてみたけれど、まぶたが勝手に落ちてくる。
電車が揺れるたび、コート越しに隣の先輩の腕が触れた。
「寝んなよ」
「寝ません……」
「……」
* *
『次は、――』
鼻にかかったような独特の車内アナウンスの声に、ふっと意識が浮かんだ。
「……ん」
ぼんやりとした目が、乗車口の上の電光表示を捉える。
「あっ!?」
慌てて身体を起こした。
「ふたつも過ぎてる!」
しかも、起き上がった拍子に頬に残っていたぬくもりで気づいた。
……俺、今まで先輩の肩で寝てた?
「す、すみません! 俺、寝過ごして……しかも、もしかして寄りかかってました?」
先輩は黙っている。
……否定しないってことは、そういうことなんだろう。額に汗が浮かぶ。
「重かったですよね、すみません!」
「重かった」
「うっ」
俺は膝の上のリュックを思わず抱きしめる。
「てか、先輩もそこで乗り換えですよね?」
「そうだけど」
「なんで降りなかったんですか!?」
「よく寝てたから」
「起こしてくださいよ!」
「寝不足なんだろ」
そう、だけど……――
「降りるぞ」
なんでもないことのように言って、先輩が立ち上がる。俺は慌ててあとについて電車を降りた。
階段を上がって、反対方向のホームへ向かうあいだ、いつもなら自然と先輩の隣を歩くのに、今日は半歩後ろからついていく。
先輩にもたれていたほうの頬だけ、やけに熱かった。
* *
二駅戻って、俺は先輩と一緒に電車を降りた。先輩はここで乗り換えだ。
当然ここで別れるものだと思っていたのに、先輩は俺と同じ方向へ歩いてくる。
そのまま一緒に改札を出た。
「あれ、先輩、何かこっちに用事――」
「送る」
「え!? な、なんでですか!?」
「お前、まだぼーっとした顔してるんだよ。ふらふらしてて危なっかしい」
「いや、大丈夫です!」
「いいから。北口だったな」
そう言って、さっさと歩き出す。
「……はい」
先輩のあとを追いながら、俺はどういう顔をすればいいのか分からなくなった。
嬉しい。ものすごく嬉しい。でも……
――これ以上、好きにさせてどうするんだ。
駅から歩いて五分、アパートのエントランス前で俺は先輩に大きく頭を下げた。
「先輩、ありがとうございました!」
「今日はちゃんと寝ろよ」
「はい! もう速攻で歯磨きして寝ます!」
そう言ってもう一度頭を下げて、背を向けようとした時だった。
「昴晴」
そう呼びかけた先輩は、その先をすぐには続けなかった。何か考えるように、視線を靴の先に落とす。
不思議に思って、「なんですか?」と促すと、ようやく視線を上げた先輩が口にしたのは意外なことだった。
「来週から行く店の順番、少し変えていいか?」
「もちろん、全然いいですよ! 気になるお店ありました?」
「……まあ、そんな感じ」
そう言って、先輩はまた目を逸らした。そんな深刻な話じゃないし、何よりこんなふうに言葉に詰まるのは先輩らしくない。
まだ何か言いたそうに見えて、俺はじっと待った。けれど、先輩はそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあな」
そう言って背を向けると、先輩は足早に歩き出した。
――何だったんだろう。
俺は、その背中が角を曲がって見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
(続く)
「眠そうだな」
「昨日レポートやってたら四時になっちゃって」
「はあ? なんでそんなに」
「今日提出だったんですよ!」
「計画的にやれよ。ラーメンの予定はあんなにきっちり組むくせに」
「う……正論は眠い頭に刺さります……」
そのまま肩を並べて駅に向かう。ちょうど到着した電車の二つ空いた席に、隣り合って座った。
車内は暖房がよく効いていて、外の冷気で強張っていた頬が、座った途端にゆるむ。ラーメンで腹はいっぱいだし、ここ数日の寝不足もある。
……まずい。眠い。
何度か瞬きをしてみたけれど、まぶたが勝手に落ちてくる。
電車が揺れるたび、コート越しに隣の先輩の腕が触れた。
「寝んなよ」
「寝ません……」
「……」
* *
『次は、――』
鼻にかかったような独特の車内アナウンスの声に、ふっと意識が浮かんだ。
「……ん」
ぼんやりとした目が、乗車口の上の電光表示を捉える。
「あっ!?」
慌てて身体を起こした。
「ふたつも過ぎてる!」
しかも、起き上がった拍子に頬に残っていたぬくもりで気づいた。
……俺、今まで先輩の肩で寝てた?
「す、すみません! 俺、寝過ごして……しかも、もしかして寄りかかってました?」
先輩は黙っている。
……否定しないってことは、そういうことなんだろう。額に汗が浮かぶ。
「重かったですよね、すみません!」
「重かった」
「うっ」
俺は膝の上のリュックを思わず抱きしめる。
「てか、先輩もそこで乗り換えですよね?」
「そうだけど」
「なんで降りなかったんですか!?」
「よく寝てたから」
「起こしてくださいよ!」
「寝不足なんだろ」
そう、だけど……――
「降りるぞ」
なんでもないことのように言って、先輩が立ち上がる。俺は慌ててあとについて電車を降りた。
階段を上がって、反対方向のホームへ向かうあいだ、いつもなら自然と先輩の隣を歩くのに、今日は半歩後ろからついていく。
先輩にもたれていたほうの頬だけ、やけに熱かった。
* *
二駅戻って、俺は先輩と一緒に電車を降りた。先輩はここで乗り換えだ。
当然ここで別れるものだと思っていたのに、先輩は俺と同じ方向へ歩いてくる。
そのまま一緒に改札を出た。
「あれ、先輩、何かこっちに用事――」
「送る」
「え!? な、なんでですか!?」
「お前、まだぼーっとした顔してるんだよ。ふらふらしてて危なっかしい」
「いや、大丈夫です!」
「いいから。北口だったな」
そう言って、さっさと歩き出す。
「……はい」
先輩のあとを追いながら、俺はどういう顔をすればいいのか分からなくなった。
嬉しい。ものすごく嬉しい。でも……
――これ以上、好きにさせてどうするんだ。
駅から歩いて五分、アパートのエントランス前で俺は先輩に大きく頭を下げた。
「先輩、ありがとうございました!」
「今日はちゃんと寝ろよ」
「はい! もう速攻で歯磨きして寝ます!」
そう言ってもう一度頭を下げて、背を向けようとした時だった。
「昴晴」
そう呼びかけた先輩は、その先をすぐには続けなかった。何か考えるように、視線を靴の先に落とす。
不思議に思って、「なんですか?」と促すと、ようやく視線を上げた先輩が口にしたのは意外なことだった。
「来週から行く店の順番、少し変えていいか?」
「もちろん、全然いいですよ! 気になるお店ありました?」
「……まあ、そんな感じ」
そう言って、先輩はまた目を逸らした。そんな深刻な話じゃないし、何よりこんなふうに言葉に詰まるのは先輩らしくない。
まだ何か言いたそうに見えて、俺はじっと待った。けれど、先輩はそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあな」
そう言って背を向けると、先輩は足早に歩き出した。
――何だったんだろう。
俺は、その背中が角を曲がって見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
(続く)

