不毛だと言われても、百年先まで君が好き

 海君と話せないまま、僕の高校生活が終わりに向かって動き出す。僕も大学受験をしなきゃだし、塾へ行って勉強しての繰り返し。

 何のための勉強なのか、何をしたいのかもわからないまま……僕は、ひたすらノートに黒板の文字を写した。道路に一度空いた大きな穴を埋めるのが大変なように、僕の人生に底の見えない穴が空いているみたいだった。
 落っこちたら二度と這い上がってこられないんだろうなって、でももう、なんだか疲れたから、落っこちてもいいかもなって。どうせ、どうなったって、もう僕は海君と一緒にいられないのだし。海君も、僕が落っこちたこと気付かないで、気付いたとしても助けたりしないで……海君の未来へ続く道を歩いていくんだ。その隣に僕がいないだけ。

 「サッちゃん……」

 声がして振り向くと、ミオちゃんが立っていた。なんの様だろう? と、首を傾げると、ミオちゃんの目にまた怒りがたまった。

 「サッちゃんが一人でいるから、声かけただけ」
 「そうなの?」
 「そうよ。なによ、海君はどうしたのよ、いつも一緒にいるくせに、最近全然いないじゃない」
 「ミオちゃんに会った日から喋ってないよ」
 「え? だ、だってあんた達、ずっと昔から……仲良くて……付き合ってたんでしょ?」

 ミオちゃんが、狼狽えたみたいに、そわそわと辺りを見回しながら近づいてきた。

 「付き合う? 僕達男同士だよ」
 「だから、隠れて付き合ってたんでしょ!」
 「そんなこと……え?」

 そんなこと有るわけないと、僕が否定しようとした時──『もしかして、海君……僕と付き合ってたの?』 という疑問が心に湧いた。

 僕が急に黙り込んだので、ミオちゃんは、眉間に皺をよせ、僕の顔をますます睨んだ。

 「聞いてるの? サッちゃん」
 「海君の好きな人って……もしかして、僕?」
 「なんであんたが、私に聞くのよ、本当にデリカシーってものがないんだから、だから海君に愛想尽かされちゃうのよ……あ、うそ、ちょっと、サッちゃん、泣かないでよ」

 ミオちゃんが、オロオロと、ピンクのハンカチを取り出し、僕の目にやや乱暴におしつけた。濃いシミがポツポツとできて、そこで初めて僕が泣いていることに、僕が気づいた。

 「僕……僕……海君のことが……好きなの」
 「そんなの知ってる! ずっとあんなに、こっちがムカつくくらい仲良くてお互いしか見えてないみたいに、私が何年見てきたと思ってるの? 知ってるよ!」

 ミオちゃんが、怒りながら、僕の涙をふいてる。

 「ミオちゃん、海君のことまだ好きなの?」
 「好きだよ、好かれなくても好きだよ、だめなの? 思うくらいいいでしょ」

 そっか、ミオちゃんは両想いになれなくても、ずっと海君のことがすきなんだね。報われなくても、好きでいていいんだ。そっか。

 「僕と同じだね」
 「あんたは……同じじゃないでしょ?」

 いつも気の強いミオちゃんが、目に涙を溜めた。

 「ごめんね、私のせい……私があんなこと言ったから、ごめんね、サッちゃん」
 「ミオちゃん」
 「サッちゃん、私が謝ってくるから、仲直りして」

 ぽろぽろ泣きながら、ミオちゃんは僕の手を掴んだ。その手が凄く冷たくて、心配になった。

 「ミオちゃん……いいよ、もういいんだよ」
 「よくない」
 「僕が全部悪かったんだよ、海君のこと好きだって気付かなかった僕が悪かったんだ、ミオちゃんのせいじゃないんだよ、泣かないでよ、ハンカチを自分に使って」
 「でも」

 僕はミオちゃんの手を引っ張った。少しずつ歩きだす。僕達二人迷子になったみたいに、泣きながら歩いた。

 昔もこんなことあったね、道に迷って二人で泣いて……ミオちゃん、気が強いのに、最後はいつも謝るの。『私が道を間違えた、ごめん』て。止めなかったり、違うって言えなかった僕も同罪なのに。
 ミオちゃん、謝るの嫌いなのに、必死で謝るの。そういうとこ偉いなって思ってた。僕はいつも、もういいかってすぐ諦めてしまうから。人の心に疎いから。人にどう思われててももういっかって。でも、ミオちゃんは違う。ちゃんと答えを出そうと向き合う人。

 「ミオちゃん、ありがとね」
 「なんで、お礼なんか、いらない」
 「うん、でもいつも、ミオちゃんが僕と向き合ってくれるから……僕の気持ちを大切にしてくれるから」
 「だって、サッちゃんほっといたら、すぐ諦めちゃうじゃない、ね、海君のこと諦めたらだめだよ」

 海君のこと諦める、確かに僕はもう海君のこと諦めようと思ってた。

 「諦めないよ、僕もずっと好きだって気づいたから」
 「うん……うん」

 ──諦めない。諦められない。

 それだけはハッキリと分かった。