正門が恋愛ルートの起動スイッチなら、踏まなければいい。
よって私は、王立魔法学園の入学式当日の朝から、学園裏手の藪へ潜んでいた。
銀髪には葉っぱ、制服の裾には泥、目の前には、高さ十メートルの石壁……。客観的に見れば、完全に不審者である。
――いや、違う。
これは正規入学生による、非正規経路のセキュリティ・テストだ。
【SYSTEM】『警告:この場所は入口ではありません』
「知っているわ。入口を避けてきたんだもの」
目の前には、高さ十メートルの石壁。
その表面を、青白い魔法障壁が隙間なく覆っている。
試しに小枝を投げてみる。
バヂィンッ!!
小枝は一瞬で炭になった。
続いて、一羽の小鳥が知らずに触れた。
バヂヂィンッ!!
「ピギャッ!?」
煙を引きながら空の彼方へ消えていく。
生存確認。飛行を継続しているし、たぶん元気だろう。
「物理壁、対飛行結界、地下侵入防止術式、魔力波形による個体認証……。王国最高峰の教育機関だけあって、正面から破るのは面倒そうね」
【SYSTEM】『新入生は正門へ移動してください』
「私が正門を使わなければならない根拠は?」
【SYSTEM】『学園の伝統です』
「校則じゃなくて?」
【SYSTEM】『該当する規定はありません』
「なら問題なし」
【SYSTEM】『推奨経路から逸脱しています』
「推奨は命令じゃないわ」
私は登録済みの学生だ。焼かれはしない。拒否されるのは、通行だけ。
だから、迷わず障壁へ右手を突っ込んだ。
バヂヂヂヂヂヂッ!!
「いっっっっったぁ!?」
青白い火花が弾け、長い銀髪が一本残らず逆立つ。
痛い。ものすごく痛い。
でも、前世で原因不明のエラーログを四十八時間ぶっ通しで追ったときの胃痛に比べればマシだ。たぶん。
接触した右手から、障壁を構成する術式が視界へ流れ込んでくる。
【SYSTEM】『登録済み学生:通行許可』
【SYSTEM】『通行可能箇所:正門』
【SYSTEM】『式典終了前の個別通行:拒否』
「本人確認と通行箇所の判定を、同じ階層へ直書きしてる……。しかも増改築のたびに処理を継ぎ足して、術式が完全にスパゲティ化してるじゃない」
新しい命令の下。さらにその下。
絡み合った術式の最深部に、今では誰も使っていない古い処理を見つけた。
【SYSTEM】『保守作業者用・緊急通路』
やっぱ、あった。
開発者が、いざというとき自分だけ入れるよう残しておく禁断の抜け道。
「抜け道、発見♪」
【SYSTEM】『保守権限が必要です』
「今から取得するわ」
制服の校章から生徒証の魔力署名を複製し、保守用アカウントへ接続する。
【SYSTEM】『管理者IDを入力してください』
「administrator(管理者)」
【SYSTEM】『パスワードを入力してください』
「administrator」
【SYSTEM】『認証に失敗しました』
「じゃあ、admin」
【SYSTEM】『認証に失敗しました』
「じゃあ、1234」
ピコン!
【SYSTEM】『認証に成功しました』
「大事な認証を『1234』で守るなあああああ!」
思わず障壁へ説教してしまった。当然、返事はない。
私は空中へ両手を走らせ、光の文字列を片端から書き換えた。
「保守権限で接続。魔力波形を管理者へ偽装。通行箇所の参照先を正門から緊急通路へ変更。認証条件をバイパス――即時反映!」
ターンッ!
最後のキーを叩き込むように、空を弾く。
青白い大結界へ、天辺から地面まで一直線の亀裂が走った。
ズズズズズズズ……!
左右へ割れた光の壁が、巨大な自動扉のように開いていく。
【SYSTEM】『保守管理者:通行を許可します』
「正規登校、成功」
【SYSTEM】『不正侵入の可能性を検――』
「正規登校、成功!!」
【SYSTEM】『…………』
逆立った銀髪を手櫛で直し、私は堂々と学園の敷地へ足を踏み入れた。
「これは裏口入学ではないわ。入学手続き自体は、きちんと正規に済ませているもの」
私は肩をすくめた。
「裏口登校よ」
* * *
一方その頃、正門では。
「やあ、フェリシア。奇遇だね。僕も今、来たところさ」
勇者アレクが、自分の上半身より巨大な花束を抱え、完璧な微笑を練習していた。
勇者とはいえ、アレクも今日からこの学園の新入生だ。彼もこの後、入学式を控えている。
「いや、違うな。これでは待ち伏せしていたことがバレてしまう」
花束を左へ傾ける。
「待っていたよ、フェリシア。今日から始まる僕たちの学園生活を、この花に――」
その時、頭上の魔法時計が、入学式開始の時刻を告げた。
「いや、大丈夫だ。彼女は必ず正門を通る」
【SYSTEM】『正門再会イベント:対象待機中』
学園の奥から、開式を告げるファンファーレが鳴った。
「まだ慌てる時間じゃない」
新入生代表の宣誓が始まった。
「少しくらい遅れてくることもある」
来賓の長い祝辞が始まり、終わった。
「女の子には準備があるからね」
校長のさらに長い話も終わった。
「……花束が重いな」
校歌が三番まで歌われた。
「…………」
最後に、閉式の鐘が鳴った。
アレクは、十五キロの花束を抱えたまま、まだ正門で笑っていた。
頬を盛大に引きつらせながら。
【SYSTEM】『正門再会イベント:失敗』
【SYSTEM】『花束受け渡しイベント:失敗』
【SYSTEM】『並んで入場するイベント:失敗』
【SYSTEM】『勇者との隣席イベント:失敗』
【SYSTEM】『同時返答による相性演出:失敗』
【SYSTEM】『居眠りした勇者を優しく起こすイベント:失敗』
【SYSTEM】『学園編・勇者ルートの開始に失敗しました』
風が吹いた。
花束から落ちた花びらが一枚だけ、アレクの肩へ寂しく引っかかった。
よって私は、王立魔法学園の入学式当日の朝から、学園裏手の藪へ潜んでいた。
銀髪には葉っぱ、制服の裾には泥、目の前には、高さ十メートルの石壁……。客観的に見れば、完全に不審者である。
――いや、違う。
これは正規入学生による、非正規経路のセキュリティ・テストだ。
【SYSTEM】『警告:この場所は入口ではありません』
「知っているわ。入口を避けてきたんだもの」
目の前には、高さ十メートルの石壁。
その表面を、青白い魔法障壁が隙間なく覆っている。
試しに小枝を投げてみる。
バヂィンッ!!
小枝は一瞬で炭になった。
続いて、一羽の小鳥が知らずに触れた。
バヂヂィンッ!!
「ピギャッ!?」
煙を引きながら空の彼方へ消えていく。
生存確認。飛行を継続しているし、たぶん元気だろう。
「物理壁、対飛行結界、地下侵入防止術式、魔力波形による個体認証……。王国最高峰の教育機関だけあって、正面から破るのは面倒そうね」
【SYSTEM】『新入生は正門へ移動してください』
「私が正門を使わなければならない根拠は?」
【SYSTEM】『学園の伝統です』
「校則じゃなくて?」
【SYSTEM】『該当する規定はありません』
「なら問題なし」
【SYSTEM】『推奨経路から逸脱しています』
「推奨は命令じゃないわ」
私は登録済みの学生だ。焼かれはしない。拒否されるのは、通行だけ。
だから、迷わず障壁へ右手を突っ込んだ。
バヂヂヂヂヂヂッ!!
「いっっっっったぁ!?」
青白い火花が弾け、長い銀髪が一本残らず逆立つ。
痛い。ものすごく痛い。
でも、前世で原因不明のエラーログを四十八時間ぶっ通しで追ったときの胃痛に比べればマシだ。たぶん。
接触した右手から、障壁を構成する術式が視界へ流れ込んでくる。
【SYSTEM】『登録済み学生:通行許可』
【SYSTEM】『通行可能箇所:正門』
【SYSTEM】『式典終了前の個別通行:拒否』
「本人確認と通行箇所の判定を、同じ階層へ直書きしてる……。しかも増改築のたびに処理を継ぎ足して、術式が完全にスパゲティ化してるじゃない」
新しい命令の下。さらにその下。
絡み合った術式の最深部に、今では誰も使っていない古い処理を見つけた。
【SYSTEM】『保守作業者用・緊急通路』
やっぱ、あった。
開発者が、いざというとき自分だけ入れるよう残しておく禁断の抜け道。
「抜け道、発見♪」
【SYSTEM】『保守権限が必要です』
「今から取得するわ」
制服の校章から生徒証の魔力署名を複製し、保守用アカウントへ接続する。
【SYSTEM】『管理者IDを入力してください』
「administrator(管理者)」
【SYSTEM】『パスワードを入力してください』
「administrator」
【SYSTEM】『認証に失敗しました』
「じゃあ、admin」
【SYSTEM】『認証に失敗しました』
「じゃあ、1234」
ピコン!
【SYSTEM】『認証に成功しました』
「大事な認証を『1234』で守るなあああああ!」
思わず障壁へ説教してしまった。当然、返事はない。
私は空中へ両手を走らせ、光の文字列を片端から書き換えた。
「保守権限で接続。魔力波形を管理者へ偽装。通行箇所の参照先を正門から緊急通路へ変更。認証条件をバイパス――即時反映!」
ターンッ!
最後のキーを叩き込むように、空を弾く。
青白い大結界へ、天辺から地面まで一直線の亀裂が走った。
ズズズズズズズ……!
左右へ割れた光の壁が、巨大な自動扉のように開いていく。
【SYSTEM】『保守管理者:通行を許可します』
「正規登校、成功」
【SYSTEM】『不正侵入の可能性を検――』
「正規登校、成功!!」
【SYSTEM】『…………』
逆立った銀髪を手櫛で直し、私は堂々と学園の敷地へ足を踏み入れた。
「これは裏口入学ではないわ。入学手続き自体は、きちんと正規に済ませているもの」
私は肩をすくめた。
「裏口登校よ」
* * *
一方その頃、正門では。
「やあ、フェリシア。奇遇だね。僕も今、来たところさ」
勇者アレクが、自分の上半身より巨大な花束を抱え、完璧な微笑を練習していた。
勇者とはいえ、アレクも今日からこの学園の新入生だ。彼もこの後、入学式を控えている。
「いや、違うな。これでは待ち伏せしていたことがバレてしまう」
花束を左へ傾ける。
「待っていたよ、フェリシア。今日から始まる僕たちの学園生活を、この花に――」
その時、頭上の魔法時計が、入学式開始の時刻を告げた。
「いや、大丈夫だ。彼女は必ず正門を通る」
【SYSTEM】『正門再会イベント:対象待機中』
学園の奥から、開式を告げるファンファーレが鳴った。
「まだ慌てる時間じゃない」
新入生代表の宣誓が始まった。
「少しくらい遅れてくることもある」
来賓の長い祝辞が始まり、終わった。
「女の子には準備があるからね」
校長のさらに長い話も終わった。
「……花束が重いな」
校歌が三番まで歌われた。
「…………」
最後に、閉式の鐘が鳴った。
アレクは、十五キロの花束を抱えたまま、まだ正門で笑っていた。
頬を盛大に引きつらせながら。
【SYSTEM】『正門再会イベント:失敗』
【SYSTEM】『花束受け渡しイベント:失敗』
【SYSTEM】『並んで入場するイベント:失敗』
【SYSTEM】『勇者との隣席イベント:失敗』
【SYSTEM】『同時返答による相性演出:失敗』
【SYSTEM】『居眠りした勇者を優しく起こすイベント:失敗』
【SYSTEM】『学園編・勇者ルートの開始に失敗しました』
風が吹いた。
花束から落ちた花びらが一枚だけ、アレクの肩へ寂しく引っかかった。

