翌朝のこと、私は王都の中心にそびえる、王立魔法学園の前にいた。
見上げるほどの白亜の尖塔。数百年前に建造されたという歴史ある校舎群。
今日から私は学校の寮に住む。この場所で、シナリオの六割を占めるという膨大な学園イベント――いわば『本番環境』での過酷な日々が始まるのだ。
馬車を降りた途端、私は異変に気づいた。
空には巨大な魔法時計。正門には偉大な魔術師の石像。
まあ、そこまではいい。由緒正しいファンタジー校だ。
問題は、校門に近づくたびにボリュームが大きくなる、どファンファーレだ。風もないのに花びらが乱舞しているし、快晴の空に二重の虹までかかっている。
あからさまに処理落ちしそうな、背景エフェクトの嵐。この先に運命的な何かがある……。
(昨日の『出会い失敗』を、演出の物量で強引に取り返す気ね……)
警戒しながら視線を巡らせると、正門の脇に、この異常な空間の「発生源」が突っ立っていた。
勇者アレクである。
そして彼は、自分の上半身より巨大な花束を抱え、誰もいない虚空に向かって真剣な顔で何か話していた。
「やあ、フェリシア。待っていたよ……違うな。これでは待ち伏せしていたみたいだ」
花束を左へ傾ける。
「奇遇だね、フェリシア。僕も今、来たところさ」
首を振った。
「いや、運命を強調するなら――」
今度は花束を右へ傾ける。
「おはよう、フェリシア。僕たちの新しい物語を、この花とともに――」
「あの、通ってもいいですか?」
「君じゃない!」
たまたま前へ立った男子新入生が、びくりと肩を震わせて、横をすり抜けていた。
アレクは咳払いし、花束を抱え直した。
「フェリシアは必ず来る。運命なら、ここで僕と再会するはずなんだ……!」
正門から百メートルほど離れた建物の陰で、私は、その痛々しい一人芝居を無表情で眺めていた。
私の視界には、現在進行形で巨大な金色のウィンドウが浮かんでいる。
【SYSTEM】『Main Event(メインイベント):運命の入学式』
【SYSTEM】『発生条件』
【SYSTEM】『1.フェリシアが正門へ接近』
【SYSTEM】『2.アレクから花束を受け取る』
【SYSTEM】『3.二人で正門を通過する』
【SYSTEM】『達成後:学園編・勇者ルートを開始します』
「なるほどね」
正門へ近づき、花束を受け取り、二人で門をくぐる。この三つが、勇者ルートを開始するための実行条件だ。
となると、プログラムの基本通り、最初の一つ目のフラグを立てないことが最も効率的。
「ごめんね」
私はくるりと反転。
途端に、足元へ現れた金色の案内矢印が慌てて反転し、私の正面へ回り込んでくる。
【SYSTEM】『正門はこちらです』
右へ動くと、矢印も右へ。左へ動くと、矢印も左へ。
もう一度、右。矢印も右。
(相変わらずしつこいシステムね。なら……これでどう!)
私は真新しい制服のスカートを両手で軽く持ち上げると、足元に意識を集中した。
右、左、右、左、右、左、右、左!
可憐なメインヒロインによる、目にも留まらぬ高速反復横跳びである。
優雅さのカケラもないステップが、システム側の経路探索処理に猛烈な負荷をかけていく。
【SYSTEM】『右! 左! 右! 左! 右! 左――』
ブチッ!
金色の案内矢印が、過負荷による処理落ちでフッと消滅した。
【SYSTEM】『ルート検索に失敗しました』
【SYSTEM】『現在地を確認してください』
「そっちが確認しなさいよ」
私は呆れたように息を吐き、赤いエラー表示を指先で弾き飛ばす。
俺は呆れたように息を吐き、赤いエラー表示を指先で弾き飛ばすと、正門へ完全に背を向け、学園を囲む高い外壁に沿って歩き始めた。
【SYSTEM】『対象までの距離:98メートル』
【SYSTEM】『99メートル』
【SYSTEM】『105メートル』
【SYSTEM】『124メートル』
【SYSTEM】『測定不能』
私の視界の隅で、システムが弾き出す『対象=アレク』との距離がどんどん開いていく。
入学式には出る。学園にも入る。だが、勇者とのルートは開始させない。
そのために必要な裏技は、古今東西、現世もゲーム内もたった一つだ。
「正門を回避したいなら、――勝手口を使えばいいじゃない!」
見上げるほどの白亜の尖塔。数百年前に建造されたという歴史ある校舎群。
今日から私は学校の寮に住む。この場所で、シナリオの六割を占めるという膨大な学園イベント――いわば『本番環境』での過酷な日々が始まるのだ。
馬車を降りた途端、私は異変に気づいた。
空には巨大な魔法時計。正門には偉大な魔術師の石像。
まあ、そこまではいい。由緒正しいファンタジー校だ。
問題は、校門に近づくたびにボリュームが大きくなる、どファンファーレだ。風もないのに花びらが乱舞しているし、快晴の空に二重の虹までかかっている。
あからさまに処理落ちしそうな、背景エフェクトの嵐。この先に運命的な何かがある……。
(昨日の『出会い失敗』を、演出の物量で強引に取り返す気ね……)
警戒しながら視線を巡らせると、正門の脇に、この異常な空間の「発生源」が突っ立っていた。
勇者アレクである。
そして彼は、自分の上半身より巨大な花束を抱え、誰もいない虚空に向かって真剣な顔で何か話していた。
「やあ、フェリシア。待っていたよ……違うな。これでは待ち伏せしていたみたいだ」
花束を左へ傾ける。
「奇遇だね、フェリシア。僕も今、来たところさ」
首を振った。
「いや、運命を強調するなら――」
今度は花束を右へ傾ける。
「おはよう、フェリシア。僕たちの新しい物語を、この花とともに――」
「あの、通ってもいいですか?」
「君じゃない!」
たまたま前へ立った男子新入生が、びくりと肩を震わせて、横をすり抜けていた。
アレクは咳払いし、花束を抱え直した。
「フェリシアは必ず来る。運命なら、ここで僕と再会するはずなんだ……!」
正門から百メートルほど離れた建物の陰で、私は、その痛々しい一人芝居を無表情で眺めていた。
私の視界には、現在進行形で巨大な金色のウィンドウが浮かんでいる。
【SYSTEM】『Main Event(メインイベント):運命の入学式』
【SYSTEM】『発生条件』
【SYSTEM】『1.フェリシアが正門へ接近』
【SYSTEM】『2.アレクから花束を受け取る』
【SYSTEM】『3.二人で正門を通過する』
【SYSTEM】『達成後:学園編・勇者ルートを開始します』
「なるほどね」
正門へ近づき、花束を受け取り、二人で門をくぐる。この三つが、勇者ルートを開始するための実行条件だ。
となると、プログラムの基本通り、最初の一つ目のフラグを立てないことが最も効率的。
「ごめんね」
私はくるりと反転。
途端に、足元へ現れた金色の案内矢印が慌てて反転し、私の正面へ回り込んでくる。
【SYSTEM】『正門はこちらです』
右へ動くと、矢印も右へ。左へ動くと、矢印も左へ。
もう一度、右。矢印も右。
(相変わらずしつこいシステムね。なら……これでどう!)
私は真新しい制服のスカートを両手で軽く持ち上げると、足元に意識を集中した。
右、左、右、左、右、左、右、左!
可憐なメインヒロインによる、目にも留まらぬ高速反復横跳びである。
優雅さのカケラもないステップが、システム側の経路探索処理に猛烈な負荷をかけていく。
【SYSTEM】『右! 左! 右! 左! 右! 左――』
ブチッ!
金色の案内矢印が、過負荷による処理落ちでフッと消滅した。
【SYSTEM】『ルート検索に失敗しました』
【SYSTEM】『現在地を確認してください』
「そっちが確認しなさいよ」
私は呆れたように息を吐き、赤いエラー表示を指先で弾き飛ばす。
俺は呆れたように息を吐き、赤いエラー表示を指先で弾き飛ばすと、正門へ完全に背を向け、学園を囲む高い外壁に沿って歩き始めた。
【SYSTEM】『対象までの距離:98メートル』
【SYSTEM】『99メートル』
【SYSTEM】『105メートル』
【SYSTEM】『124メートル』
【SYSTEM】『測定不能』
私の視界の隅で、システムが弾き出す『対象=アレク』との距離がどんどん開いていく。
入学式には出る。学園にも入る。だが、勇者とのルートは開始させない。
そのために必要な裏技は、古今東西、現世もゲーム内もたった一つだ。
「正門を回避したいなら、――勝手口を使えばいいじゃない!」

