勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 その瞬間。

 ピコン!

 視界の中央へ、半透明のウィンドウが出現した。

【SYSTEM】『Event(イベント):勇者との運命の出会い』
【SYSTEM】『発生まで 10』

「早速、来たわね」

【SYSTEM】『9』

 広場を歩いていた群衆が、不自然なほど綺麗に左右へ割れた。

【SYSTEM】『8』

 私まで一直線の道が開く。

【SYSTEM】『7』

 露店の主人が、なぜかリンゴの木箱を私の真後ろへ三段重ねた。

「それ、今そこへ置く必要ある?」
「急に、置かなければならない気がしてな」
「イベント発生の強制力が雑!」

【SYSTEM】『6』

 雲間から、一筋の光が差した。

【SYSTEM】『5』

 風もないのに、どこからともなく花びらが舞い始める。

【SYSTEM】『4』

 白い鳩が屋根の上へ整列し、一斉に羽ばたく準備をした。

「演出班、張り切りすぎでしょう!」

【SYSTEM】『3』

 群衆の向こうから、剣を背負った赤髪の青年が全力疾走してきた。

 何度も背後を振り返り、進行方向をまったく見ていない。

「ごめん! そこの君、どいてくれ!」

 勇者アレク。
 顔だけなら、正統派の美形だ。
 赤い髪。精悍な顔立ち。高価そうな装備。背中には、選ばれた勇者しか持てない聖剣。

 ただし、前を見ずに走っている。この時点で、将来を預ける相手としては重大な懸念がある。

【SYSTEM】『2』

 本来なら、ここで私と激突する。
 そして倒れかけた私の腰を、アレクが抱き留める。

 見つめ合う。
 逆光。
 花びら増量。

【SYSTEM】『君、怪我はないかい?』
【SYSTEM】『あ、ありがとうございます……』
【SYSTEM】『好感度+10』

 この最初の接触を起点に、偶然の再会、共闘、看病、夜の焚き火、告白、抱擁、初夜、結婚まで、頼んでもいない恋愛イベントが一つずつ解放されていく。

 逆に言えば、前のフラグが立たなければ、次のイベントは永遠に発生しない。

 初回イベントは、全ルートの起動スイッチ。
 そして、このイベントに必要な判定は一つだ。

【SYSTEM】『1』

 アレクとの接触!

「なら、消すべきは接触判定」

 残り三メートル、二メートル……。

 私は読んでいた千二百ページの分厚い魔導書を――。

 バァァァァァァァン!!

 大砲のような音を立てて閉じた。

 屋根の上に整列していた鳩の内、数羽がその音に驚き、飛び立った。
 白い羽の嵐が、アレクの視界を一瞬で遮る。

「うわっ!?」

 音へ引かれたアレクの意識が、さらに鳩の羽によってかき乱される。

 その瞬間に、私は靴半分ぶんだけ、体を横へ滑らせた。

 接触を成立させるためなら、平気で人の座標を強制してくるシステムだ。
 大きく避ければ、進路ごと補正されるかもしれない。
 だから、補正が追いつかないよう、接触座標だけを最小距離で外す。

 アレクの腕が、つい先ほどまで私の腰があった空間を、最高に華麗な動きで抱く。

 スカッ、と。
 音がした気がした。

 彼はまるで「ヒロインを抱き留める専用モーション」を再生中の3Dモデルのように、完璧な抱擁姿勢のまま空を抱きしめて、私の横を通過していった。

 顔は笑顔、腕は甲斐甲斐しく、そして進行方向に、リンゴ三箱……。

 バランスを崩した彼が、その笑顔を戸惑いへ変える暇もなかった。

「あっ」

 ガッシャアアアアアアアアアン!!

 アレクは頭から木箱へ突き刺さった。

 大量のリンゴが、祝福の花火のように宙を舞い、その衝撃で、屋根の上の残りの鳩が驚いて飛び立つ。

 花びらとリンゴと、鳩の羽が乱舞。

 雲間の光が、リンゴ箱から下半身だけを出した勇者を神々しく照らし出した。
 最後に、ひときわ大きなリンゴが真上から落下する。

 ゴンッ!

「ぐふっ!」

【SYSTEM】『Event Failed(イベント失敗)』
【SYSTEM】『接触対象を検出できませんでした』
【SYSTEM】『対象座標を再計算します』
【SYSTEM】『参照先が存在しません』
【SYSTEM】『再計算に失敗しました』
【SYSTEM】『好感度加算:0』

 ウィンドウが赤、青、黄色と激しく明滅する。
 その横では、リンゴへ埋もれたアレクが震える手を伸ばしていた。

「ま、待って……君……」
「前を見て走らないからです……わ」

 露店の主人が、間髪入れずアレクの襟首をつかんだ。

「兄ちゃん。リンゴ三箱、木箱二つ、看板一枚で銀貨十二枚だ」
「じゅ、十二枚!?」
「鳩を驚かせた迷惑料を加えて十三枚」
「鳩はそっちの都合で飛んだんじゃないの!?」
「……銀貨十四枚だ」
「どんどん増えてる!?」

 恋愛イベントより先に、弁償イベントが始まった。
 私は抱えていた魔導書の代金を主人へ渡し、包みを受け取ると、その横を何事もなかったように通り過ぎる。

「待ってくれ! 君の名前は――」
「個人情報なので言いません、わ」

 背後では、露店主が銀貨十四枚を要求し、アレクが銀貨八枚しかないと訴えている。

 実に騒がしい。
 でも、私の足取りは軽い。

 最初の恋愛フラグは、立たなかった。
 運命の出会いを、接触する前に終了させることに成功した。

「よし。初回イベント、正常に異常終了」

【SYSTEM】『規定シナリオからの逸脱を検知』
【SYSTEM】『対象個体:フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『強制補正の必要性:高』
【SYSTEM】『代替イベントを検索します』
【SYSTEM】『検索中……』
【SYSTEM】『勇者による救出イベントを選択』
【SYSTEM】『敵性個体を配置します』
【SYSTEM】『配置数:3』

 歩きかけた私の足が、ぴたりと止まった。

「失敗した恋愛イベントの修復に、魔物を三体投入するの?」

【SYSTEM】『準備中……』

「初日からシステム修正の意識が高すぎる!」

 でも、と私は思う。

 出会いを一回外されただけで、代替案が魔物を送ってくる。手口が乱暴というか、雑すぎる。

 やっぱり、この修正プログラムは考えていない。手順書から一番近い項目を引っ張ってきているだけだ。

 考えないものは、読める。読めるものには、必ず穴がある。

 かならずそれを見つけ出して、デバッグしてあげる。

「上等よ。やれるもんならやってみなさい!」