勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

「――よし。じゃあさっそく、作戦会議(ミーティング)を始めましょうか」

 私はノクスとサルースを順に見やった。

 「新婚ルーム」改め、『作戦司令室(オペレーションルーム)』。

 中央には、黒曜石の一枚板から削り出した巨大なメインデスク。卓上では幾何学模様の魔法陣が青白く明滅し、その周囲を数十枚の魔鏡(スクリーン)が取り囲んでいる。

 映し出されているのは、サルースが集めた世界各地の情報。

 新婚の気配だけが、きれいに消滅していた。

 ここが、私たちが世界を相手に障害対応するための拠点ね。

「目標は一つ。この世界を縛っている『強制修正プログラム』を止めることよ」

 私は勇者アレクと結ばれなければならない。

 ノクスは、勇者に討たれなければならない。

 私たちだけじゃない。この世界で生きるすべての人間が、本人も知らないうちに、物語の都合で選択を誘導されている。

 誰と出会うか、誰を愛するか、誰のために死ぬのか……。それを勝手に決めているのが、修正プログラムなの。

「あれを止めれば、強制イベントも、主人公補正も、決められた結末への誘導もなくなるわ。全員が、自分の人生を自分で選べるようになる」

「……問題は、どうやって止めるかだな」

 ノクスが、組み直した足の上で手を組む。

「あてはあるのか、共犯者?」

「そのために、まず世界の構造を整理するわ」

 私は胸の奥がわずかに跳ねたのを無視して、コンソールを叩いた。

 空中に四つの光る円盤が現れ、縦に積み重なる。

「前世の癖で、システムを見ると層に分けたくなるのだけど……この世界は大きく四つ。もしかすると、それ以上の階層(レイヤー)で構成されているわ。番号が小さいほど深く、権限も高い」

 最上段を光らせる。

【L3:個体(ユーザー)層】

「一番浅いのがL3。個人の感情や、日常の選択を処理する領域ね。今日は何を食べるか、誰と話すか、どこへ行くか、誰を好きになるか。ここは基本的に、誰もが自分自身への『Read/Write』権限を持っているわ」

「基本的に?」

「強制イベントが割り込まなければ、ね」

 次の円盤が光る。

【L2:術式層】

「L2は、魔法という名のスクリプトを実行する階層。基本構造の大半が魔術として公開されているから、オープンソースに近いわ」

「お前がいつも書き換えている領域か?」

「ええ。初級雷魔法でスライムを内側から爆破したのも、魔王城と学園をつなげたのも、管理用サーバーをあなたの魔力回路へ常駐させたのも、この層へ干渉できるからよ」

「オレの中を勝手にサーバーにした件は?」

「高性能だったからよ」

「オレは魔王だ」

 その下を光らせる。

【L1:シナリオ層】

「ここから先が問題よ。L1はイベント、フラグ、人物同士の関係性を管理している。『アレクがヒロインを助ける』『ノクスが魔王として学園を襲う』みたいな、世界の筋書きそのものよ」

 最後に、最深部の円盤を赤く染める。

【L0:世界核(カーネル)

「L0は、時間、空間、因果関係、生死判定。世界そのものを動かしている核よ。ここを書き換えられれば、理論上は何でもできるわ」

「死者を蘇らせることもか?」

「逆に、最初から存在しなかったことにもできるわ」

 私はL0とL1を赤く囲んだ。

「修正プログラムも、この二つにまたがって存在しているわ。でも、ここへ入るには『root』――最高管理者権限を奪うか、未知の脆弱性を突くしかない。今の私たちには、中身を見ることすらできない。完全なブラックボックスよ」

 以前、初期化処理を破壊できたのも、L1へ正面から侵入したわけじゃないの。

 気絶していたアレクから主人公認証を拝借し、初期化処理が開けていた出口を逆流して、自己削除命令を叩き込んだだけ。

 家主の鍵を盗み、開きっぱなしの排気口から忍び込んだようなものね。

 同じ手は、もう使えないわ。

「実に興味深い仮説です」

 サルースが深く頷いた。

「妃殿下の説明により、不可視だった世界の(ことわり)が明瞭に見えてまいりました。さすがは魔王様がお認めになったお妃様です」

「理解は正しいのに、呼称だけバグってるわよ」

「つまり今後の目標は、L0かL1へアクセスする方法を探すことだな?」

 ノクスが、私のツッコミごと話を進めた。

「そういうこと。その糸口を探すために、学園へ残ったの。そこで知っておきたいのが、この世界の『正史』よ」

「……正史、か」

「システムが本来予定していたシナリオ。あなたが何度も繰り返してきた歴史よ。このあと学園で何が起きる? 世界の深部に影響しそうなイベントがあれば、利用できるかもしれないわ」

 私の持つゲーム知識は、前世で後輩社員から聞いた話だけ。細かなイベントまでは知らないわ。

「オレも、勇者側の事情をすべて把握しているわけではない」

 ノクスが前髪をかき上げる。

「オレに与えられた役割は、勇者に倒される最後の敵だ。だが、この先、物語全体を左右する分岐点が訪れることは知っている」

「いつ?」

「……文化祭だ」

「平和そうな単語が来たわね」

「正史において、オレは『北方より来たる特別編入生』として学園へ潜入する。そして文化祭当日、学園地下へ侵入し、封印されているものを奪う」

「もう平和が終わったわ」

「地下にあるのは、『聖剣の心臓(ホーリー・コア)』だ」

「名前からして最重要部品じゃないの!」

 サルースが指を動かす。

 中央のスクリーンへ、青白く輝く球体が映し出された。

「『聖剣の心臓』とは、アレクが持つハリボテの聖剣を、本物へ変えるための中枢部品だ」

 ノクスが皮肉っぽく唇を歪める。

「現状、あの剣は派手な光を出し、聖剣らしく見せているだけの学園備品にすぎん」

「やっぱり備品だったのね……」

 私は検索術式を走らせ、『聖剣』に関する情報を抽出した。

【SYSTEM】『Access Denied(アクセス拒否)』
【SYSTEM】『要求された情報は保護領域に存在します』

「コアルーチンは読めないわ。なら、公開されている依存関係だけ!」

 条件を変更すると、一つの記述が浮かび上がった。

【SYSTEM】『対象:聖剣(仮)』
【SYSTEM】『必須依存:EXTERNAL_CORE_LINK(外部中枢との接続)』
【SYSTEM】『接続状態:未確立』
【SYSTEM】『出力制限:継続中』
【SYSTEM】『現在出力:定格の1ppm未満』

「一ppm? 百万分の一よ。聖剣じゃなくて、聖剣風の照明器具じゃないの」

「『聖剣の心臓』を挿入し、外部中枢と接続するまでは、いくら主人公補正を受けても、アレクにオレは倒せん」

「じゃあ文化祭で、アレクは心臓をあなたから守るの?」

「そうだ。地下へ侵入したオレと、正ヒロイン三人を揃えたアレクの間で戦闘が発生する。その時点からアレクのレベルは異常な速度で上昇し、主人公補正も最大になる」

「女子三人と組んだだけで魔王と互角。努力と修行が泣いてるわね」

「過去のオレの勝率は、およそ五割だ。メインルートでは勇者側が勝ち、『聖剣の心臓』を守り切る」

「じゃあ、あなたが勝って心臓を奪った場合は?」

「……聖剣は完成しない」

「それなら、最終決戦でアレクは勝てないわね」

「ああ」

「ゲームオーバー?」

「いや」

 ノクスが、珍しく言葉を濁した。

「『聖剣の心臓』が失われた場合、システムは代替品を要求する」

「代替品?」

「メインヒロイン――フェリシア・ルミネリア」