勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

「準備が早すぎ! というか新居ってなに?」

「まずは見ていただければ……。きっとお気にめしていただけると思います」

 涼しい顔で答えるとサルースは、私たちを城の奥へ案内した。

「さあ、どうぞ。魔王様が自らお選びになった妃殿下のため、私が腕によりをかけて【新婚夫婦仕様】へ改装いたしました」

 通されたのは、元はノクスの寝室だった。
 フットサルでもできそうなくらいの広大な部屋。そのど真ん中にはキングサイズ、いやそれを超える魔王サイズのベッドが鎮座している。

 問題はそのベッドの形である。ハート形である。しかも色は趣味の悪いショッピングピンク。紫色の天蓋には艶めかしい透けるカーテンに無駄に煌びやかな間接照明を完備。シーツの上には薔薇の花びららがまかれている。

「……サルース、まさか私にあそこで寝るように言うつもりじゃないでしょうね。ノクスと一緒に」

 私は戦慄く指でベッドを指さした。

「魔王妃様にお気に召していただけたようで、何よりでございます」

「どこをどう見たらそういう判断になるのよ!?」

「ですが、驚かれるのはまだ早うございます」

 サルースが、意味ありげに指を鳴らした。
 ゴウン。
 ハート型ベッドが、ゆっくりと回転を始めた。

「回ったぁぁぁぁ!?」

「回転速度は二十段階で調整可能でございます」

 サルースは誇らしげに胸へ手を当てた。

「お二人の気分に合わせてお選びください。まるでメリーゴーランドのような浮遊感が、自然と新婚の情熱を高めてくれることでしょう」

「高まるのは三半規管への負荷だけ!」

 私は即座に、回転機構を制御する術式へ強制アクセスした。

「このふざけた機能…!」

 リミッター解除、速度上限削除、そして、回転数へ未定義値を投入。
 
 ――ギュイイイイイイイイイン!

 ハート型ベッドが、目にも留まらぬ速度で超高速回転を始めた。

「おお」
「速いな」
「二人とも、冷静に見てないで!」

 薔薇の花びらが竜巻となって舞い上がった。
 紫の天蓋が引きちぎれ、間接照明が遠心力で壁へ突き刺さる。

 そして。

 ――バキィィィィン!!

 ベッドは盛大に空中分解した。
 真っ赤なハートの残骸が、部屋中へ降り注ぐ。

「おや?」

 サルースが眼鏡を押し上げた。

「もしかして、お気に召しませんでしたか?」

「お気に召しません!」

 私は腕を組んだ。

「私はメリーゴーランドに乗るために、この城へ来たんじゃありません! 最高の開発環境とリソースがあるっていうから来たの! この理不尽な世界をハッキングして、強制シナリオを根元からぶっ壊すために! ついでにいうと妃でもないっ!」

「……なるほど」

 サルースの雰囲気が急に変わった。
 眼鏡の奥で、瞳が細められる。

「……そういうことでしたら」

 再び指が鳴った。
 次の、瞬間。
 サルースの手から、尋常ではない密度の光――膨大なコードの奔流が噴き出す。

「なっ……!?」

 部屋の構造そのものが書き換わっていく。

 回転ベッドが砕け散り、データの粒となって消滅した。
 甘ったるい照明が消え、代わりに壁一面を覆う巨大な魔力モニターが出現する。

 無数のコンソールに術式構築用の演算盤、エーテルの波形を立体表示する解析装置……。ほんの数秒前まで怪しげな寝室だった場所が、一瞬にして冷徹な作戦司令室へ変貌した。

 サルースから溢れ出した魔力(リソース)の波に、私の視界のステータスウィンドウが激しく警告を鳴らした。

【SYSTEM】『個体名:サルース』
【SYSTEM】『マナ:5,000』
【SYSTEM】『エーテル:4,000』
【SYSTEM】『総合魔力値:20,000,000(二千万)』

「私も【戦闘(エンジニア)モード】で、ご対応させていただきます」

 サルースはニッコリと笑って、銀縁眼鏡を押し上げた。

「魔力、二千万……!?」

 私、絶句……。
計算資源(リソース)の量が桁違いすぎる。
 学園が誇る超一流の宮廷魔術師ですら総合魔力は五十万程度。魔王の側近への割り当て枠が、バグり過ぎだ。

「言っただろう? サルースはできる男だと」

 ノクスが不敵な笑みを浮かべた。

「ええ、本当ね。あなたの言う通りだわ」

 さすが終焉の魔王ノクスの側近……。規格外の化け物級サーバーになりえる逸材が、ノクス以外にもいるとは。見込んだ通り、魔王城は最強のデータセンターかもしれない……。

 ここにいれば、きっと修正プログラムの層(L1)に対抗できる
 私はコンソールへ両手をつき、ノクスとサルースを振り返った。

「それじゃあサルースも一緒に――この世界に、一泡を吹かせてやりましょう!」

 その直後だった。
 作戦司令室へ生まれ変わったばかりの部屋で、壁一面の魔鏡(スクリーン)が突如として真っ赤に染まった。

【SYSTEM】『第二修正シナリオ:実行フェーズへ移行』
【SYSTEM】『代替シナリオ:VILLAINESS FALSE-ACCUSATION ARC(悪役令嬢・冤罪編)』
【SYSTEM】『対象個体:フェリシア・ルミネリア』
【SYSTEM】『強制補正プログラムをロードしました』

 不吉なアラート音と共に、画面の中央へ巨大なカウントダウンが表示される。

【SYSTEM】『公開断罪まで:六日二十三時間五十九分』

「……は?」

 私は目を丸くして、その赤黒い文字列を二度見した。

「悪役令嬢ルートっ!?」