勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 午後に残された恋愛イベントは、あと二つ。
 結論から言えば、どちらもシステム側の惨敗だった。

【SYSTEM】『Event(イベント):天才魔術師の実験事故』

 本来なら、安全装置が外れて魔力炉が爆発し、勇者が身を呈してヒロインを庇うはずだった。

 しかし、イリスが「絶対に爆発不可能なレベル」まで安全装置を七重に追加増設したため、実験は極めて安全に成功した。
 一方、爆発を予期して勢いよく飛び込んできたアレクは、自ら非常排気レバーに引っかかり、排出された大量の煤と熱風を真正面から浴びて真っ黒に焦げた。

 五本目。事故フラグ、徹底した安全管理により消滅。

【SYSTEM】『Event(イベント):病弱聖女の失神』

 本来なら、病弱な彼女が不意の発作で倒れ込み、待ち構えた勇者の胸に抱きとめられるはずだった。

 しかし、ソフィアが完璧な神聖結界を展開していたため、システムが強引に放った「体調不良補正」は邪悪な呪いと判定され、一秒で浄化された。
 一方で、いつまで経っても倒れてこない彼女を、両腕を広げて待ち続けたアレクの方が、朝からの連闘のために限界を迎え、そのまま膝から崩れ落ちた。

 六本目。失神フラグ、神聖浄化により消滅。

 倒れたのは、またしても勇者だった。

 夕方。

 アレクは再び『リリ運ぶくん一号』に載せられて、寮の自室に運ばれていた。運んでいるのは私を含め、全ヒロインである。

 台の上の彼は満身創痍という言葉がピッタリだった。
 壁に激突、魔物に襲われ、治療を受けて、再び爆発に巻き込まれた……それを一日に、すべて補正なしで受けたためだ。

「僕……今日は六人の女の子と恋に落ちる予定だったんだけど……」

「まあ、結果は残念だったけれど、『主人公補正』なしであれだけの修羅場を生き抜いたのだから、もっと胸を張っていいわよ」

「……何を言っているのか半分も分からないけど、慰めてくれてありがとう……」

 他のヒロインたちは、なんだか晴れ晴れとした顔をしている。

 リリは運搬台の改良案を考え、ステラは全力で勝った余韻に胸を張り、ミラは腰の剣の柄を確かめるように撫でている。
 ナナは満足げに治癒実習の記録バインダーを抱え、イリスは純青の魔力結晶を光へ透かし、ソフィアは二つ目のパンを幸せそうに食べていた。

 美少女ゲーム、『聖剣のラヴァーズ』。

 そのヒロインたちが今、決められた運命から外れ、何か違う方向へ向かおうとしている予感が私はした。

【SYSTEM】『本日の正規恋愛イベント』
【SYSTEM】『成功:0』
【SYSTEM】『失敗:6』
【SYSTEM】『勇者アレクの残耐久値:4%』

「最後の数値だけは、早く治してあげて」

 私の小さなツッコミは、夕空に向かって消えていった。


 * * *


 運搬台の勇者を寮まで運び、カイル卿へ引き渡した後、私は確認したいことがあって一人、学園の図書館へ戻っていた。

 閉館まで、あと一時間。
 人気のない閲覧席で借りてきた魔導書と共に、今日発生した六件のイベントログを広げる。

「六人のヒロイン全員が恋愛フラグを折った……」

 先日の私や昨日のリリ一人なら、システムも『個別のバグ』として処理できた。
 しかし、一度に六人。
 しかも、きっかけを与えたのは私だ。

 次はシステムが私自身をバグの発生源と認識して、直接修正に来るかもしれない。どんな修正プログラムが用意されているかは知らないが、どうしようもなくなった時、仕様がするのは”消去”だ。

 私は白紙のページを開き、羽根ペンを取った。

「なら、来る前に迎撃術式を組んでおきましょう」

 やることは単純だ。システムが私へ修正処理を流し込んでくるなら、その入口へ蓋をする。対象を私に固定し、外部からの書き換え命令を全部弾く。

 しかし、それを実行するには課題もある……。

 実行に必要な数値を計算する。

【SYSTEM】『必要エーテル:900』
【SYSTEM】『あなたのエーテル:9』

「……桁が、ふたつ足りない」

 私の持っている魔力――。

【SYSTEM】『個体名:フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『マナ:12』
【SYSTEM】『エーテル:9』

「知ってるわよ、うるさいわね」

 あの本屋の軒先で見た日から、一つも増えていない。

 ――だから、私はこの世界の魔法を理解しているけど、魔法の力でシステムに対抗できていない。

 強制イベントから靴半分ぶんだけ体をずらして避けたり、魔物を消す力がないから、消費元も、演算領域も、すべて相手側へ丸投げしてきた。
 燃料は全部、システム持ちだ。

「うまいやり方だと思っていたけど……」

 この戦い方には、致命的な条件がある。
 横から入るには、まず本線が走っていなければならない。イベントが動いていて、処理が流れていて、そこに継ぎ目があって、初めて私はそこへ手を入れられる。

 では、システムが「イベント」ではなく「私の削除」そのものを最優先で実行してきたら?
 迂回させる先がない。逸らす相手がいない。真正面から押し返すしかない。

 そして私には、押し返すためのマナもエーテルも、ない。

「……設計はできる。実行が、できない」

 初めて口に出して、それが私の限界だと理解した。
 仕様書を書ける人間が百人いても、電源の入っていない機械は一ミリも動かない。

 私の排除に全力で来たシステムと戦うには、桁違いのマナと、桁違いのエーテルがいる。この世界の測定器が測ることを諦めるくらいの、馬鹿げたスペックが。

「そんなもの、誰が持っているんだ」

 私が呟いた

 その時、

 ピーーーーーーーーーッ!!

 耳をつんざく警告音が、図書館へ鳴り響いた。

「図書館では静かに!」

 遠くから司書に怒鳴られる。

「私じゃありません、わ!」

 ピーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

「音量を上げるな!」

 視界が真っ赤に染まった。

【SYSTEM】『全被攻略ヒロインの正規恋愛イベント失敗』
【SYSTEM】『反抗的自我の集団発生を検知』
【SYSTEM】『感染源を特定しました』
【SYSTEM】『フェリシア・ルミナリア』
【SYSTEM】『強制修正プロセスを開始します』
【SYSTEM】『前世由来の記憶を削除します』
【SYSTEM】『自律思考を削除します』
【SYSTEM】『ヒロイン人格 Ver.1.0へ初期化します』

 笑いが消えた。
 目立ちすぎてシステム側に深刻なエラーとして認識された。

 佐倉陽菜として生きた記憶も。誰かの褒美になる人生を拒んだ意志も。すべて消して、アレクを愛するだけの人形へ戻すつもりだ。

「……上等よ」

 私は椅子から立ち上がった。

「やれるもんならやってみなさい!」

 相手は世界そのものだ。
 けれど、これは「システム」ならば必ず、想定漏れがあるはず。

 権限設定、確認手順、中断処理、復元機能。前世の私は、その甘さを毎日のように見つけては、報告書へ叩き込んでいた。
 そこを突く。

 画面下部に、巨大な『初期化を実行』ボタンが出現する。

 その隣に、虫眼鏡が必要なほど小さな『キャンセル』ボタン。
 私は即座にキャンセルを押した。

【SYSTEM】『この操作を行う権限がありません』

「なら、なぜ置いたっ!?」

 右上の×印を連打する。
 すべてのウィンドウが消えた。

「よし!」

 スパパパパパパパパパパン!!

 二倍に増えて戻ってきた。

【SYSTEM】『前回正常に終了しなかったウィンドウを復元しました』

「悪質なポップアップ広告?!!!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 足元の大理石が激しく明滅する。
 床の模様が一枚ずつ剥がれ、その下から黒と紫のノイズが渦巻く格子状の闇が現れた。

 本棚が四角い断片へ崩れる。
 机の脚が沈む。
 司書の悲鳴が遠ざかる。

【SYSTEM】『対象個体を削除領域へ移送します』

「保守用アカウントへ接続! パスワード、1234!」

【SYSTEM】『該当アカウントは凍結されました』

「そこだけ対応が早いっ!」

 床が完全に抜けた。
 私はとっさに机の縁へしがみつく。
 足元には、底の見えない黒い奈落。

「初期化を中断!」

【SYSTEM】『却下』

「処理をロールバック!」

【SYSTEM】『却下』

「バックアップから復元!」

【SYSTEM】『バックアップは存在しません』

「運用がずさんすぎる!」

 机の脚が外れた。
 私の手が滑る。

「――っ!」

 身体が、黒い削除領域へ吸い込まれた。

【SYSTEM】『貸出処理が完了していません』

「今それ言う!?」

 抱えていた魔導書を、最後の力で図書館へ放り投げる。

【SYSTEM】『返却を確認しました』
【SYSTEM】『ご利用ありがとうございました』

「二度と利用するかああああああああっ!」

 私の絶叫ごと、黒い穴が閉じた。