勇者のご褒美役はお断りです! ~恋愛フラグを折っていたら、魔王が共犯者になりました~

 午前八時。

【SYSTEM】『Event(イベント):ドジっ子後輩、二度目の転倒』

「おはようございます、フェリシアお姉さま!」

 元気な声とともに、リリが校門を通過した。

 昨日までの彼女とは、目つきが違う。
 何より、装備が違う。

 両腕に荷物は一つもなく、すべて四輪の運搬台へ積み、太い荷締め紐で縦横に完全固定。靴底には滑り止めゴム。肘と膝には保護具。運搬台には手動ブレーキ、車輪止め、転倒防止用の補助脚まで搭載されている。

 ピンク髪の可憐なドジっ子後輩が、一晩で工事現場の安全管理責任者へクラスチェンジしていた。

「名づけて、『リリ運ぶくん一号・無事故無災害仕様』です!」

「登校用の台車に掲げる目標じゃないわね」

「先端には術式エアバッグも仕込みました! 衝突を感知したら、こう、ぼふんっと!」

 その上、運搬台には、私が昨夜仕込んだ術式が、薄い光の膜となって包み込んでいる。その名も――。

「――『安全感知(セーフティ・センス)』、起動!」

 進行方向三メートル以内の危険要因を常時走査し、最適な回避行動を音声でナビゲートする、完全無欠の事故防止アシスト術式である。

【SYSTEM】『規定の運搬方法と一致しません』

 警告音と同時に、石畳がリリの爪先だけを狙い、ニョキッと二センチ盛り上がった。

 石畳にあるまじき能動性だった。
 ピピッという警告音と共に、運搬台が警告を発する。

『前方、段差二センチ。右足を三センチ上げてください』

「段差視認! 足上げ、ヨシ!」

 ひょいっ。
 リリの足が、盛り上がった石畳を軽々と跨ぐ。
 二センチの野望は、三センチに敗れた。

【SYSTEM】『転倒誘発、再試行』

 今度は、雲一つない青空の下、リリの足元だけへ突然、水が撒かれた。

 もはや事故を装う努力すら放棄しているらしい。

 ピピッ。

『路面湿潤。スリップ注意』

「滑り止め、ヨシ! 小股歩行、ヨシ!」

 キュッ、キュッ。

 ゴム底が濡れた石畳を確実に捉え、低まったμ路(つるつる路面)を軽く走破していく。

【SYSTEM】『転倒誘発、最終試行』

 最後に、荷物を吹き飛ばそうと強烈な突風が巻き起こった。
 校門の旗も、並木の葉も、まったく揺れていないのに、リリの周囲だけが台風だった。

 世界が完全にヤケを起こしている。

 ピピピピピッ!

『局所突風、強! 横転警報(ロールオーバー・アラート)!』

「姿勢低く! ブレーキ固定! 車輪止め! 荷締め確認! 全項目――ヨシ!」

 ガキンッ!
 四つの車輪が完全にロックされ、補助脚が石畳へ突き刺さる。
 リリのピンク髪が真横へなびく暴風の中、運搬台は一ミリも動かなかった。

「昨日までの私と、同じだと思わないでください!」

 仁王立ちで叫ぶリリは、今日一番、勇者らしかった。

【SYSTEM】『転倒条件:不成立』
【SYSTEM】『ドジっ子属性の継続に失敗しました』

「安全確保よしっ!」

 リリは一点の曇りもない笑顔で指差呼称をする。

「ドジは属性ではありません! 原因を分析し、対策を打てば再発防止できる作業ミスです!」

 もはやドジっ子後輩ではない。
 安全講習の講師だった。

「校門通過――ヨシ!」

 リリはビシッと指差し確認を行い、運搬台を押して元気に去っていった。

 一本目。転倒フラグ、無事故無災害で粉砕。
 抱き留める気満々で校門柱の陰に待機していたアレクが、広げていた両腕を静かに下ろした。

「……僕、今日のために早起きしたんだけど」

「生活習慣が改善されてよかったわね」

* * *

  午前九時。

【SYSTEM】『Event(イベント):高飛車令嬢との決闘』

 訓練場の中央で、ステラの金髪縦ロールが朝日に輝いていた。

「勇者アレク! このわたくしが、お相手いたしますわ!」

「やっと僕のイベントだね!」

 アレクが剣を抜く。

 元の筋書きでは、ステラが序盤だけ優勢に戦い、最後は足を滑らせて敗北。アレクに抱き起こされ、顔を赤らめながら「べ、別にあなたを認めたわけではありませんわ!」と叫ぶ。

 それでツンデレ令嬢、攻略完了のはずだった……。

「必殺! ローズ・テンペストですわああああああああ!」

 華麗な声と共に公爵家の秘剣をステラが振るうと、薔薇色の竜巻が訓練場を縦断した。

 アレクの剣が飛んだ。
 マントが飛んだ。
 靴が飛んだ。
 最後に、アレク本人が場外へ飛んだ。

 ドゴォォォォォン!!

 訓練場の壁へ、勇者の形をした穴が開く。

【SYSTEM】『勝者:ステラ・ローゼンベルク』

「当然ですわ!」

 二本目。
 敗北フラグ、場外ホームラン。
 壁へ埋まったアレクの制服は、すでに半分ほど破れていた。

 * * *

午前十時三十分。

【SYSTEM】『Event(イベント):森の魔物からの救出』

 青髪を揺らし、森の奥を一人で歩くミラ。
 前方の茂みが、一斉に揺れ、牙を剥いた複数の魔狼が低い唸り声を響かせながら、彼女を包囲した。

【SYSTEM】『推奨行動:剣を抜かず、悲鳴を上げて逃走してください』
【SYSTEM】『勇者の到着まで生存してください』

「その必要はない」

 ミラは一歩も退かず、右手を柄へ添える。

 その時――。

「今回は! 終わる前に来たぞおおおお!」

 魔狼に包囲されたミラの元へ、アレクが森を一直線に突っ切って飛び出してきた。

 しかし次の瞬間。

 青い閃光が、森を一周した。

 チン。

 ミラの剣が鞘へ収まる。
 一拍遅れて、十二体の魔狼が綺麗に横一列で倒れた。

【SYSTEM】『救出対象が消失しました』

「敵は処理済み」
「やっぱり終わってたああああああああ!」

 アレクが両膝をついた。
 分かってはいた。分かっていても来た。そして、やっぱり間に合わなかった……。

「でも……いいんだ。ミラが怪我をしていないなら、それで――」
「アレク」
「なんだい?」
「後ろ」

 そこには、森を強引に突っ切った彼を追いかけてきた、魔狼の群れが猛烈に怒っていた。

 魔狼が咆哮した。

 グオオオオオオオオオオッ!

「話し合おう! 僕は君たちに危害を加えるつもりは――」

 アレクの言葉が終わる前に、魔狼が飛びかかった。

「ないって言ってるだろおおおおおおっ!?」

 牙を剣で受け止めようとするアレクに、次々と魔狼は襲い掛かっていく。

「助けてええええええええっ!」

「救援要請を確認」

 ミラが動く。
 魔狼に囲まれたアレクの前へ、一瞬で滑り込み、一閃。

 チン。

 剣が鞘へ収まった。

 一拍遅れて、魔狼の群れがまとめて地面へ倒れた。

【SYSTEM】『戦闘終了』
【SYSTEM】『実行結果を再集計します』
【SYSTEM】『救出対象:勇者アレク』
【SYSTEM】『救出実行者:ミラ』
【SYSTEM】『正規イベントとの一致率:0%』

「僕が救出される側になってるううううう!」
 
 倒れながら叫ぶアレクに、ミラが駆け寄る。

「叫ばない方がいい。今すぐ、学校の医務室で適切な治療を受けるべきだ」

「僕を運んでくれるのかい?」

「いや、友人がとても安全な台車を持っている。あれを使おう」
 

 * * *

 正午。

【SYSTEM】『Event(イベント):秀才少女の膝枕治癒』

「負傷者を搬入します!」

 『リリ運ぶくん一号』で運ばれたボロボロのアレクが、治癒実習室へ担ぎ込まれた。

「ナナ……僕を、君の膝で……」

 『リリ運ぶくん一号』の上で、息も絶え絶えのアレクが震える手をナナに向かって伸ばした。

「動かないでください。肋骨にひび、右足首に捻挫、全身に獣に噛まれた切り傷があります」

 眼鏡を押し上げたナナが指を鳴らすと、実習室の床に巨大な治癒魔法陣が展開した。

 その中央から、白く光る寝台が音もなく浮かび上がる。

「患者を治癒台(ヒーリング・ベッド)へ。頸椎保護、最優先」

 助手たちがアレクを寝台へ横たえた瞬間、光の拘束具が生まれた。

 額と顎を挟んで頭部を完全に固定。肩、胸、腰、両手首、両足首。合計七点で、光の帯が身体を寝台へ縫い留める。

 最後に、寝台ごと光の筒がすっぽりと覆った。

「――患者の固定完了」

「な、なにこれ!? 指一本動かないんだけど!?」

「骨折患者を動かすと、折れた骨が内臓や血管を傷つけます。治療完了まで一ミリも動かさないための処置です」

【SYSTEM】『警告:患者との接触が不足しています』
【SYSTEM】『膝枕を実行してください』

「医学的必然性がありません」

【SYSTEM】『恋愛好感度が上昇します』

「今回の治療にはありませんね」

 ナナの眼鏡が、冷たく光った。
 彼女は光の筒から三メートル離れ、操作盤の前へ立った。

「術式接続。患部座標を固定。出力、患部ごとに個別調整。遠隔治癒――開始」

 白い光が筒の内側を満たし、ひび割れた肋骨と腫れた足首だけを正確に照らしていく。

「ナナ、どこ!? 見えないんだけど! ねえ、ちょっとこの拘束、解いてくれない?」

「患者の不安が強いと判断。鎮静処置へ移行します」

「鎮静って、えっ、待っ……ぐぅ」

 三秒で寝息を立て始めた勇者を、ナナはガラス越しに検査台を眺めるような目で一瞥し、治療記録を書き始めた。

「治療とは、患者の身体を治す行為です。治療者との恋愛を進める行為ではありません」

【SYSTEM】『接触条件:不成立』
【SYSTEM】『膝枕イベント:失敗』

 四本目。
 接触フラグ、七点固定。

 光の筒の中では、泥だらけの勇者が仰向けのまま、天井だけを見つめ続けていた。