すっかり打ち解けた私たちは、夜の松山を少しだけ遠回りしながら、路面電車で松山空港へと向かった。
旅の終わりの匂いが漂う、空港のロビー。搭乗手続きを終えると、三波が「ちょっと待ってて」と言って走り去り、数分後に小さな紙パックとビニール袋を抱えて戻ってきた。
「はい、これ」
手渡されたのは、鮮やかなオレンジ色のパックに入った『飲むみかんゼリー』と、揚げたてで香ばしい匂いをさせる『じゃこカツ』だった。
「せっかく愛媛に来たんだから、最後までご当地グルメ楽しまないと損だろ。搭乗待ちの間に食おうぜ」
「……ふふ、なにそれ。三波ってば、すっかりグルメガイド気取りね」
「うるさいな。人がせっかく買ってきたのに」
照れくさそうに頭を掻く三波と並んで、搭乗口近くのベンチに腰掛ける。
冷たいみかんゼリーをストローで吸い込むと、ふわっと甘酸っぱい柑橘の風味が口いっぱいに広がった。続いてサクサクの衣がついた熱々のじゃこカツを一口。魚の旨味がじゅわっと溢れ出して、思わず「んー!」と頬が緩む。
「またその顔」
「……見てないで、三波も食べなよ!」
笑い合いながら過ごす待ち時間は、行きの飛行機に乗る前には想像もできなかったほど、優しくて温かい時間に満ちていた。
帰りの機内。今度は離陸する前から、窓の外の景色を目に焼き付けようと前を向いていた。
夕暮れの便。窓の向こうには、黄金色と深い橙色が混ざり合った『ミカン色』の空がどこまでも広がっている。眼下に広がる瀬戸内海は、夕日を浴びてキラキラと眩しく輝いていた。
「綺麗……」
「だろ? 俺、この空見ると『地元帰ってきたな』って思うんだよね」
隣でシートベルトを締めた三波が、窓の外を眺めながら柔らかく呟く。
「……今日ね、すごく怖かったの」
私は膝の上で手を重ね、静かに言葉を紡いだ。
「失敗するのも、三波に置いていかれるのも、社会人として使えないって思われるのも……全部怖くて、勝手に自分で自分を追い詰めてた。でもね、一人で駆け込んだお店で鯛めしを食べたとき、急に肩の力が抜けたの」
機内誌に目を落としていた三波が、ふっとこちらを振り返る。
「私、食べるのが大好きだったことを思い出せたの。どんなに落ち込んでても、美味しいものを食べてるときは、世界が優しくなる。……出張先で出会うご飯には、そんな魔法があるんだね」
三波は少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、愛おしそうに目を細めて笑った。
「そっか。……じゃあさ、今度の出張も楽しみだな」
「え?」
「さっき会社から連絡あってさ。伊予マテリアルさんとの件、来月二次提案で今度は高知出張だってさ」
「高知……!?」
「カツオのタタキ、美味いぞ〜。屋台村もあるしな」
「ちょっと、仕事で行くんだからね! グルメツアーじゃないんだから!」
一応怒ってみせるけれど、胸の奥では新しい高鳴りが打ち寄せていた。
がむしゃらに頑張って、壁にぶつかって、傷ついて。
それでも出張先には、疲れた私をいつでも温かく迎えてくれる「一期一会の美味しいご飯」が待っている。
そして隣には、生意気だけど、私の努力を一番近くで見ていてくれる同期がいる。
窓の外のミカン色の空が、ゆっくりと群青色へと溶けていく。
羽田に着いたら、また忙しない毎日が始まって、きっと何度も失敗して落ち込むのだろう。
だけど──もう大丈夫だ。
次はどこへ行こう。どんな美味しいご飯が、私を待っているんだろう。
スマホで高知の特産品を調べながら、私は早くも、次の出張に思いを馳せていた。
旅の終わりの匂いが漂う、空港のロビー。搭乗手続きを終えると、三波が「ちょっと待ってて」と言って走り去り、数分後に小さな紙パックとビニール袋を抱えて戻ってきた。
「はい、これ」
手渡されたのは、鮮やかなオレンジ色のパックに入った『飲むみかんゼリー』と、揚げたてで香ばしい匂いをさせる『じゃこカツ』だった。
「せっかく愛媛に来たんだから、最後までご当地グルメ楽しまないと損だろ。搭乗待ちの間に食おうぜ」
「……ふふ、なにそれ。三波ってば、すっかりグルメガイド気取りね」
「うるさいな。人がせっかく買ってきたのに」
照れくさそうに頭を掻く三波と並んで、搭乗口近くのベンチに腰掛ける。
冷たいみかんゼリーをストローで吸い込むと、ふわっと甘酸っぱい柑橘の風味が口いっぱいに広がった。続いてサクサクの衣がついた熱々のじゃこカツを一口。魚の旨味がじゅわっと溢れ出して、思わず「んー!」と頬が緩む。
「またその顔」
「……見てないで、三波も食べなよ!」
笑い合いながら過ごす待ち時間は、行きの飛行機に乗る前には想像もできなかったほど、優しくて温かい時間に満ちていた。
帰りの機内。今度は離陸する前から、窓の外の景色を目に焼き付けようと前を向いていた。
夕暮れの便。窓の向こうには、黄金色と深い橙色が混ざり合った『ミカン色』の空がどこまでも広がっている。眼下に広がる瀬戸内海は、夕日を浴びてキラキラと眩しく輝いていた。
「綺麗……」
「だろ? 俺、この空見ると『地元帰ってきたな』って思うんだよね」
隣でシートベルトを締めた三波が、窓の外を眺めながら柔らかく呟く。
「……今日ね、すごく怖かったの」
私は膝の上で手を重ね、静かに言葉を紡いだ。
「失敗するのも、三波に置いていかれるのも、社会人として使えないって思われるのも……全部怖くて、勝手に自分で自分を追い詰めてた。でもね、一人で駆け込んだお店で鯛めしを食べたとき、急に肩の力が抜けたの」
機内誌に目を落としていた三波が、ふっとこちらを振り返る。
「私、食べるのが大好きだったことを思い出せたの。どんなに落ち込んでても、美味しいものを食べてるときは、世界が優しくなる。……出張先で出会うご飯には、そんな魔法があるんだね」
三波は少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、愛おしそうに目を細めて笑った。
「そっか。……じゃあさ、今度の出張も楽しみだな」
「え?」
「さっき会社から連絡あってさ。伊予マテリアルさんとの件、来月二次提案で今度は高知出張だってさ」
「高知……!?」
「カツオのタタキ、美味いぞ〜。屋台村もあるしな」
「ちょっと、仕事で行くんだからね! グルメツアーじゃないんだから!」
一応怒ってみせるけれど、胸の奥では新しい高鳴りが打ち寄せていた。
がむしゃらに頑張って、壁にぶつかって、傷ついて。
それでも出張先には、疲れた私をいつでも温かく迎えてくれる「一期一会の美味しいご飯」が待っている。
そして隣には、生意気だけど、私の努力を一番近くで見ていてくれる同期がいる。
窓の外のミカン色の空が、ゆっくりと群青色へと溶けていく。
羽田に着いたら、また忙しない毎日が始まって、きっと何度も失敗して落ち込むのだろう。
だけど──もう大丈夫だ。
次はどこへ行こう。どんな美味しいご飯が、私を待っているんだろう。
スマホで高知の特産品を調べながら、私は早くも、次の出張に思いを馳せていた。

