「あ……私のスマホ……」
「飛び出したお前を追いかけようとしたら、テーブルの上に置きっぱなしになっててさ。なんとか走って追いついたんだけど……お前、脇目もふらずにこの路地裏まで爆走するからさ」
三波は自分の注文したじゃこ天をつまみながら、可笑しそうに目を細めた。
「声かけようとしたら、ちょうど暖簾くぐるのが見えてさ。入ってみたら、お前がもう『ん〜〜っ!』って目をつむって悶絶しながら、すげえ勢いでご飯かきこんでたから。……声、かけられるわけないじゃん」
「え!?」
顔が一気に沸騰するのが分かった。
頭のてっぺんまで真っ赤になりながら、私は思わず両手で顔を覆った。
「ぜ、全部見てたの……?」
「全部見た。すごかったわ、お前。さっきまで般若みたいな顔して俺に怒ってたのに、鯛めし一口食べた瞬間に顔がとろけててさ。『おいしい……』って泣きそうになりながら食ってんの」
「言わないで!! 頼むから言わないで!!」
恥ずかしさのあまりカウンターに突っ伏す私に、三波はくすくすと低く笑った。その声がいつもより少しだけ優しくて、余計に胸がキュッと絞めつけられる。
「まあ、でもさ」
三波は湯呑みを置き、少しだけ真面目なトーンに声を落とした。
「……良かったよ」
「え……?」
顔を上げると、三波は照れくさそうに視線を泳がせていた。
「会社にいるときのお前、ずっと肩に力が入っててさ。いつ倒れるか見ててヒヤヒヤしてんだよ。仕事に真っ直ぐなのはすごいと思うけど……あんな風に、美味しそうに笑ってるお前の方が、ずっといい」
「三波……」
「それにさ」
三波くんは少しだけ伊予弁のニュアンスを混ぜながら、ぽつりと呟いた。
「世渡り上手とか言われたけど……俺、お前が羨ましかったんよ」
「え……私が?」
「俺は要領よく立ち回ることでしか逃げられんけど、お前は泥臭くても正面からぶつかれるやろ。今日のプレゼン資料だってさ、専務が『こんなに丁寧な資料、久しぶりに見た』って感心してたし。俺の雑談なんて、ただのおまけっていうか。お前の準備があったから、今日の商談は成功したんだって」
知らなかった。
世渡りが上手くて、何でも器用にこなすと思っていた三波が、誰にも見せようとしていなかった努力に気がついてくれていたなんて、
「……ありがと。あと……さっきは言いすぎてごめん」
「ううん。俺も色々偉そうに言って悪かったわ」
店内を流れるローカル番組のテレビの音と、出汁の優しい香り。
気まずさはいつの間にか消え去り、そこには不思議と心地よい温かさだけが残っていた。
「ねえ、三波」
「ん?」
「……それ食べないなら、一口ちょうだい」
「はあ!? 人のじゃこ天横取りすんなよ。自分で頼めよ!」
「減るもんじゃないでしょー!」
さっきまでのトゲトゲした空気はどこへやら、私たちはいつものように軽口を叩き合っていた。だけど、胸の奥で鳴っている鼓動は、会社にいるときよりもずっと速くて、甘かった。
「飛び出したお前を追いかけようとしたら、テーブルの上に置きっぱなしになっててさ。なんとか走って追いついたんだけど……お前、脇目もふらずにこの路地裏まで爆走するからさ」
三波は自分の注文したじゃこ天をつまみながら、可笑しそうに目を細めた。
「声かけようとしたら、ちょうど暖簾くぐるのが見えてさ。入ってみたら、お前がもう『ん〜〜っ!』って目をつむって悶絶しながら、すげえ勢いでご飯かきこんでたから。……声、かけられるわけないじゃん」
「え!?」
顔が一気に沸騰するのが分かった。
頭のてっぺんまで真っ赤になりながら、私は思わず両手で顔を覆った。
「ぜ、全部見てたの……?」
「全部見た。すごかったわ、お前。さっきまで般若みたいな顔して俺に怒ってたのに、鯛めし一口食べた瞬間に顔がとろけててさ。『おいしい……』って泣きそうになりながら食ってんの」
「言わないで!! 頼むから言わないで!!」
恥ずかしさのあまりカウンターに突っ伏す私に、三波はくすくすと低く笑った。その声がいつもより少しだけ優しくて、余計に胸がキュッと絞めつけられる。
「まあ、でもさ」
三波は湯呑みを置き、少しだけ真面目なトーンに声を落とした。
「……良かったよ」
「え……?」
顔を上げると、三波は照れくさそうに視線を泳がせていた。
「会社にいるときのお前、ずっと肩に力が入っててさ。いつ倒れるか見ててヒヤヒヤしてんだよ。仕事に真っ直ぐなのはすごいと思うけど……あんな風に、美味しそうに笑ってるお前の方が、ずっといい」
「三波……」
「それにさ」
三波くんは少しだけ伊予弁のニュアンスを混ぜながら、ぽつりと呟いた。
「世渡り上手とか言われたけど……俺、お前が羨ましかったんよ」
「え……私が?」
「俺は要領よく立ち回ることでしか逃げられんけど、お前は泥臭くても正面からぶつかれるやろ。今日のプレゼン資料だってさ、専務が『こんなに丁寧な資料、久しぶりに見た』って感心してたし。俺の雑談なんて、ただのおまけっていうか。お前の準備があったから、今日の商談は成功したんだって」
知らなかった。
世渡りが上手くて、何でも器用にこなすと思っていた三波が、誰にも見せようとしていなかった努力に気がついてくれていたなんて、
「……ありがと。あと……さっきは言いすぎてごめん」
「ううん。俺も色々偉そうに言って悪かったわ」
店内を流れるローカル番組のテレビの音と、出汁の優しい香り。
気まずさはいつの間にか消え去り、そこには不思議と心地よい温かさだけが残っていた。
「ねえ、三波」
「ん?」
「……それ食べないなら、一口ちょうだい」
「はあ!? 人のじゃこ天横取りすんなよ。自分で頼めよ!」
「減るもんじゃないでしょー!」
さっきまでのトゲトゲした空気はどこへやら、私たちはいつものように軽口を叩き合っていた。だけど、胸の奥で鳴っている鼓動は、会社にいるときよりもずっと速くて、甘かった。

