午前中は怒涛だった。なんで子どもって、あんなに元気なんだろう。体力、どうなってるの?休憩時間になり、私は園庭の外にあるベンチへ腰を下ろした。少し強めの風が、汗ばんだ肌を心地よく撫でていく。遠くから聞こえてくる子どもたちの笑い声に耳を澄ませると、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなった。
「もしかして……日和ちゃん?」
不意に声をかけられ、顔を上げる。そこに立っていたのは、四十代くらいの女性だった。肩までの髪をひとつに結び、穏やかな笑みを浮かべている。けれど、見覚えはない。
「えっと……」
戸惑っていると、女性は申し訳なさそうに微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。私、安田美樹といいます」
そう言って差し出された名刺を受け取る。そこには、児童福祉司の文字が記されていた。胸が、小さく跳ねる。
「実はね、昔あなたの養子縁組を担当していたの。お父さんとは今でも節目ごとに連絡を取らせてもらっていて……最近のお話も聞いているわ」
安田さんは私の隣へ静かに腰を下ろした。――ということは。私の過去を、全部知っている人。自然と背筋が伸び、私は静かに耳を傾けた。
「私ね、あの頃はまだ新人だったの。だから日和ちゃんのこと、今でもよく覚えているわ」
少し遠くを見るように目を細める。
「正直、最初はとても心配だったの」
その言葉に、胸の奥が小さく揺れた。
「でも、お父さんが節目ごとに写真を送ってくださってね。
『こんなことができるようになりました』『家族旅行に行きました』そんな報告をいただくたびに、ああ、この子はちゃんと家族になれたんだって、本当に嬉しかったの」
風が木々を揺らし、木漏れ日が足元でゆっくりと揺れる。安田さんの声は、あの日々を懐かしむように優しかった。
「あの頃のお母さんは、まだ深い悲しみの中にいた。でも、お父さんは何度も言っていたの。『この子を幸せにしたい』って。だから私は、このご家族なら、時間をかけて本当の家族になれるかもしれないって信じていたのよ」
その横顔は、どこか誇らしげで、優しかった。
「ごめんなさいね。私ばかり話してしまって」
照れくさそうに笑う安田さんに、私は小さく首を振る。
「私、自分が養子だって知ったとき……ひよりちゃんの代わりなんだって思いました」
言葉にした途端、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「だから最初は、ここに私の居場所なんてないんじゃないかって思ったんです」
少し息をついてから、私は続ける。
「でも……代わりだったとしても、お母さんが抱きしめてくれた温もりは本物でした。家族と笑って過ごした時間も、全部、本物だったんです」
唇をそっと結ぶ。
「あの頃の私は、大切な人が幸せなら、それでいいって思っていました。
だから、ひよりちゃんの代わりでも構わないって。それで家族が笑ってくれるなら、それで十分だって思っていたんです」
少しだけ空を見上げる。青空の向こうへ、あの日の自分が溶けていくような気がした。
「でも最近、お母さんが少しずつ”私自身”を見てくれるようになりました」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。それは悲しさではなく、幸せがあふれそうになる苦しさだった。
「だから私は、これからは”日和”として歩いていこうと思います。ひよりちゃんの代わりじゃなくて。亡くなったひよりちゃんの分まで家族を愛して、大切に生きていきたい。
そう思えるようになったのは、お父さんやお母さん、朝陽と夕燈のおかげです」
そこで一度言葉を切り、安田さんへ視線を向けた。
「……そして、安田さんのおかげでもあります」
その言葉に、安田さんは目を丸くした。
やがて困ったように微笑み、ゆっくりと首を横に振るのだった。
「もしかして……日和ちゃん?」
不意に声をかけられ、顔を上げる。そこに立っていたのは、四十代くらいの女性だった。肩までの髪をひとつに結び、穏やかな笑みを浮かべている。けれど、見覚えはない。
「えっと……」
戸惑っていると、女性は申し訳なさそうに微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。私、安田美樹といいます」
そう言って差し出された名刺を受け取る。そこには、児童福祉司の文字が記されていた。胸が、小さく跳ねる。
「実はね、昔あなたの養子縁組を担当していたの。お父さんとは今でも節目ごとに連絡を取らせてもらっていて……最近のお話も聞いているわ」
安田さんは私の隣へ静かに腰を下ろした。――ということは。私の過去を、全部知っている人。自然と背筋が伸び、私は静かに耳を傾けた。
「私ね、あの頃はまだ新人だったの。だから日和ちゃんのこと、今でもよく覚えているわ」
少し遠くを見るように目を細める。
「正直、最初はとても心配だったの」
その言葉に、胸の奥が小さく揺れた。
「でも、お父さんが節目ごとに写真を送ってくださってね。
『こんなことができるようになりました』『家族旅行に行きました』そんな報告をいただくたびに、ああ、この子はちゃんと家族になれたんだって、本当に嬉しかったの」
風が木々を揺らし、木漏れ日が足元でゆっくりと揺れる。安田さんの声は、あの日々を懐かしむように優しかった。
「あの頃のお母さんは、まだ深い悲しみの中にいた。でも、お父さんは何度も言っていたの。『この子を幸せにしたい』って。だから私は、このご家族なら、時間をかけて本当の家族になれるかもしれないって信じていたのよ」
その横顔は、どこか誇らしげで、優しかった。
「ごめんなさいね。私ばかり話してしまって」
照れくさそうに笑う安田さんに、私は小さく首を振る。
「私、自分が養子だって知ったとき……ひよりちゃんの代わりなんだって思いました」
言葉にした途端、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「だから最初は、ここに私の居場所なんてないんじゃないかって思ったんです」
少し息をついてから、私は続ける。
「でも……代わりだったとしても、お母さんが抱きしめてくれた温もりは本物でした。家族と笑って過ごした時間も、全部、本物だったんです」
唇をそっと結ぶ。
「あの頃の私は、大切な人が幸せなら、それでいいって思っていました。
だから、ひよりちゃんの代わりでも構わないって。それで家族が笑ってくれるなら、それで十分だって思っていたんです」
少しだけ空を見上げる。青空の向こうへ、あの日の自分が溶けていくような気がした。
「でも最近、お母さんが少しずつ”私自身”を見てくれるようになりました」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。それは悲しさではなく、幸せがあふれそうになる苦しさだった。
「だから私は、これからは”日和”として歩いていこうと思います。ひよりちゃんの代わりじゃなくて。亡くなったひよりちゃんの分まで家族を愛して、大切に生きていきたい。
そう思えるようになったのは、お父さんやお母さん、朝陽と夕燈のおかげです」
そこで一度言葉を切り、安田さんへ視線を向けた。
「……そして、安田さんのおかげでもあります」
その言葉に、安田さんは目を丸くした。
やがて困ったように微笑み、ゆっくりと首を横に振るのだった。

