祈りを紡ぐ明日から

朝陽が買ってきてくれたチョコレートケーキを食べ終えたところで、
「じゃあ、俺帰るから」
と立ち上がった。
「え!? 帰っちゃうの!?」
思わず声が跳ねる。
「明日準備とかあるから早めに行くんだよ。荷物もあるし」
そう言って靴を履き始める。
「えー、川の字で寝ながら怪談話する予定だったのに」
頬をぷくっと膨らませる。
「なんだよ、それ」
白けた目を向けてくる朝陽。昔はよく夕燈の部屋に集まってやったのに。
「懐かしいね。二人が夜、枕と毛布持って俺の部屋に侵入してきてさ。話してたらすっかり寝ちゃって、翌朝母さんに怒られてたよね」
夕燈が目元を緩めて笑う。そんな事もあったな。正座させられて怒られた。
「またいつでもできるだろ? ひよがビビってトイレ一人で行けない話、ちゃんと考えとくから」
意地悪そうに笑う朝陽。
「行けるし! 子どもじゃないし!」
バシッと肩を叩くと、朝陽は楽しそうに手を振って帰っていった。


「ひよ、お風呂入ってきていいよ」
夕燈の言葉に甘えて先に入る。そのあと夕燈もお風呂へ向かった。私は本棚に並ぶ本を眺める。経営学、数学、心理学……ほんと色々ある。家から持ってきたのかな? 新しいのも増えてる。一冊手に取って開く。……呪文みたい。夕燈、よくこんなの読めるなぁ。すごい。

そう思っていたら——
「興味ある?」
耳元で声が落ちて、肩が跳ねた。
「び、びっくりした!」
「あはは」
夕燈は優しく笑いながら前髪を上げる。少し濡れた毛先が色っぽい。
「……ねぇ、ひよ」
声を落としてこちらを見る。
「なに?」
「……本気でさ。大学、こっち来ない?」
「そうだねー。でもやりたいこと見つからなくて」
夕燈と一緒にいたい。でも、それだけの理由で進路を決めるのは違う気がして、腕を組む。
「まあ、そうだよね。でも一緒に住むの、俺諦めてないよ?」
真剣な眼差しが向けられる。
「お、おう……」
急に“兄”じゃなくて、“男の人”の顔をする。ずるい。夕燈が好きだ。兄としてじゃなく、一人の男の人として。夕燈も私を好きと言った。思い合えているはずなのに、まだ胸がざわつく。
「でも焦らせるのはよくないね。ゆっくりいこうか」
そう言って、背後からぎゅっと抱きしめられ心臓が跳ねる。
「いや、あの……」
「ダメ?」
耳元に落ちる声が甘すぎる。
「だめ……じゃない」
必死に絞り出すと、
「可愛いね、ひよは」
その声は、確かに妹に向けるものじゃなかった。