私は高校三年生になった。朝陽と夕燈は都内の大学へ進学し、一人暮らしを始めた。たまに帰ってくるけれど、二人のいない家はどこか静かで、少しだけ広く感じる。私は父と母との三人暮らし。父は相変わらず仕事が忙しく、帰りは遅い日が多かった。でも、顔を合わせれば最近どうだ?と話を聞いてくれる。
ある休日の午後。
「日和、買い物に行こうか?」
リビングで参考書を眺めていた私に、お母さんが声をかけてくれた。
「うん」
ショッピングモールには初夏の風が流れ、店先には色鮮やかな服が並んでいる。ふと、水色のワンピースが目に留まった。爽やかな色合いに思わず手を伸ばしかける。けれど、その指先は途中で止まった。
——似合うかな。そんな迷いが胸をよぎった、そのとき。お母さんがそのワンピースを手に取り、私の肩にそっと合わせる。
「水色もいいわね」
鏡越しに目が合う。
「日和に似合うね」
その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。昔なら、「ひよりはピンクがいい」と言われていた。だけど今、お母さんが見ているのは私。
「ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。
「これ、買いましょうか」
「……うん」
紙袋を提げて歩く帰り道。隣を歩くお母さんの横顔を見ながら、小さな幸せを噛みしめた。だけど、その一方で。本格的に受験勉強を始めなければならない時期なのに、私はまだ、自分の進むべき道を見つけられずにいた。
◇
「日和は進路どうするの?」
昼休み。教室の片隅で、恵那が机に頬杖をつきながらこちらを覗き込んだ。
「どうしよう……。朝陽と夕燈から大学のパンフレットはいっぱいもらうんだけど」
机の上に積まれたパンフレットを見て、恵那が目を丸くする。
「すごっ。こんなにあるの?」
「気づいたら増えてた」
思わず苦笑すると、恵那が一冊手に取る。
「あ、朝陽さんって某有名T大学の医学部だよね? 夕燈さんは法学部だっけ。やっぱりすごいなぁ」
「優秀な二人の兄がいると、大変だよ」
肩をすくめて笑うと、恵那もくすっと笑った。
「でも、愛されてるね。そんなふうに将来のことまで一緒に悩んでくれるお兄ちゃんたちなんて、なかなかいないよ」
「……そうだね」
自然と口元が緩む。二人は大学へ行っても、変わらず電話をくれたり、おすすめの大学を調べて送ってくれたりする。その優しさが嬉しかった。
「よ、掛上」
聞き慣れた声に振り向くと、吉川が片手を挙げて笑っていた。私が養子だと知っても、吉川は何一つ態度を変えなかった。それが、すごくありがたかった。あのあと、迷惑をかけたことを謝ると、『気にすんな。なんかあったら言えよ』そう笑ってくれた。去年食べ損ねたかき氷も、「今年こそ行こうな」と約束している。
「おはよう。吉川は進路どうするの?」
「俺? 大学かなぁ。でも何になるかは、まだ未定」
肩をすくめて笑う。
「そっか」
私は——何になりたいんだろう。医学部でも、法学部でもない。誰かと比べて選ぶ道じゃない。私自身が、本当に歩きたい道。机いっぱいに並ぶパンフレットを見つめながら、胸の奥が静かに揺れた。
ある休日の午後。
「日和、買い物に行こうか?」
リビングで参考書を眺めていた私に、お母さんが声をかけてくれた。
「うん」
ショッピングモールには初夏の風が流れ、店先には色鮮やかな服が並んでいる。ふと、水色のワンピースが目に留まった。爽やかな色合いに思わず手を伸ばしかける。けれど、その指先は途中で止まった。
——似合うかな。そんな迷いが胸をよぎった、そのとき。お母さんがそのワンピースを手に取り、私の肩にそっと合わせる。
「水色もいいわね」
鏡越しに目が合う。
「日和に似合うね」
その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。昔なら、「ひよりはピンクがいい」と言われていた。だけど今、お母さんが見ているのは私。
「ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。
「これ、買いましょうか」
「……うん」
紙袋を提げて歩く帰り道。隣を歩くお母さんの横顔を見ながら、小さな幸せを噛みしめた。だけど、その一方で。本格的に受験勉強を始めなければならない時期なのに、私はまだ、自分の進むべき道を見つけられずにいた。
◇
「日和は進路どうするの?」
昼休み。教室の片隅で、恵那が机に頬杖をつきながらこちらを覗き込んだ。
「どうしよう……。朝陽と夕燈から大学のパンフレットはいっぱいもらうんだけど」
机の上に積まれたパンフレットを見て、恵那が目を丸くする。
「すごっ。こんなにあるの?」
「気づいたら増えてた」
思わず苦笑すると、恵那が一冊手に取る。
「あ、朝陽さんって某有名T大学の医学部だよね? 夕燈さんは法学部だっけ。やっぱりすごいなぁ」
「優秀な二人の兄がいると、大変だよ」
肩をすくめて笑うと、恵那もくすっと笑った。
「でも、愛されてるね。そんなふうに将来のことまで一緒に悩んでくれるお兄ちゃんたちなんて、なかなかいないよ」
「……そうだね」
自然と口元が緩む。二人は大学へ行っても、変わらず電話をくれたり、おすすめの大学を調べて送ってくれたりする。その優しさが嬉しかった。
「よ、掛上」
聞き慣れた声に振り向くと、吉川が片手を挙げて笑っていた。私が養子だと知っても、吉川は何一つ態度を変えなかった。それが、すごくありがたかった。あのあと、迷惑をかけたことを謝ると、『気にすんな。なんかあったら言えよ』そう笑ってくれた。去年食べ損ねたかき氷も、「今年こそ行こうな」と約束している。
「おはよう。吉川は進路どうするの?」
「俺? 大学かなぁ。でも何になるかは、まだ未定」
肩をすくめて笑う。
「そっか」
私は——何になりたいんだろう。医学部でも、法学部でもない。誰かと比べて選ぶ道じゃない。私自身が、本当に歩きたい道。机いっぱいに並ぶパンフレットを見つめながら、胸の奥が静かに揺れた。

