祈りを紡ぐ明日から

あの出来事から、一か月が経った。大きく変わったことはない。父も朝陽も、変わらず私を家族の一員として接してくれる。母は少し痩せたように見えたけれど、以前より穏やかな表情を見せることが増えた気がした。そして夕燈との距離も、ほんの少しだけ近くなった。目が合うと、ふにゃりと柔らかく笑ってくれる。その笑顔を見るたび、胸がじんわりとあたたかくなる。

「もうすぐ文化祭の時期だね」
朝陽の部屋で漫画を読みながらそう言うと、
「ひよ、お前、絶対に文化祭実行委員になるなよ?」
朝陽がシャーペンをくるりと回し、じろりとこちらを見る。
「え? なんで?」
「めちゃくちゃ大変だからだよ。生徒会と違って内申点もそこまで高くねぇし、労力ばっかかかる」
「なるほど……」
うちの高校では、文化祭の運営は二年生が中心だ。三年生は受験があるため、無理に参加しなくてもいい制度になっている。一応、進学校だからね。
「朝陽は生徒会長だったから、実行委員ともよく関わってたし、大変さを知ってるんだよ」
夕燈も朝陽の部屋で勉強しながら口を開く。
「わかった!」
私は元気よく返事をした。
――その時は、本当に守るつもりだった。


「では、文化祭実行委員を決めます。立候補いる?」
先生の声に、教室はしんと静まり返る。誰一人として手を挙げない。
「このままだと決まるまで帰れないぞー」
その一言で教室がざわつき始めた。
「誰かやってくれよ……」
「あー、無理無理」
そんな声があちこちから聞こえる。すると、不意に誰かが言った。
「掛上さんならいいんじゃない?」
「え?」
思わず顔を上げる。
「掛上さん、面倒見いいし」
「頼りになるよね」
「生徒会長だった朝陽さんもいるし、相談できそうじゃん」
次々とそんな声が上がっていく。
「掛上さん、お願い!」
「引き受けてくれない?」
期待するような視線が一斉に集まる。
……断れない。困っているみんなを見ていると、「できません」の一言がどうしても言えなかった。
「わ、私でよければ……」
そう答えた瞬間、
「じゃあ、文化祭実行委員長は掛上さんで決定!」
先生がぱん、と手を叩いた。……やってしまった。私を見た吉川が、
「掛上……お前」
とこちらを見ていた。うん、わかる。その「あちゃー……」って顔。私だって、今まさに同じ気持ちだから。

それからは怒涛の日々だった。他クラスの文化祭実行委員との打ち合わせ。各クラスの出し物が被っていないかの確認。自分のクラスとの連絡や準備。……あ、やばい。普通にキャパオーバーだ。頭から煙が出そう。
そして、その日の放課後。私は朝陽の部屋で正座をさせられていた。

「お前さ、俺、言ったよな?」
腕を組んだ朝陽が、じっと私を見る。
「文化祭実行委員なんてやるなって。しかも委員長ってなんだよ。なんで一番大変な役職を引き受けるんだ」
呆れ半分、信じられない半分といった表情だ。
「いや、その……ほんと、その通りです」
返す言葉もございません。
「ひよは優しいからね。みんなが困ってると、つい引き受けちゃうもんね」
夕燈がくすくすと笑う。
「夕燈……」
助け舟かと思ったのに。
「でも、今回は朝陽が正しいよ」
にこにこと笑ったまま、夕燈が続ける。
「また倒れたらどうするの?」
その穏やかな笑顔とは裏腹に、じわじわと圧がすごい。……こわい。