祈りを紡ぐ明日から

夕燈は、何を言ってるの。どうして、そんなふうに自分を卑下するんだろう。ちゃんと伝えなきゃ。私の気持ちを。ぎゅっと掴んだ手に力を込める。
「夕燈……私、夕燈の笑った顔が好き」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「控えめに笑うところも、思いっきり笑うと目元がくしゃっとなるところも」
夕燈の肩が小さく震えた。
「細いと思ってた手も、触れたらちゃんと男の子の手で……少し硬くて、あったかかった」
少し照れくさくなって笑う。
「得意げに、私の知らないことを教えてくれる夕燈も好き」
思い返すだけで自然と笑みがこぼれる。
「頭がいいのに、教え方はびっくりするくらい下手なところも可愛いし……」
くすっと笑った。
「朝陽の真似をしてオラオラした話し方をするのなんて、全然似合ってなくて笑っちゃう」
その言葉に、夕燈も少しだけ笑った気がした。
「それから……」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「夕燈が私のこと”陽だまりみたい”って言ってくれたでしょ」
あの日のことを思い出す。
「あれ、本当に嬉しかったの」
声が少し震えた。
「私、夕燈にとって、そんなあたたかい存在になれてたんだって思えて」
涙が滲む。
「私ね、自分の気持ちに気づいてたのに……ずっと気づかないふりをしてた」
夕燈だけは、最初から私を”日和”として見てくれていた。代わりじゃなく、私自身を。
「そんな夕燈が、私は好き」
はっきりと言い切る。
「忘れてて、ごめんね」
涙が頬を伝う。
「ずっと守ってくれて……ありがとう」
静かな祠に、私の声だけが響く。
「朝陽には朝陽の良さがある。でも、夕燈には夕燈にしかない良さがある」
ゆっくりと首を振る。
「だから、比べる必要なんてないよ」
夕燈の肩がまた震えた。私は一歩近づく。
「ねぇ……私の幸せの形も、隣にいたい人も……私が決めるから」
迷いはなかった。
「だから、これ以上自分を責めないで」
涙で滲む視界の中、それでも笑う。
「お願い」
夕燈はゆっくりと振り返った。目は真っ赤で、今にも泣きそうなのに、必死に涙をこらえている。
「……ひよ」
震える声で私の名前を呼ぶ。
「大好き」
次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。苦しいくらい強く。でも、とてもあたたかい。夕燈の身体も腕も、小さく震えていた。私もそっと抱き返す。心の奥に空いていた穴が、少しずつ埋まっていくような気がした。どれくらい、そうしていたのだろう。

「……ゴホン」
祠の入り口から、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「いつまで待たせるんだよ」
朝陽が腕を組み、呆れたようにこちらを見ている。
「あ、ご、ごめん、朝陽」
慌てて離れようとする。けれど、
「やだ」
夕燈が離してくれない。
「あの、離して」
「えー」
「えーじゃない」
思わず笑ってしまう。
「……ほら、帰るぞ」
朝陽はため息をつきながらも、どこか安心したように笑った。
「あ、ちょっと待って」
私は夕燈の腕からそっと離れ、窪みの前へ歩いていく。
「落ちるなよ」
朝陽の低い声が背中に届く。
「ひよ。手、繋いでて」
夕燈がそっと手を差し出した。その優しさに小さく笑いながら、その手を握る。雨水の溜まった窪みを見つめる。
「ひよりちゃん……ここで亡くなったんだよね」
胸が締めつけられる。私は手のひらを開いた。
「これが落ちてたから」
拾い上げた丸い石を二人に見せる。雨粒を受けて、石がきらりと光った。
「これって……」
朝陽と夕燈が顔を見合わせる。
「祠の欠けていた石。きっと、これを取ろうとしたんだね」
そう呟きながら、私は祠の穴へ石をそっとはめ込んだ。――ぴたり。まるで最初からそこにあったかのように、音もなく収まる。
「ぴったりだね」
夕燈が静かに呟いた。
「あいつは……何を願いたかったんだろうな」
朝陽も祠の前にしゃがみ込む。
「わからないけど……」
夕燈と仲直りしたかったのかもしれない。朝陽に追いつきたかったのかもしれない。家族みんなが笑っていてほしかったのかもしれない。私たちは三人並んで、そっと手を合わせた。雨音だけが、静かな祠の中に優しく響く。ひよりちゃん。どうか安らかに。私は、お父さんも、お母さんも、朝陽も、夕燈も、大切にするから。だから――ここにいることを、どうか許してください。そう願いを込めて、静かに目を閉じた。
「帰るか」
朝陽が立ち上がる。
「うん」
夕燈も穏やかに頷く。私たちは三人で祠をあとにした。雨はまだ降り続いていた。けれど、その音はさっきまでよりも少しだけ優しく聞こえた。