祈りを紡ぐ明日から

外では激しい雨が降っていた。祠の隙間から雨粒がぽたり、ぽたりと落ちてくる。窪みの底には雨水が少しずつ溜まり、水面がゆらゆらと揺れていた。その揺れる水の中で――小さな光がきらりと瞬いた。
「……あれ」
思わず息をのむ。胸の奥で、何かが繋がった。ひよりちゃんが、この窪みに落ちた理由。あの日、この場所で何が起きたのか。すべてが一本の線になった気がした。
「……そうだったんだ」
自分でも驚くほど落ち着いていた。ゆっくりと身を乗り出し、腕を伸ばす。あと少し。もう少しで届く。指先が光に触れた。
「よし、とれ――」
その瞬間だった。足元の石がぐらりと滑る。身体が前へ傾き、ふわりと宙に浮く感覚。――落ちる。そう思った瞬間。ぐいっと腕と腰を強く引かれた。
「危ねぇだろ!」
「ひよ!」
朝陽と夕燈だった。二人とも髪から雨を滴らせ、息を切らしている。雨なのか汗なのか分からないほど全身が濡れていて、その表情には焦りと恐怖が滲んでいた。
「自暴自棄になって死のうとするな!」
朝陽が怒鳴る。怒っているはずなのに、その声は震えていた。
「そうだよ、ひよ……!」
夕燈も今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめている。私はきょとんとして首をかしげた。
「あの……死のうとしたわけじゃないよ?」
「……は?」
朝陽が固まる。
「ほんと?」
夕燈も目を丸くした。
「うん、本当」
そう答えた瞬間。二人は力が抜けたように、その場へへたり込んだ。
「……まじで焦った」
朝陽が大きく息を吐く。
「よかった……」
夕燈は胸を押さえながら、小さく呟いた。私は申し訳なくなって頭を下げた。
「ごめん」
朝陽は首を横に振る。
「謝るのは俺たちだ」
そう言って、静かに目を伏せた。
「今まで養子だってことを隠してて悪かった。ひよは幼少期のトラウマで記憶が曖昧になることがあるって聞いてた。だから負担をかけたくないって……父さんとも話してたんだ」
「……そうだったんだ」
私を守ろうとしてくれていた。その事実が胸の奥へ静かに染み込んでいく。
「でも、それは言い訳だ」
朝陽は自嘲するように笑った。
「母さんは、ひよりの死を受け入れられなかった。俺も、自分の罪から逃げてた」
雨が静かに降り続ける。
「母さんは、お前を亡くなった娘の代わりにしてた。こんなの間違ってるって分かってたのに……止められなかった」
朝陽は深く頭を下げた。
「……ごめん」
朝陽が頭を下げる姿なんて、初めて見た。隣では夕燈も静かに頭を下げる。
「それを言うなら、俺も同じだよ」
震える声だった。
「ひよりと喧嘩して……図鑑を破かれて……出ていけって言った。だから、ひよりは一人で外へ行って……亡くなった」
夕燈は拳を強く握り締める。
「きっと、ひよりは僕を恨んでる」
私はゆっくり首を振った。
「私、思い出したよ」
夕燈が顔を上げる。
「病院のボランティアで、夕燈と出会ってた」
その言葉に、夕燈は目を大きく見開いた。そして、震えるように微笑む。
「……うん」
「だからね」
私は笑った。
「夕燈が私を見つけてくれたから、私は今ここにいる」
「それに――」
朝陽と夕燈、二人の顔を見る。
「ありがとう。」
「私、朝陽と夕燈に出会えて、本当に良かった」
雨音だけが静かに響く。
「たとえ私が、ひよりちゃんの代わりだったとしても、二人と過ごした時間は、本当に楽しかった」
それは、誰かを気遣って言った言葉じゃない。嘘でも慰めでもない。私自身の、心からの本音だった。